掌中の珠
まず三日間歩いてドラゴンの村から離れた。魔術を使ってしまうと、使った場所のマナ濃度が薄くなってしまう。たどられてしまったら、逃げてきた意味が無くなる。最初は魔法を使わずに逃げた。
ある程度離れてから、飛翔魔術を使って二日間飛び続ける。丘を越えると、ようやく平原が見えてきた。
透き通った色の空の下で見渡した平原。日の光を浴びて煌々とした芝生が生え広がっていた。くるぶしくらいの草が、風にくすぐられてカーテンのようにたなびいている。その真ん中にはゆるやかな道が遠くへ続いていた。
「やっと道に出た。この道をたどって行けばすぐだよ」
みんなから安堵の息が漏れた。逃げることに精一杯で緊張し続けていたみたいだ。
ココがくいくいとそでを引っ張った。
「家族に、会うの?」
「ああ。お世話になってた義姉に会いにいく」
「どんなひと? 一緒に探す」
「そうだなあ。髪は黒髪で胸辺りまでの長さで、赤い目をしてる。背丈は俺の目線よりもひとつ下くらいだったかな。ちょうど、ココよりもふたまわりくらい高めかもしれない」
しっとりとした黒髪に、透き通った紅い瞳。どこか力が抜けているような性格の人だ。といっても、ぐうたら的な意味じゃなくて力加減がゆるいタイプだ。
フランがココに同調して訊いてくる。
「アルフレイドさんから、すごい人だと聞いています。どんな人ですか?」
「どんな人というか、どう説明すればいいかなあ……」
野外実習に行く前にアルフへ話した、ドラゴンの話や、盗賊の話、百万人部隊の話などをしていく。みんな驚いていたけれども、たぶんあの人は公式最強キャラみたいな位置づけなんだと思う。あんまり深く考えちゃいけないタイプの人類だ。
道に沿って歩き続けると、ぽつぽつとテントが張っている人たちが見えてきた。そのまま歩き続けていくと、大きなY字になっている通りに突き当たった。
人がたくさん集まっている場所。でも、村とは言うには人が住む環境に整備されていない。さすがに道の真ん中に木が生えているなんてことはないけれども、ところどころに通行の邪魔になってる木がある。生活はできるけれども、本当に最低限の整備しかされていない。どちらかというと、キャンプ村という言葉の方が合っている場所だ。
ユーリが辺りを見回しながら訊いてきた。
「日が傾いていますし、ボクたちもテントの場所を確保した方がよいと思いますが」
「それもそうだけれども、とりあえず最初は管理棟に行った方がいいんだよ。本当はテントを張るにも申請が必要だし、早く申請しておくと後でいろいろと楽だから」
管理棟と言うと誰かが管理していそうな気がするがその通りで、この場所は商人たちが管理している。
そこそこ人が集まっているのに村や町と名乗らないのは、帝国からの税収の関係上であえてだと言われている。邪魔な木があったりするのは生活できるように整備されていると、村として認定されてしまうのであえて残しているのだとか。
記憶を頼り道を歩いていく。ぽつりぽつりとテントが並んでいる小道を歩き続けると、木製の小屋が立ち並んでいる通りに出た。バンガロー通りにある管理棟に行った。
テントを張るための場所を申請する。ちょうど二人分の場所が空いているのを見つけた。ひとまずユーリとフランの寝どころを確保できた。
疲れたから休みたいということで、明日に今後の方針を相談する事にすることになった。ユーリとフランのテントを張るのを手伝って、二人と別れた。
申請してテントの手伝いをしていたら思ったよりも長いてしまった。日射しが赤みをおびてきている。僕とココの影はふたりっきりに伸びていた。
「俺らは実家に行こうか」
「うん」
ココがふわりとした甘い声で答えてくれた。ふたりっきりになった時の声を久しぶりに聞いた気がした。そういえば、逃げている時はユーリ達もいて、なかなかふたりっきりになれなかったかな。
なんだかぽつぽつと人が多い。夕食時だからか、調理器具を持ち歩いている人とよくすれ違う。
夕焼け色がココの髪を柔らかく照らしている。ぽつりとココが呟いた。
「ひと、多い」
「多いな」
続けてココが何か言おうとしたけれども、口をもごもごと動かして言うのを止めてしまった。でも、やっぱり言いたかったのか、もじもじとしながら見上げてきた。
「はぐれたら大変。ぎゅーっとして、いい?」
僕は少し黙ってしまった。だって、「いいよ」と言うのが恥ずかしかったからだ。言葉にするってのはけっこう勇気がいることらしい。
