狂乱の前兆
体が揺らされる感覚に、瞑っていた目を開けた。
柔らかな寝心地を感じられる。僕はベッドに横たわっていた。外からは赤い光が差し込んでいる。いつの間にか夕方になったのだろうか。でも、夕日にしてはやけに真っ赤に燃えている。
僕はゆさゆさとココに揺さぶられていた。
「……起きてっ!」
ココの切実な声と必死な形相。外がぼうぼうと燃えている音と相まって、僕は飛び起きる。
二階建ての村長の家。窓辺から村を見渡した。燃え盛る城門に、焼かれている木々や家。ドラゴンの暴力を免れた村の一部すら更に崩壊させんと破壊を尽くされていた。
「ココ、なにが起こってる!?」
「帝国の人が来て、みんなが行って、火が出てっ!」
「アルフは!?」
「ごめんなさい。……分からない」
踵を返して、ベッドの足元に置いてあった人形達の元へいく。動かない人形達へ魔力を注入する。
『おはようございます』
『んー。ナンカあった?』
ニ体の人形達が最初に起動した。使い慣れているからか、起動が一番に早いみたいだ。
「また戦うかもしれないけど、魔力が回復しきっていない。満足に戦えないかもしれないけれども行くよ」
『承知いたしました。お任せください』
『ソレデ、なにすんの?』
「まず、全員が無事か探さないと」
スミレとサクラが起動したのを確認する。壁にかけてあったジャケットをはおろうとすると、ココがうつむいているのに気がついた。緊張や不安、悲しさ、いろんなマイナスの感情に耐え忍んでいるような顔だった。
「ココ、怖い?」
「……だいじょうぶ」
「そっか。でも、心配しなくてもいいから。なにがあっても任せといて、な」
ぽんぽんとココの頭を撫でる。すると、ココがぽすりと頭をあずけてきた。そのまま甘えるように身体をより添わせてきた。
「ちょっとだけ……。いまだけで、いいから」
ゆっくりと体重をあずけられる。もしかして、ココは怖がっていたのかもしれない。僕はココが心に溜めていたものに、はじめて気がつけた。
僕は人形で戦えるし、その気になれば人形なしでも戦闘に臨める。でも、ココは戦えない。だから、何かが起こってもただ恐怖に耐えることだけしかできないんだ。
僕はココの背中へそっと手を伸ばす。背中まで流している長い髪にさらりと触れた。ココの華奢な身体を不安な心ごと包みこむように優しく抱きしめる。ココが ぎゅぅっと強く抱きしめ返してきた。
「……もう、だいじょうぶ」
たった一回だけ強く抱きしめただけで決心がついたのか、胸元からココが見上げてきた。ココの不安げな顔色はなくなったけれども、別の表情は拭えていなかった。どこか悲しげで困っている表情が残っている。
何かが喉に詰まった。本当に大丈夫なのか。大丈夫なわけないじゃないか、嘘つくなよ。
でも、今は緊急事態で一刻も争う事態だ。ココにずっと構ってはいられない。それをココも分かっていて、『だいじょうぶ』と言ったんだ。僕はその言葉に甘えてもいいのだろうか。
「分かった。それじゃあ、みんなを探しに行こう」
ココ自身が言ったなら問題ないんだ。そう思い込むようにして、ココへの思案をふりきる。今はこの場を乗り切ることを考えなければいけない。
魔法に対して防御ができないココへ、僕のジャケットをはおらせる。ココと人形達を連れて一階へ降りた。
玄関の扉を開ける。途端に熱風にあおられそうになり、慌てて扉を閉めた。外はひどい状況になっている事を確信する。僕は水膜の魔法を描く。全員を包み込むように魔法陣へ設定を描きこんでいった。
「ココ、水膜が熱くなるだろうから、絶対に触らないで」
「うん」
魔法を発動させる。大きなシャボンのような水膜を作った。これで準備は万端だ。意を決して玄関から出ていく。そこには灼熱の世界が広がっていた。
焼け崩れた建物に、黒焦げた骸が下じきになっている。もはや完全に廃墟となった村は灼熱の地獄と化していた。
紅蓮の炎の中で必死に仲間を探していく。
「よぉ。やっと起きたんだな」
なれなれしい声色にほっと息をついた。声の方向へふり返るとアルフがいた。
