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好意の期待

 さて、どこから話せばいいだろう。義姉あねにも説明しないといけないこともある。でも、説明したくても自分でも分からないことも多い。そもそもどうして自分たちが手配されているのかも分からないのだ。 

 話したい内容を考えていたら、ユーリが周囲の様子をうかがいながら小さな声で話しかけてきた。


「ここで説明するのは難しいですね。人が多すぎます」

「たしかに。本当は個室がいいけれどもなあ。テントとかないの?」

「昨夜の場所がありますが、人が密集していますから。聞き耳を澄ませれば聞こえる程度ですけれども妥協すべきでしょうか」


 二人で相談していると、フランがずいっと手を出して割りこんできた。


「もっと良い場所がありますよ!」

「へぇ、どこにするもりなんだい?」

「バンガローを借りているんですよね? じゃあ、おうちを見てみたいのです!」


 たしかに、一番に安全なのはうちのバンガローな気がしてきた。義姉がここまで来たのに二度手間になってしまうけれども どうしよう。


「また戻るけれどもいいかな? 二度手間だけれども」

「うん、別に気にしていないよ。私たち三人の家だし。お友達なら、いつでもどうぞ」


 『三人』らしい。僕と義姉と、ココを合わせて三人だろうか。ちゃんとココも人数に入れているのを聞けて、義姉とココの関係が上手くいっているのが分かって良かった。新しく入ってきたココが嫌われているわけじゃないみたいだとホッとした。

 僕と義姉、ユーリ、フランの四人で家に帰った。



 ◇◇◇



 家に入る前にコンコンコンと三回ノックをする。この回数は家族が来たときのノックで、ココが家にいる配慮からだ。

 でも、ノックをしても中から返事がなかった。まだ家の裏で洗濯をしている最中なのだろうか。


「まあ、いいや。二人とも、ようこそ。さあ、入って」


 僕達は家に入る。

 すると、ベッドにココが倒れている(?)のを発見した。具体的には、僕のシャツをかぶって寝ていた。なぜ?

 ベッドへ近づいていくと、ココがむくりと起きた。


「ココ、おはよう。洗濯は終わった?」

「ううん。このシャツ、洗おうとしたら力尽きた」


 ココがかぶっていたシャツをまじまじと見る。


「思わず夢中に……。危ないシャツ」


 何に対して思わずだったんだろう。良く分からないけれども、ココの方が危ないと思った。


「とりあえず洗おうか」


 ココが固まった。

 あれ、変なこと言ったか?


「えっと、これは洗ってもいいんだよな? それとも、もう洗ったヤツ?」

「…………洗う服」

「じゃあ――」

「洗う。ひとりでやる」


 ココがシャツをぎゅぅっと抱きしめなから外に出ていった。その後ろ姿が、名残惜しいオーラに満ちていたように見えた。


 気を取り直してユーリ達と相談する準備をする。そういえば椅子が三個しかなかった。ユーリ、フランがお客さんだから、座ってもらうとして、義姉は家主だから椅子に座った方がいい。となると、僕はベッドの上にでも座ろうかな。

 テーブルをベッドの近くまで運ぶ。三人が席について、僕もベッドの上に座った。


「さて、どこから説明しようか?」


 しんと静まり返る室内。なにも言わずとも、今の事態を物語っているようにも感じられた。

 ユーリと目が合う。ユーリが頷いてきたので、たぶん言いたいことがあるみたいだ。話すように目で促す。


「まず、手配についての情報です。ボク達の情報はこの場所ではいきわたっていない様子でした。また、今朝けさに管理棟の掲示板も調べてみましたが、手配書は張っていませんでした」