だから、僕は言葉じゃない方法を選んだ。同意のメッセージをこめて、ココの小さい肩へ手をまわして寄せる。ココはメッセージが分かったみたいで、嬉しそうに はにかみながら抱きついてきた。
そう抱きついてきたか。その体勢で抱きつかれたら歩くに歩けない。本当は暗くなる前に着きたい。振り切ってでも歩いていこうか。でも、家に着いてしまったらふたりの時間はなくなってしまう。
まあ、あれだ。でも、はぐれるのが一番に良くないと思う。ココにとってこの場所は初めてだから、はぐれたら大変だ。うん、じゃあ仕方がないよな。
ココが目を細めて見上げてきた。僕は抱き寄せたココをそっと撫でる。黄金色に染まった風が髪を柔らかにほどいていた。ココが恥ずかしげに、幸せにとろけるよう頬をほころばせている。
いつの間にか日が暮れはじめていた。時間を忘れるくらいに夢中になっていたらしい。苦笑しながら、ぽんぽんとココを撫でる。
「そろそろ行こっか」
「……うん」
僕は手をそっとさし出す。ココがはにかむように小さく笑って、手をぎゅっと握った。
僕はその はにかむ笑顔に弱いらしい。いつの間にかココに惹かれていた。はにかむ笑顔を間近で見れる幸せを小さく噛みしめる。
時間が経つにつれて、夕焼けに染まったふたりを繋いだ影が淡くなる。夜の色に僕らの影は一緒にとけていった。
◇◇◇
キャンプ村の中心から少し外れたところ。バンガロー通りよりも少し大きめなバンガローが立ち並んでいる。ここはレンタルではなくて、キャンプ村に住んでいる人達の場所だ。一番に奥のバンガローを目指して歩いていった。
前回の休み以来だろうか。今日までの日々が大変だったせいか、ほっとした懐かしさがある。
小屋の中にはいる。八畳ほどの大きめな小屋。クローゼットの近くにベッドがひとつだけあった。前は義姉のベッドもあったけれども、今は僕のベッドだけ残っている。どうしてだろうか。両壁には棚があり、たくさんのぬいぐるみ人形が小奇麗に並べられている。
ココが棚に並べられたぬいぐるみ人形達をきょろきょろと見ながら、僕の方をチラッチラッと見てくる。
「自由に見ていいよ。でも、奥の人形は作りかけだから、触ると壊れるかもしれない。奥のには触れないようにな」
大きくこくりとココが頷いて、棚を見てまわりはじめた。僕は自分のベッドに座る。
そういえば、ナズナはここで義姉から指導を受けながら作ってもらったんだった。指導といっても、思い返せば ほとんどが義姉任せだったけれども。
家の中に入ってしみじみしていると、大きなあくびが出た。さっきまでずっと気を張り詰めていたところで、家に帰って来た安心感と重なって眠くなったらしい。
「疲れたし、ちょっと休もうかな」
ベッドに体を投げる。布団をかぶると、とろりとした眠気が襲ってきた。
とことこと音が近づいてきた。足元の布団がもぞもぞと動いた。ぴたっとぬくもりがくっついてきた。僕はぬくもりをそっと抱きしめながら、胸元を覗きこむ。ココが不満げな顔をしていた。
「どうした?」
「なにか、違う。足りない……」
どうにもしっくりこないらしい。いつも通りだと思うけれども。
ココが、あっ と小さく声をあげた。抱き寄せていた体温がもぞもぞと移動する。なにをするのかと観察していると、突然に僕のシャツをめくってきた。
「な、なんだっ?」
シャツの中にココが入ってきた。衣擦れの音がしゅるしゅると胸もとへ迫ってくる。
「……なにしたかったんだ」
「ぎゅう、が足りなかった」
「ぎゅうってなに?」
「寝袋のぎゅう」
ふたりでぎゅうぎゅう詰めに寝袋を使っていたことを思い出した。
「狭いだろ」
「狭い方がいい。ぎゅうと、くっつける」
「広い方が寝心地が良さそうじゃないかな」
「くっついてる方が、落ちつく」
ぎゅぅと身体を擦り寄せてきた。僕の片足がココの太腿に挟まれるようにからまれる。締め付けるように密着したがってきた。
ここ最近はずっと寝袋を使っていたせいでくっつきたがる癖ができたらしい。そういえば、ずっと逃げることばかりに気を取られていて、ココをほったらかしにしていたのかもしれない。もちろん、そんなつもりはなかったけれども、僕がどう思っていたのかとココがどう思っているのかは別問題だ。寂しい思いをさせていたのかもしれない。だから、今はその埋め合わせで求めているのかなと思えてきた。
僕の襟元から、ココが頭が出そうとする。でも、ボタンを閉めていたから、引っかかっていた。むぅと苦しげな声がした。
「息苦しい……」
「苦しいなら、止めればいいのに」
「…………」
なにも言わない。表情は見えないけれども、なんとなくじっと見つめられている気がした。
