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唐突な夜間治療

 月の輝きが窓辺を照らしている。カンテラの橙色の淡い光がゆっくりと揺れて、手元のぬいぐるみ人形を浮かび上がらせた。

 僕はベッドの上で、ココにひざまくらをしてあげながら人形を作っている。カンテラの薄暗い光が、ココの眠気を誘ってとろりと落ちてしまったらしい。


「にしても、ひざまくらって立場が逆だろ……」


 集中が切れた。テーブルの上の裁縫セットに針を戻して休憩する。

 ティーカップに口をつけながら、そっとココの髪を撫でる。撫でるたびにまどろんだ瞳がとろりととろけていき、気持ち良さそうな吐息をもらした。


 ジリジリ……とカンテラの芯が焦げる音。学校や学生寮みたいに魔力炉のはっきりした明かりもいいけれども、カンテラの明かりも悪くないかもしれない。


 さらさらした指通りの良い髪だ。撫でるたびに、艶やかになっている気がする。そっか、撫でるたびに純化が効いてくるからか。


「……どうして効くのかな」


 前々から思っていたけれども、『純化』の定義が曖昧すぎて、時々に効くのか効かないのかが分からないときがある。


「古書が新品になったり、生水が飲み水になったり。それにドラゴンの魔法の強化。全部が純化なんだよなあ」


 冷静になって考えてみる。自然界的に純粋な水は、泥などの不純物が混じっているのが普通の水なのだ。本も同様に、時間が経てば日に焼けて色づくのが普通だ。いわゆる自然の摂理の逆をしていることを『純化』と表現するのはちょっとおかしいのではないだろうか。


 もしかして、僕の理想に変化するのが純化なんだろうか。でも、それならドラゴンの魔法陣は違った反応をするはずだ。いわゆる日本人的な発想なら、コンパクト(魔法なら低燃費)で高性能が良いものだと思う。でも、蓋を開けてみたら、大火力魔法になったのだ。


「ちょっと実験しよう」


 やかんに向かいながら、魔法陣を空に描いていく。僕の理想に反映されるなら、純化すると低燃費な魔法に生まれ変わるはず。もしも違っていたなら、純化するとやかんに溢れるくらいの水魔法へ再構築されるだろう。


 純化を発動させる。魔法陣がパチリと小さく光った。魔法陣は威力が大きくなるように描き変わっていた。

 明らかに溢れる量だ。このままだと部屋が水浸しになるので、発動しないで解呪をする。


「どんな適応なんだろう……」


 ドラゴンのとき限定で、魔法陣強化になったわけではないらしい。僕の価値観に合わせて純化とも違うみたいだ。純化という言葉の方行性はあっているけれども、ちょっと芯がずれているかもしれない。