 義姉が小首をかしげた。


「ねぇねぇ、手配書って?」

「実は、俺達がなぜか帝国に手配されているんだ。勢いで逃げて来たけれども、よく考えたらなにも悪いことをやっていないし、おかしな話だけれどもさ」

「本当になにもやってない?」

「本当になにもやってない」


 真剣なまなざしで義姉が見つめてきた。

 後ろめたいことはやっていない。真摯に見つめ返した。


「そっか。分かった、信じる」


 義姉はすぐに信じてくれた。もしかしたら僕のことが信じられなくて、家から追い出されてしまうかもしれないと覚悟していた。普通に信じてくれたことが、素直に嬉しかった。

 事態に納得した義姉が訊いてくる。


「じゃあ、ここに隠れ住むってこと?」


 きっと そうなるだろう、と言おうとした時に、ユーリが言葉で割って入った。


「実は隠れ住まなくても良いかもしれません」


 同意するようにフランも頷いた。


「それどころか、帝国の方はてんやわんやなんですよ」

「てんやわんやって、どういうことかな?」

「サクラが散って、咲いたのです」

「どういう意味?」

「急にサクラが散ったんですよ。でも、それだけだと今年はちょっと変わってるな、で終わりです。でもでも、その散ったすぐ後にまたサクラが咲きました」


 ユーリがメモ帳を取り出しながら、続きを述べる。


「それと、帝国が中心の地震の頻度が多くなっているようです。地震による地面の亀裂から魔力の乱れが観測されているらしいです。また、一部地域では魔力の枯渇、逆に魔力過剰で禍々しくなっている被害もあるらしいです。これらの情報から推測すると、帝国自身が他の事に気を配れない状況なのでしょう。ちなみに、サクラの件はマナの流れが変わったのが原因と考えられます。季節によってマナの種類別濃度は違いますから」


 一日でよく調べられたものだ。いいや、簡単に調べられるほどに情報が氾濫しているのだろう。それほどまでに、帝国が切羽詰まっているというのかもしれない。

 帝国でなにが起こっているのだろう。


「話を戻します。帝国が大変なので、ボクたちに目は向いていない状況のようです。裏を返せば、今 ボクたちが帝国に戻っても気付かれないかもしれません」

「ユーリくんの言うとおりです。戻るってことに関しては最初で最後のチャンスかもしれません。学校に戻るのは駄目そうですが、家には戻れるかもしれません」


 たしかに帝国が異常事態ならば、手配書を配る余裕なんてなさそうだ。


「その話しぶりだと、二人とも帰る気でいるのかな?」


 ユーリとフランが同時に頷いた。


「はい。もっとも、先ほどにフランチェシカさんが述べたのは楽観的な考え方でしょう。しかしながら、これほど情報が錯綜しているとなると、それ以外に考えられないのも事実ではないでしょうか。あと二日ばかり情報収集して、どうするか決めるのが最適だと思います」

「情報収集って、居酒屋とか?」


 フランがう~ん、と唸った。

 どうしてだろう。一番にメジャーな考え方だと思うけれども。


「学生が入れる場所じゃないですよ」

「そういえば、そうだったなあ……」


 こういうときに学生というのは不便だ。十代は自由な時間があって羨ましいとか大人は言うけれども、要所で出来ないことが多すぎる。下手すれば何かのチケットを買う時ですら保護者同伴って書いてあったりとかもするし。