だけど、アルフの姿はボロボロだった。ジャケットの端が焦げており、Yシャツはボタンがいくつか取れている。カーゴパンツのポケットは焼き千切れて、ポケットの意味をなさなくなっていた。
「なあ、アルフ。怪我は大丈夫なのか?」
「そんなこと、どうでもいい。いまは時間がない」
アルフが周囲を気にしながら言い放った。
「急いでるから後で話す! とにかく、今はオレを信じて来い!」
「あ、ああ。分かった。唐突だけど、そこまで言うなら……」
虚を突かれてなんとなく同意する。アルフが僕の手を引っぱろうとした途端。灼熱の塊が、僕とアルフの間を割って入った。
背後にいたココを炎から庇うように大きく後退する。僕とアルフの間には、ユーリが立っていた。
「そこまでです! もう逃がしません!」
ユーリがアルフに向かって炎の鎌を構えた。ユーリを追いかけるように、フランが僕の背後の方からやってきて声をかけてきた。
「大丈夫ですか! 怪我はありませんでしたか?」
「えっ――。あ、ああ。でも、アルフとユーリが……」
僕は対峙しているユーリとアルフを見る。ユーリがアルフへ怒気をぶつけて叫んだ。
「アルフレイドさん! どうして、ドラゴンのこともボク達も帝国へ知らせたのですか!」
「ドラゴンの話が大きくなるからだ。それに、お前らは地下の村長のことも黙認しようとするだろ」
「まだ相談中です!」
「いいや、お前らはそう言って隠そうとするはずだ。それに、ドラゴンはあちこちに飛んで、最後にはまた村に戻って来たが、帝国の近くを飛んでしまった。あんな危険を帝国が放っておくはずはない。躍起になって探すだろうし、あの場にいたオレ達もかなり問い詰められる」
「なんでそんなことが分かるんですか! たしかに帝国の方向へ飛びましたが、早とちりし過ぎじゃないですか! そもそも、問い詰められても、正義を話せば良いのになんでそんなことを!」
アルフがユーリを睨みつけた。あの表情は言いたいことがあるのに言えなくて、はらわたが煮えくりかえっている時の顔だ。
「…………絶対に帝国へ飛んだ。それに、あの時は、もう話している暇なんて無かった」
なにが起こっているのかいまいちに掴めない。僕はフランへ小声で問いかける。
「フラン、二人はどうしたんだよ」
「どこから分からないですか?」
「さっき起きたばっかり。全部だ」
フランが小さく考え込んだ。頭の中を整理しているみたいだ。
「アルフレイドさんが、今回の件を帝国へ知らせたのが原因です。知らせたら、帝国がこの村を突然に攻撃しはじめました」
「えっ――。はぁぁっ!? 帝国がいきなり攻撃してきたのか!?」
「はい、理由は分かりません。ですが――」
突如に空がヒステリーに叫んだ。
外界の歴史が君臨する。天を割って巨大な劫火が現れた。空を引きずるような音をたてながら大地へ衝突し猛烈な炸裂をする。吹き飛ばされた瓦礫が炎上していき、辺り一面に炎の流弾を降り注がせた。
外が燃えているのはこの攻撃が原因みたいだ。いきなり無差別攻撃をしてくるなんて信じられないけれども、やっぱり帝国兵の攻撃なのだろうか。
フランが被害の様子を見ながら説明を続ける。
「アルフレイドさんは、あなたを背負いながら帰ってきましたよね。今回の混乱に乗じて、背負ったまま逃げようとしました。ユーリくんがアルフレイドさんを不審に思って問い詰めていて、いまアルフレイドさんが反撃しています」
「わけが分からない。変な状態になっているな」
「変どころじゃありません。なぜか帝国から私達を捕縛する命令が出ています。村長への加担容疑をかけられてのことです」
「アルフが通報したのにか?」
「はい」
「しかも、村を問答無用で攻撃しているのに俺達を捕縛? まだ生きている地下牢獄の村長や村人は? このままだと死ぬよね?」
「……捕縛命令が出ているのは、私達に対してだけです」
村民は生きていなくても構わない。なのに、僕達は生きていなければ困るということか。
本当になにが起こっているのか分からない。いきなりすぎる。