 コンコンコンと三回のノックが聞こえた。

 扉が開く音がする。義姉あねが帰ってきた。


「お帰り」

「ただいま。疲れた~」


 夕飯のあとにユーリとフランの見送りをすると言っていた。でも、こんな時間になっているし、フラン達の買い物に付き合ったのかもしれない。面倒見がいい人だ。


「何かあったの?」

「うん。フランチェシカちゃんって、テンションが高いね」

「そのひとことで、なにが起こったか把握した」

「あっ、会話を終わらせた! つれないなあ」

「起こしたくないから。会話は、最小限にしただけ」


 義姉が僕とベッドのヘッドボードの間の空間に座った。僕がココと義姉にはさまれるような位置になる。

 義姉が小首をかしげるようにココを覗き見た。その拍子に、ぬくもりがそっと僕の胸に触れる。目の前で薄闇の中でも映える艶やかな黒い髪がふわふわと揺れた。

 義姉がココの表情を見て小さく笑う。


「幸せそうだね」

「本当に幸せに感じてくれていたならいいな」

「幸せだよ。私が保証するから」

「他人に保障されてもなあ。本人じゃないと」

「私の場合は特別なの。いいな~、ひざ 半分もらっていい?」

「だめ。定員オーバーでムリ。もれなくひざが壊れます」

「がんばれ、男の子っ! 私の疲れを癒さないと、死んじゃうよ! それはもう、息も絶え絶えに疲れてるの」

「けっこう元気に会話してるよねっ!」

「ええ~。だって、チャンスがないもん。だいたいナズナが乗ってたもん。久しぶりに帰って来たら、もっと希少度が増えてたもん。ときどき私も乗せてほしいなあ」

「ナズナって、えらく昔の話だなあ」


 一番最初の人形。義姉と一緒にナズナを作ったばかりの時の話を持ち出された。

 立場的にはココがサクラを作った時と同じで、僕は手伝いをした。と言っても、人格形成のために宝石に語りかけるのすらやっていないから、本当は手伝いというのもおこがましいのかな。


 ナズナを作ったばかりの頃。僕が義姉の裁縫の指導を受けて座ると、だいたいひざの上にちょこんと座って、丁寧に縫わないと成長できないからダメですよっ と、たどたどしい口調で言われていた気がする。

 そんな僕も当時に比べたらマシになったようで、最近のナズナは横でそっと見ていたり、手伝いをしてくれている。ナズナが安心できる程度には技術力がついたのかもしれない。


「あれからけっこう頑張ったんだよ。昔は縫うのが下手だったけれども」

「それって、道具ばっかり気にしてない? この裁縫箱とか、ちょっと気になるんだけれども」


 テーブルの上にある裁縫セットに視線を送られた。


「どうやって運んでるの?」

「学園長の本に収納してた。本当は寮に置きっぱなしにするつもりだったから、買う時は運ぶこと考えてなかったんだよなあ」


 もの凄く大きい。カラーボックス一段を占領するくらいのサイズかもしれない。ひょっとしたら、帝国で一番に大きい裁縫セットなんじゃないかすら思える。


 義姉の疑問のとおりに、実際かなりの重さがある。両手で持って人を殴れば立派な武器になりそうだ。ハサミが入っていたり、鉄製のボタンだったり、かなりの重量もある。

 義姉が背筋を伸ばして、裁縫セットの中身を覗きこんだ。


「こんなに大きいと、なにが入ってるの?」

「長いハサミを買って、最近に買い変えた。今は折れたけれども」


 長い布切りばさみはココの服を作ろうとして買ったのだ。あのときは人形の服用のサイズしか持っていなくて、一番長いハサミを買ってきた。その布切りばさみは、ドラゴンのときにピック代わりに使ったら折れて使い物にならなくなったのが悲しい。


「ハサミに凝りだしたのか。ちゃんと手技を磨かないと、ダメだよ。あくまで道具は、自分の全力を引き出すだけで、自分の力を向上させるものじゃないから」

「分かってる。ちゃんと技術向上もしてるよ」

「そうなの? 見せて見せて」


 僕はベッドサイドに座っている人形に魔力を投げかけた。繋がった感覚がして、ぎゅっと手を握る。糸を掴む感触とともに、一体の人形が動き出した。


『何か御用ごようかの?』

「帝国に行ってもちゃんと人形が作れているかってさ。ちょっと体を見せてあげて」

うけたまわったの。得手に帆を上げる手伝いっぷりをとくと見るよの』


 スミレが、床からぴょこんと ひとっ跳びでテーブルの上へ静かに着地した。

 義姉がまじまじとスミレ全体を観察する。


「なんだろう、上から目線? いや、違うかな。う~ん、意地っ張りじゃなくて。そう、背伸びをしすぎてる!」


 スミレが、よのっ と首をかしげた。


「このスミレって子はどんな状態で作ったんだろう。人形の人格形成は、作った人が核になる宝石に語りかけて人格を作るよね。だから、語りかけたその場の性格っていうか、環境というか、気分の勢いとかがよく出ちゃうんだよ。なんだか、背伸びしながら作ったように見えたかな」