「…………待ってろ」
上のボタンを外していく。ココがススッと頬ずりするように顔を出してきた。
ココが満足げな息を吐いた。
ココは強く主張する方じゃない。しいて言うなら、期待を込めてという感じだろうか。
じっと見つめて、「言葉として主張はしないけれどもしてください」とおねだりするタイプとは違う。じっと見ているのは、「迷惑かけるのは分かっているけれども、してくれたらいいなあ」とこっちの心を観察している視線だ。度が過ぎるほどの遠慮が前にある思考みたいだ。
ココが穏やかに吐息をはく。
「すぅぅっ、はぁ……」
ちょっと違った。深呼吸だった。でも何かがおかしい気がする。深呼吸するたびに、ココがふにゃふにゅになっていく。
「ココ、なにしてるの?」
「息、吸ってる」
「そ、そうだよな」
そうだ。そのはずなんだ。僕はおかしいことを訊いている。だけど、僕の勘がそれは深呼吸じゃないと主張している。
ココがささやいて、説明を付け足しをする。
「吐いた息を吸う。幸せになる」
ごめん、もっと分からない。その言葉をイコールで結べない。それとも哲学的な領域のことなのか。
ココが丁寧に説明を続けていく。
「あたたかさがこもっている息を吸う。ぬくもりが身体の中に入ってきて幸せ」
気がついた。僕が息を吐いたタイミングでココが息を吸っている。僕の体温がこもっている息を吸って、恍惚にとろけていた。
ここ何日かココをほおっておきすぎて、変な子になってた。
……どう対応すればいいんだ。
「ほどほどにな……」
あまりのパニックにお茶をにごした。だって、他にどう言えっていうんだよ。僕は言葉のボキャブラリーが圧倒的に足りないらしい。いや、足りても言えるのか疑問だけれども。
「ほどほどじゃないと、だめ? けっこんごっこなのに?」
にごしきれていなかった。その切り返しは予測していなかった。
「まあ。なんというか、そのうち『ごっこ』じゃなくなりそうかなって」
ココが途端にしゅんとした。
「ずっと『ごっこ』じゃないと、嫌です」
「嫌って、どうして?」
「信じれない、から。『ごっこ』の偽物だったら、信じられるから」
このとき、『結婚ごっこ』の本当の意味を初めて思い知った。遠慮とかいじらしさとか、そういったものじゃなかった。そもそも前提が違っていたことに気がついてしまった。
ココは他人を信じていない。生まれてからすぐに奴隷として捨てられたからだ。無条件で信用して心に寄りかかれる親がいなかった。だから、ココは信じて生きられる人がいなかった。誰かを信じることを知らずに生きていたのだ。
そうか。だから「結婚ごっこ」にしたんだ。本当のことが信じられなくても、偽物であるって分かっていたなら信じて没頭することができる。
推理小説が好きな人でも、目の前で殺人事件が起こったら嬉々として解決するだろうか。いいや、平穏を乱されて最悪な気分になると思う。昼のドラマが好きな人が、ドロドロした三角関係を体験したいと思うだろうか。そんなことは無いと思う。作りモノの物語、偽物だからこそ安心して読むことができる。だから、本を開いている間はその世界が目の前で起こっているんだと安心して信じることができる。偽物だからこそ信じられるんだ。
だからこそ、『ごっこ』がココにとって唯一に信じる方法だった。信じることができないココは、たとえ偽物であっても信じていたかった。だから、『ごっこ』を選んだのだ。
僕はどう答えれば良いのか分からなかった。たくさんの言葉が浮かんできても、口に出そうとすると宙に舞ってしまう。その場しのぎだったなら、地球の偉人の言葉をマネてみるなどをして取り繕うことはできると思う。でも、名言でも僕が言葉にしてしまうと、どうにも軽くなってしまいそうだ。僕の気持ちが伝わらないのではないかと怖くて何も言えなくなる。
でも、何かを言ってあげなくちゃいけない。僕はそっとココを撫でる。精一杯の言葉を震える声で呟いた。
「分かった。でも、「ごっこ遊び」の延長だったとしても、ココには幸せを感じてほしい」
しんと静かになる。ぶっきらぼうに聞こえてしまったのだろうか。猛烈な不安に襲われた。
途端にココが身悶えた。密着している身体が揺れまわる。シャツの内だったから、もっとココと一緒に締め付けられた。
耳を澄まさないと聞こえないくらい小さな声でココが呟いた。
「心臓が、きゅうっして死んじゃう」
覗きこむと、『でも、いっぱい言ってくれたらいいな』ともの欲しそうな目をしていた。
やっぱり変な子だ。ちょっと目眩がした。




