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裏返しの想い

 差し込んできた朝日が目に染みる。とろりと目覚めた。

 蜜のような甘い香りがただよっている。ぷくぷくとかまのお米が煮えている音もする。懐かしい台所には、女性が立っている。そうか、僕は家に帰ってきたんだった。


 起きようとしたけれども体が動かない。僕のシャツの中でココがまるまるように寝ていたからだ。それどころか、ココがぽけぽけとまどろみながら、僕の鎖骨をあむあむと甘噛みしてくる。

 どうしよう、動けない。というか、やっぱりココは変だ。昨日だけの限定じゃないらしい。


 台所に立っていた人がこっちを振り向いた。肩にのっている艶やかな黒髪。ふり返った時に、ちょっとだけふわっとした癖のある髪がゆるりと流れた。


「ん? 起きた? 先にごはん作ってるよ」

「……起きた。ごはん、ありがと」


 義姉あねがにこりと笑って背を向けて、料理の続きをはじめた。上機嫌そうに鼻歌をうたっている。柔らかく透明感のある声だ。

 眠たくて閉じそうな目で、後ろ姿をぼぅっと眺める。正直に言うと、僕はこの人との距離の取り方がちょっと苦手だったりする。といっても、原因は昔の僕が意地っ張りだったというか思春期だったといえばいいのか。

 義姉はいわゆる器量よしなのだ。だから、まわりが僕のことをけっこう茶化してくる。あの時の僕は茶化されるのが嫌で、別に義姉のことなんて気にしてないですよと、冷たい態度で暮らしていた。でも、本当に冷たくすると義姉が寂しがってしまう。良心に耐えられなくてちょっと優しくすると、義姉が嬉しくて周りに言ってしまう。すると、また誰かが茶化してくるのでという繰り返しの日々。恥ずかしい思いの悪循環だった。

 ふと昨日、疑問に思っていたことを思い出した。体を起こしてから訊こうと――、そうだった。ココが張り付いていて起きれなかった。

 まあいいや。寝たままの姿勢で訊いても怒るなんてことはないだろうし。


「そういえば、ベッドひとつしかないけど、どこで寝てた?」

「ベッドの下。冷たい床で寝てた」

「えーと、悪い。ごめん」

「うそうそ」

「嘘かよ! ちょっと本気にしたじゃないか!」

「ベッドの上。隣で寝てた」

「えっ?」

「懐かしかったなあ。まだベッドが一つしかなくて、お互いにちっちゃかった頃を思い出しちゃった」


 僕の頬が熱くなって、耳の先までじんじんと火照ほてってきた。そういうのをポロっとまわりに言うから、僕が茶化されるのだ。



 ◇◇◇



 ココを起こすのにちょっと時間がかかったけれども、一緒に朝食の準備をする。ココと一緒に、壁に立てかけてあったテーブル、椅子を並べていく。

 三つ目の椅子を並べ終わると、ココがくいっと僕の袖を引っ張ってきた。


「もう準備は終わり?」

「終わり。料理はやってくれるし、あとは座って待ってるだけかな」


 ココが部屋をぐるっと見渡した。


「家族はふたり?」

「義姉と合わせてふたり」

「でも、椅子が3個?」

「そうだね」


 そういえば去年までは二個しかなかったはず。どうして買い足したのだろうか。でも、理由はどうであれ、ココの座る場所がちょうどあってよかった。

 ココが椅子を整えながらぽつりと呟く。


「ひざの上……。もしも、買い足さなかったなら……」


 義姉さん、ナイス。本当によかったみたいだ。

 茶碗もどうしてか三つあった。ご飯をよそって並べていると、義姉がフライパンからおかずを大皿にどっさりと盛ってきた。フライパンから甘い香りがする。中に入っていたのは、ニンジンの甘煮だった。

 朝の甘い香りの正体はこれだったらしい。義姉が大きな皿に山盛りで盛ってきた。けっこう多めだけれども、こんなに作って大丈夫なんだろうか。

 次に義姉が小鉢を持ってきた。中には黄色い花びらみたいなのが入っている。


「これってなに?」

「ぽむぽむ草のおひたし」

「本当に草?」

「名前は草。ぽむぽむ草の花びらを茹でたのがこれ」


 どことなくきくの色合いを連想させる花びらだ。


「花びらって……、これは食べていいの?」

「ご意見は食べてからどーぞ。けっこうおいしいから」


 はじめて食べようと考えた人は、何を思っていたのだろう。花を食べようと思うなんて、よっぽど食べる物がなかったのだろうか。

 でも、考えるのはこれでおしまいにする。突然に来たのにご飯をまで用意してくれたんだ。変なのを食べさせられるのは困るけれども、本来は文句を言える立場じゃないだろうし。


 義姉が座ったので僕も座ることにする。義姉の対面に座ると、ココが椅子をずらして僕の隣にくっつけてきた。食事をするには肘がぶつかりそうで狭すぎないかと思ったけれども、空腹には耐えられないから気にしないことにする。朝にココを引きはがす時に、余計なカロリーを使って、考えるのもおっくうなほどにお腹がへっていたからだ。