 コンコンコンと三回のノックが聞こえた。

 返事をするとココが入ってきた。おいで、と手まねきをする。ココがきょろきょろと見まわしながら歩き寄ってきた。そういえば、ココが座る椅子がない。

 ココが僕のひざの上をじぃっと見つめてきた。


「ついに、ひざの上に――」

「ココ、となりにおいで」

「……うん」


 ココが左隣にちょこんと座った。テーブルの上をじっと見ている。


「どうした?」

「なんでも、ないです」


 あっ、丁寧語になった。近くに人がいる時だからだろうか。

 ココとふたりでベッドに座っているせいか、腰の位置が微妙に傾いている。座るにしては柔らかすぎたようで、ちょっと座り心地が悪くなった。

 なにげなくベッドに手をついて体勢を整えると、ココの視線が不自然に動く。どうやら、僕の手の動きに合わせて動いているみたいだ。

 ああ、そういうことか。


「ココ、お疲れさま」


 ぽむぽむっとココの頭を柔らかくはたいてねぎらった。ココの頬がほんの少しだけ紅く染まった。

 僕がはたいた手をおろす。寂しそうな瞳で手を見送られた。


 ココが、ちらり、ちらり、と確認しながら、ちょっとずつ擦り寄ってきた。

 心理的な何かが切れた音がした。唐突に、ココが僕の左腕にぎゅっと抱きついてきた。身を任せるように体重をあずけてくる。はふぅ、と吐息をはいた。

 義姉がむぅと目を細めた。


「ノリ的に私もくっつく! となりがいいっ!」

「どこがノリなの!? わけわかんないからっ!」


 義姉が席を立って、ととっと小走りで僕の右隣へ座る。肩が触れた。義姉は両手で、僕の薬指と小指をきゅっと握ってきた。


「両手に花だね」


 僕に甘えているような柔らかい声で言ってきた。くすくすと笑いかける義姉に、僕の心はくすぐったくなった。


「両手とも家族だけどな」


 ユーリが笑いながら言う。


「家族と言えば、あとで昼のおかずの作り方を教えて下さい。ニンジンの甘煮です」

「いいけど、どうしたんだい?」

「弟と妹に食べさせたいからです。実家に帰ってきたからには、何かお土産になるものくらいは覚えていけたら良いと思いました」


 ああ、そうか。だから二人は帰りたがっていたんだ。二人とも家族を帝国に残してきたままだ。


「あとでな」


 そう言いながら、僕は心の中でごめんと呟いた。だって、なんて声をかければいいか分からないからだ。いや、本当は分かっていたのかもしれない。僕は臆病だから、不器用な言葉をかけてしまってユーリとフランを傷つけてしまうのではないかと怖がったのだ。


 沈黙になる。時間が止まったかのように静かになった。静かな後悔が心を掻きむしっていく。

 ああ、しまった。これって僕が適当に流して笑えばよかったのかな。バカだなあ、すぐに帰れるわけがないだろって言えば良かったかもしれない。そうしたらユーリがくすくす笑いながら、じゃあすぐに帰れるようにしましょうねと言って場の空気は変わっていたかもしれない。

 今の沈黙がやけに重たい。懺悔と合わさって、泣き叫びたくなるような重さだ。


「ところで、俺はどうすればいい? 何か手伝えることはあるか?」


 なにも無かったかのように取り繕った。建設的な話題に広げて、今だけを考えるようにする。

 僕がもっと大人になれたなら、力のある言葉をユーリ達にかけたり、綺麗な体裁で会話を流したりできたのかな。


「魔力を回復しきっていませんよね。一番魔力が少ないのに無理していましたので、今は休んでいただいても結構です」

「そうです。ココアちゃんを背負って、水魔法を使ってと頑張ってきました。だいたい終わっているので、途中で入られてもですよ」


 ユーリとフランの二人ともから休むように言われてしまった。

 本音としてはありがたかった。なにせ、帝国へ帰る危険をおかしてまでやりたいことがないからだ。モチベーションが低いのに手伝っても邪魔なだけだろうし、内心で ほっとした。


「じゃあ、休ませてもらおうかな。人手が足りない時は教えてよ。人形もいるし、二人のためならいつでも頼られるから」


 帝国へ帰れないかもしれないのは寂しいけれども、僕の場合はただ寂しいだけなのだ。ともすれば十年くらい経ったら今回の事件だって忘れられているだろう。その時なら、帝国に訪れることができるかもしれない。


 そういえば、僕の場合はむしろ地球にいた頃をホームシックになりそうだ。けれども、不思議とそうならないみたいだ。というよりも、当時を思い出したことがあったのかすら思い出せない。