「自慢げに教えながら作っていたつもりはなかったけれども。でも、どうだろう……」

『いわゆる、大言壮語よのっ』


 さりげなく酷いことを言われた。

 そこまで酷くないだろと、人差し指でスミレをコツリと小さく叩く。義姉がそっと笑った。

 義姉が、さてと、とスミレの裾を手に取ってまじまじと見る。


「造りが全体的に丁寧になったね。縫い目のムラっ気が無くなって安定してる。服の配色も綺麗だし。うん。すごく上手になったね」


 嬉しさをぐっと拳で握った。スミレが疑問符を浮かべる。


「汚名返上なの?」

「どちらかというと、国士無双」

「きっと針小棒大だと思うの」

「分かっているなら、なにも言わずに以心伝心しといてくれ」


 僕達の会話を義姉がニコニコと笑っている。髪先がちょっとだけゆるりとした癖になっている黒髪が、カンテラの淡い光に照らされている。


「どうしたの?」

「いや、綺麗な黒髪だなと思って」

「そう言ってくれると嬉しいかな。元々は白かったし」

「もしかして染めてるの?」

「ううん。魔法が使えるようになったら自然と黒くなったんだよ」


 白系の色といえば、ココと同じ先天性非才症の人の髪の色だ。魔法が使えない存在と認知されていたけれども、もしも義姉が言ったことが本当だったなら前代未聞の大発見かもしれない。


 そういえば、ポステリーさんから地図と一緒に買った論文があった。ココが読んでいたけれども、魔法を使えるようになった兆候ちょうこうなんて感じられない。もしかして、義姉に教えてもらえば、ココも魔法が使えるようになるだろうか。


 って、良く考えたら、無理そうだ。ゆるい雰囲気のせいでふっと忘れそうになるけれども、義姉は特別な人なんだ。この人を基準で考えちゃいけない。


 ひざから、むぅ と鼻を鳴らす声がした。ココが僕の肩に両手を掛けてゆっくりとり起き上がった。


「起こした? おはよう」


 目をこすりながら、ココが眠たげに呟く。


「魔法の話、してた?」

「ああ。非才症でも、魔法が使えるかもしれない話。前にココに買った本はどうだったかな」

「見た。でも、どうすれば使えるか、分からなかった」


 ココが要約して本の内容を説明してくれた。

 まずは元来の魔法の考え方の前置きについて。人間は外部からマナを摂取して、体内でオドという形に加工して体内にたくわえている。このオドが人間の活動エネルギーと考えられていた。

 世界の摂理では水のマナが集まって水が構築されて、風のマナが集まって空気が構築されている。ゆえに人間が食事をするのは、マナを摂取するためと考えられてきた。


 ちなみに、五大属性は生きるための必須マナも指している。風は空気から摂取、土は岩塩もとい塩、水は言わずもがな、金は地球で言うならミネラル成分のこと、火は太陽の光を浴びて摂取していると考えられていた。


「考えられていた、って?」

「うん。最近は、違いそう」


 ちょうど十年前に帝国領で塩湖しょっぱいみずうみが見つかった。その湖には海の魚が泳いでいるらしいので、僕は海と湖が地下空洞とかでつながっているのかな程度にしか考えていなかった。


 しかし、『塩=土のマナ』と考えていた魔法学者には、土以外から塩が取れることに大きな衝撃を受けたらしい。

 なにせ、この研究が進んでいくと、人間が生きるために必要なのは、土のマナではなくて塩ということが分かったからだ。つまり、必須マナが無くても人間は生きていくことができる。言いかえれば、人間は魔法的な要素がなくても生きていけるということだ。


「ふーん」

「驚かないの?」

「それなりには驚いてる。でも、言われて疑問が腑に落ちたってところ」


 魔法のない国、もとい地球にいた僕にとっては当たり前のことだし。


 話を戻す。魔法が人間が生きる必須要素ではないなら、マナやオドとはいったいなんだろうかという話になる。

 これをかいつまんで言うと、心の発露をエネルギーとしてとらえると、目に見える形に加工されたものが魔法らしい。ちなみに目に見えないタイプもあり、地球生まれ的な発想で補足すると、マンガの戦士キャラが『殺気を感じた』というのは、見えない形の魔法を感じ取ったということみたいだ。