 全員が座ったのを確認した義姉が、食べ始めた。僕も、いただきますと心の中で呟いて食べ始める。

 最初に気になった花びらのおひたしを食べてみる。きゅっきゅっとした歯ごたえに、ほのかに花の香りがする。絶妙な加減の甘酢の味わいも良い。思ったよりも美味しい。

 ココもおそるおそる口をつけた。ひと口ふた口と食べていき、これが食べ物であると分かるときゅっきゅっと美味しそうに食べ始めた。

 ココが花のおひたしを食べながら、時々にチラリと人参の甘煮に目線を送っている。食べたいのだろうか。


「食べる? 小皿に盛ろうか?」

「うん」


 そういえば、ココは食べたくても勝手に盛れない立場だった。忘れる時がけっこうあるけれども、ココは奴隷だ。ココに小皿によそってあげよう。ついでに僕の分もよそおうかな。

 小皿によそっているとかぐわしい香りが立ってくる。ココが目を細めた。


「……いい匂い」

「ほんとだ。これってなに入ってるの?」

「ん? はちみつと、バターで茹でただけ。けっこう簡単にできるし、最近 はまって大好物な料理だよ」

「へぇ、そうなんだ」


 こっちの料理は日本で見たことある。ステーキの横に添えられている甘いニンジンだ。たしかグラッセという名前だったと思う。

 といっても、大好物というだけあってかなり凝っているみたいだ。丁寧に作るとちゃんとした料理らしい。すごくおいしそうだ。

 ココがグラッセをはむりと食べる。一口かじってから、時間が止まったように黙り込んだ。


「ココ、だいじょうぶか?」

「…………おいしい」


 よく見ると震えていた。震えるくらいに美味しかったらしい。ココがコクコクと頷きながら食べ続けた。

 いつの間にかココの小皿が空になっていた。途端に悲哀な瞳になる。ココの小皿にグラッセを供給すると、また夢中に食べ始めた。

 花びらのおひたしや、ご飯に手を付けずにニンジンばかり食べ続ける。ココにうさぎの耳が生えている幻覚が見えてきた。


「ねぇー、美味しいでしょ?」

「 (こくこく) 」


 義姉もニンジンしか食べていない。多めに作られていた理由が分かった気がした。それにしても、義姉だけじゃなくて、ココの好物なのだと前もって知っていたと思えるくらいのちょうど良い量みたいだ。買い足した椅子といい、不思議と要領がいい人だ。

 義姉がむぐむぐとグラッセを食べながら僕に訊いてきた。


「ところで、急に帰って来てどうしたの? 連絡くらい入れれば良かったのに」

「……まぁ、急いで来たから。この後の予定は空いてる? グループの仲間も来てるから、今後のことを相談したくて来たのもあるんだ」


 ふ~ん、と義姉が小皿に新しいグラッセをよそった。義姉の目線がついっと僕の小皿に向く。僕は少なめに盛っていたので小皿が空になっていた。

 義姉が手をくいくいと『盛ってあげる』のジェスチャーをしてくれた。僕は『少しだけ』と言いながら小皿を渡す。


「予定は空いてるけれど、時間が厳しいかなあ。洗濯ものとか、細かい家事がちょっとあるし」


 盛られた量がけっこう多かった。義姉やココが好きな料理みたいだから、ふたりのために量は少しでも良かったのに。

 義姉が小皿を僕に返しながら言う。


「誰か洗濯くらいしてくれたらなあ。急に誰かさんが来たせいで、洗濯物も増えちゃったし」


 朝ごはんを作った手前だから断れない。もっとも、強調して言われなくてもやるつもりだったけれども。


「ココ、洗濯の手伝いをしてもらっていいかな」

「うん」


 義姉のパッチリした紅い瞳の目じりが下がって、純粋な子ね とくすくす笑った。

 義姉の瞳の色はココと同じ紅い瞳だ。なのに、髪の色が義姉が黒で、ココが白の対極な色。性格は、義姉はゆるい感じで、ココはガードが堅い感じ。髪と同じくらいに対極だ。あっ、でもニンジンのグラッセは二人とも好きらしい。覚えておこう。