 今ここで、地球にいた頃を思い出そうとしてみたけれども、どうにも記憶が断片的でおかしいことに気がついた。なんというか、記憶が欠けているみたいだ。地球で過ごした記憶はあるけれども、肝心のなにをしていたのかが分からない。アルバムで幼少期の写真を見て、こんなことあったかなと悩むような感覚に近いと思う。

 まあ、ここに来てからけっこうな年月が過ぎている。昔すぎて分からなくなっただけかもしれない。でも、断片的になってしまった記憶に対して、まったく寂しさを感じられないのはどうにも不思議な感覚だ。

 ふいに、右隣りにいた義姉が動いた。


「だいたいの流れを把握できたから、私は席をはずそうかな」

「もう行くの?」

「私は仕事があるの。時間は決まっていないけれども、日が昇っているうちに顔を出さないといけないのがあってね」


 窓の外には夕焼け空が広がっていた。けっこう時間が経っていたことに気付いた。


「まあ、良い機会だから仕事ついでにいろいろと聞いてみようかな。帝国土産を買い忘れた人が私の人形を買いにくるからね。だから、鮮度の高い情報が集まると思う」


 オトナの人脈って凄いや。僕も仕事をすればこうなれるのだろうか。


「ついでに買い物にも行こうかな。石鹸せっけんが切れるけれどもムクロジがいい?」

「あんなの体を洗う道具じゃない。石鹸が一番いい。帝国民は木が好きすぎるというか過信しすぎるというか、ぜったいに石鹸のほうがいいのに」


 ユーリがあいまいに頷いた。石鹸を知っているらしい。でも、フランは首をかしげていた。

 フランが訊いてくる。


「石鹸ってなんですか?」

「ムクロジと一緒で身体を洗うためのものだよ。ムクロジよりも香りが少ないから、石鹸の方が好きかな」


 この場所には、石鹸脂が出る木がある。お土産として匂いが少ない洗剤と重宝されているのだ。

 フランが興味津々という顔になる。


「使ってみたいですね。あの、お姉さん。ついていってもいいですか? 買い物する場所とかも分からないですので、紹介してもらいたいです」

「もちろん。どんな情報を聞けばいいのかをその場で教えてもらえるから、その方がいいかもね。ついでに買い物も手伝ってもらおうかな」

「はい、喜んで!」

「じゃあ決まり。ついでに、夕飯でも食べていく?」


 義姉がフラン達に呼びかけながら僕の方を向いてきた。今日の夕飯は僕が担当だと目で言われた。

 義姉の問いかけにユーリが答えた。


「ありがとうごうざいます、ご相伴にあずかります。ところで、フランチェシカさんが情報を集めてくれるならば、ボクは夕飯の手伝いをさせてもらってもよろしいでしょうか? ニンジンの甘煮を教えてもらいたいです」

「分かった。という訳だから、買い物組は明日の分のごはんも買ってきて。今日で五人分が消費されると空になるから」

「ん。了解。帰ってきたら夕飯ができているっていうシュチュエーションを楽しみにしてる」


 義姉がとても綺麗な笑顔で笑った。僕もつられて笑った。


「シュチュエーションって、おおげさでしょ」

「おおげさじゃないよ。日常の感動が重なって、今があるの。だったらそれを大切にしないと、未来にいけないよ」

「……すごい期待が重い言葉に感じた」

「もちろん。好きな人には期待しちゃうものだからね」


 だから、そういう言い方は止めてって。茶化されるから。


「期待分を頑張ってね。こっちもいっぱい頑張ってくるから。じゃあ、いってきまーす」

「いってらっしゃい。これから暗くなってくるから、気をつけて」


 僕は義姉達を見送る。二人の影が道の角を曲がって見えなくなった。

 さて、料理の準備にとりかかろうか。今日の夕飯は、いつもよりもちょっとだけ手間をかけて作ってみようと思えた。




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