 要するに、感情があるならみんな魔法が使えるらしい。

 もちろん、非才症の人間にも感情はある。では、どうして非才症の人は使えないのだろうか。これは体内でオドが空回りしているのが原因だとか。でも、空回りしている原因の説明は小難しくて、ココは理解しきれていないらしい。


「そんなに難しい本なのか?」

「魔法の勉強、してないから。字が読めるだけで……」


 知識がないと読みにくいところもあるのだろう。もしかして、僕なら簡単に読めるかもしれない。あとで読んでみようかな。非才症を治療できるなら、治療するに越したことはないし。


 そういえば、義姉の事例はどうなんだろう。たぶん非才症だったんだから、さっきの話と統合して治療に心当たりがあるかもしれない。


「そういえば、どうして髪が黒くなったの? というか、魔法を使えるようになったきっかけとか心当たりがある?」

「あるって言えばあるけれども……」


 義姉がうめくような声を絞り出しながら腕組みをした。なんとなく、思い出しているとは違った様子に見えた。


「……力の向きがよどんでいた感じだったかな。髪が白かった時は、常に魔法を使っているみたいに疲れていたのを覚えてる」


 ココの説明と、義姉の証言でなんとなく全体像が見えてきた気がした。非才症の人は血行じゃないけれども、オドの巡りが悪くて空回りしていること。さらに、いつも疲れているみたいということは、オートで何かの魔法を使っているのかもしれない。ちょうど僕の純化のように調節はできるけれども常在的に使ってしまう魔法を、非才症の人は常に全開で使っているようなもの。この二つが合わさった状態が病気の原因かもしれない。


「とりあえず、ココのオドの流れを整えればいいってこと?」

「第一段階はね。治療したかったの?」

「治るに越したことはないし」

「それなら、ちょっといじってみる?」


 マジか。


「えっ、冗談だったりする?」

「すごく本気」

「本当に治る?」

「治るかはおいといて、良好な方向にはなると思う。本来は治療って難しいけれども、この子と私の場合ならできるはずだから」


 義姉が僕にひっついているココを引きはがした。

 ほんとうに治療をするのだろうか。止めた方がいいのかどうするか迷っているうちに、義姉がココを後ろから抱きかかえていた。義姉がココのわきばら辺りをちょこっと触れた。


「ひゃ、みゃっ、ぴゃ――っ!」


 バラエティー番組でやっているツボ刺激の光景を連想させた。ココって、こんな大きな声を出せたんだ。


 治療(?)を終えたココが力無くよろよろと倒れそうになった。咄嗟に僕はさっと立ってココを支える。

 ココを抱きとめた時、ぽかぽかしたエネルギーのようなものを感じられて驚いた。


「驚かなくても大丈夫。オドが身体の中をめぐってるだけだから。特に純化みたいに変わった能力が使える人は、体温のわりにはあったかく感じるらしいからね」

「じゃあ、ココも?」


 僕はココの方を見る。ココが茫然ぼうぜんとした瞳で見つめ返してきた。


「青色……?」


 なんのことだ?


「青に関係する魔法ってことでしょ。なにを見て発言したのかは分からないけれども」


 義姉の言葉に、ココが頷きながら答えた。


「でも、一瞬だった」


 ふとココから感じられていたぬくもりが、いつもの体温と同じになっていることに気がついた。毎日、ココにくっつかれている成果で気づけたのかもしれない。


「にしても、ほんの一瞬だけの覚醒みたいだ」

「それはそうだと思う。魔法の媒体が心からの派生なら、心から望んでいないとダメだもの。別にやる気がないって意味じゃないからね。もっと危機感にあおられている状況みたいなのじゃないとね」


 潜在意識と表層意識の完全一致というか、ピンチな状況じゃないと駄目ってことだろうか。

 ふとずっと黙っていたスミレに目をやってみると、スミレが義姉を憧憬しょうけいの眼差しで見ていた。


嚢中のうちゅうきりみたいな人よの』

「けっこう渋い表現してきたなあ」


 ココの騒動で流しそうになったけれども、義姉ってさっき ふわっと凄いことをしていたんだよな。

 義姉が自分の成果を満足げに、にこにこと笑っていた。





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