アルフの背後からたくさんの鬨の声が聞こえてきた。帝国兵が近くにいるらしい。こっちにやって来てしまう。
帝国兵の雄叫びに合わせるかのように、アルフが槍を構えてユーリへ突っ込もうと踏み出してきた。しかし、ユーリが炎の鎌を振りまわして大きな炎の壁を作った。アルフの姿が炎にまかれるように見えなくなってしまった。
「あっ――。アルフ」
「今はそれどころではありません!」
ユーリが怒鳴ってきた。
「とにかく逃げましょう。異常事態です。どこか近くに村とかありますか」
ユーリの言葉に、フランが地図を取り出した。
ふたりが相談しあっている。その姿を僕は呆然と眺めながら、思考に捕らわれていた。
アルフはいったいどうしてしまったのだろう。帝国兵の声が聞こえたのに、アルフの顔には焦りがひとつも無かった。それどころか、あのタイミングはこちらへ追撃をしようとしてきたようにも見える。アルフは帝国側についているのだろうか。もしかして、裏切ったのだろうか。
「冷静に……冷静に……」
僕は混乱している気持ちを抑えるために、わざと心の声を言葉に出してみた。分からない以上は身動きするのは危険だ。とにかくアルフのことや、帝国の様子を見るために、この場は生き延びなければいけない。
「ユーリ、フラン、地図を、いいかな」
息がやけに苦しい。声を出すのがやっとだった。冷静になんて呟いてみても、全然に冷静になんてなっていなかった。
でも、僕はふたりに教えなくてはいけないことがある。ふたりの目線を遮るように手を出した。
ふと、遮った自分の手がわずかに震えているのに気がついた。ああ、なんだこの弱々しい手は。こんなことじゃ駄目なのに。
力強く。みんなが不安になっている今だからこそ、頼りにされるような存在に見えないといけない。アルフのことで苦しんでいるのは僕だけじゃないはずなのに、なにをやっているんだろう。
異常事態に戸惑っている僕の心に喝を入れて自分を奮起させる。
「なるべく地図に載っていない場所がいい。地図に載っている村は帝国が管理しているから行かないほうがいいかもしれない」
不安を投げ捨てるように、一気に言い切った。
「じゃあ、どこか良い所は知っています?」
フランの問いには、幸いにも一ヶ所だけ心当たりがあった。フランの地図を借りて、なにも描いていない部分を指さした。
「俺が育った場所。帝国からリーニュリネアへの通り道で、休憩場所に良いから人が集まるんだ。ちょっとした村みたいになっている」
通り道に人が集まっているだけだから、村として登録されていない場所なのだ。わりと商人の界隈では有名な場所だと聞いている。
ふと義姉の顔が思い浮かんだ。
そこへ帰れば義姉がいる。あの人の世話になるのはちょっと気が引けるけれども、いいや、ココと会わせるなんてもっと気が引けるけれども、今はそんなことを考えている余裕なんてない。
活動目標ができた。今度は、ここからどうやって逃げ延びるかを考えないといけない。
周囲を見渡してみる。この炎の消火はできなさそうだ。むしろ、この炎があるからこそ、僕達は帝国兵に見つかっていないのかもしれない。だったなら、逆に炎を利用するような道筋を立てていくべきだろうか。
「フラン、大規模で風を吹かせることはできるかな」
「はぁ、はい。なにをしたいのですか?」
「乾燥させた風を吹かせて、火の勢いを強くして隠れ逃げよう。それと、風の向きは魔術でも変えられる?」
「できますよ」
「だったら、帝国兵側が風下になるよう吹かせればもっと逃げやすくなると思う」
おお、とフランが納得をして詠唱を始めた。そういえばこの世界の人は魔法を相対でしか見ていないことを思い出した。迷路館で風魔法を使った時はユーリにも驚かれた。
フランが風の魔法を発動させる。カラッカラの風が辺り一面を吹きぬけていった。
乾燥した空気によって炎が高く燃え盛り、僕達の姿を探しにくくしてくれる。風上の位置になった僕達は、帝国兵に見つからないよう炎に紛れながら慎重に村から逃げだした。