 ◇◇◇



 家事の手伝いをしていたら、ちょうど昼食の時間になった。洗濯ものだけは終わらなかったけれども、残りは少ないということで全部をココに任せることになった。

 義姉の指導のもとで僕が作った昼食を三人でとってから、ココは洗濯物の続きを、僕と義姉はユーリ達の元へ向かった。


 二人で歩いていると、フランがオープンテラスの店に入っていくのが見えた。席を探してみるとすみっこの方にユーリが座っていた。僕達はユーリへ近づいてく。


「ユーリ、これから昼食かい?」

「あっ、いたんですね。そうです、本の中に入っている食材を使っても良いのか迷ったので。買いに行ける場所が分からないですし」

「そういう話を含めて、これから話していこうか」


 後ろからフランがやってきた。大きな皿を持っている。丸いパンのように成形して揚げたお米に、肉や野菜を挟んだジャンクフードが盛られていた。


「お疲れさまです。そちらの女性は?」

「うちの義姉だよ。帝国土産の人形を作ってる。ついでに、人形作りの師匠かな」

「へぇ、そうですか。師匠ってことはドラゴンも倒せたりしますか?」


 突拍子もない言葉に、義姉が不思議そうな表情をした。ユーリがフランに付け足す。


「ここに来る前にドラゴンと戦ったんですよ」

「ユーリっ、言うな!」


 義姉がジトっとした目をしてきた。


「無理しないって約束したよねえ。帝国に行く時に」

「ああ、うん……。でも、みんな危なかったし」

「どうして一人で背負いこもうとするのかな? 帰りを待ってる人もいるんだよ。その人の気持ちも考えた事がある?」

「……すみませんでした」


 義姉がくすりと笑った。いつくしむような目で、温かい声をかけてくる。


「まあ、結果だけ見れば良い方向なのかな。話は変わるけれども、怪我はしなかった?」

「しなかったけれど、攻撃を受けたなら怪我どころじゃないから。あと、ものすっごく強かったし」

「そうそう。私も前に戦ったことがあるけれど、けっこう強いよね」

「同感。さすがに死ぬかと思った」


 フランがぽつりとつぶやいた。


「あの。なんだか、すごい会話ですね」

「いいや、義姉が凄すぎなだけ。俺は運が良くて普通だよ」

「またまたあ。謙遜ばっかりする。直ってないなあそういうところ。それと、私の方が普通だって」

「どっちもどっちだと思います」

「ぜったいに義姉の方が凄いからっ! ところでさ、おかずを作り過ぎたけれども、食べてもらえないかな。ちょっと練習しすぎて余ったんだ」

「ホントですかっ! ぜひ、いただきます!」


 持って来たおわんを差し出す。フランとユーリにニンジンのグラッセを渡した。

 フランが一口食べる。


「へぇ、美味しいですね。今まで見たことない料理ですが、お姉さんが作ったのですか?」

「俺が指導してもらって作った。今日初めて作ったけれどもどうかな?」

「美味しいですよ。やっぱりフェリンちゃんに言っておけばよかったかなあ」

「いや、無理だって。そこまで料理はできないって!」

「そうですか? かなりの腕前だと思いますが、お姉さんはどう思いますか?」

「う~ん。あまり料理が得意というか、けっこうめんどくさがりというか、やっぱり男の子なんだなあって感じかな」

「不思議な言い回しをしますね。どのような意味なのでしょうか?」


 ユーリが義姉に訊いてきた。説明するには僕のカッコ悪い部分を皆の前で言わないといけないわけで、胸を張って言える内容じゃないから気が引けるけれども、ここまで話が広がったなら言うことにする。


「ユーリ、今までに作った料理を全部挙げてみて。思いつく限りでいいから」

「は、はあ。コロッケに、ラーメン、カレー、あとは……」

「去年は、れあチーズケーキですよ。それと、おととしがパンケーキです」


 義姉が苦笑いしている。うん、僕の料理は相変わらずなんだ。

 苦々しく義姉が説明しはじめた。


「あのね、おおざっぱな料理しか作ってないでしょ。ラーメンは好きだからなのか例外だろうけれど、手順が簡単な物しか相変らずに作っていないんだね」


 まったくもってその通りだ。コロッケは、①芋を潰して、②揚げる料理。カレーは①具を全部切って、②茹でる料理。レアチーズケーキも、①材料を全部混ぜる。②冷やす料理。パンケーキも①混ぜて、②焼く料理。おおざっぱな料理しかできなかったりするのだ。もっとも、学校には食堂もあるから、深く覚えようとする必要性がないことも原因のひとつかもしれないけれど。

 納得したようにフランが頷いた。でも、目が笑っていない。


「だからフェリンちゃんの時は隠していたんですね……」

「苦手意識はないけれども、料理が好きって訳じゃないし。大げさな話になったら嫌だなあ と思ってさ」


ユーリがグラッセをつまみながら会話に入ってくる。


「でも、これはすごく美味しいですよね。今までとは違って、かなり手の込んだ作りになっています」

「そうか? どこらへんが?」

「皮をむいた後にまるく面取りをしていますよね。見栄えはもちろん、歯ざわりの良い形に丹精込めて作られています。あと、作った後に丁寧に冷ましたニンジンの味がします。優しい甘みです」


 どうしてそこまで分かるんだ。たしかに、ユーリは料理ができるのは知っていた。けれども、そこまで見抜けるレベルだったなんて知らなかった。

 ユーリが再び一口食べながら言ってくる。


「こんな料理を覚えようなんて、どういう風の吹きまわしですか?」

「……別に」


 義姉が小さく笑った。


「作ってあげたい人ができたからしょ?」


 義姉が失笑しながら言いやがった。フランとユーリがきょとんとしたが、あぁと納得がいったようにふたりとも頷いた。

 なんだよ、もう。何が言いたいんだ。なんだか、こそばゆい気持ちになる。料理が余っても持ってこなければ良かった。




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