無鉄砲な相殺作戦
ドラゴンの巨体が光りながら小さくなっていった。僕の立っていた場所が突然に無くなり、強風にあおられて飛んでいってしまう。ドラゴンの光からはぐれてしまった。
僕は糸の魔法を引っ張って人形達を回収しようとする。頭や肩に人形達が掴まってきた。
困った事にドラゴンとの戦いで僕の魔力はカラッポになっている。魔法さえ使えれば落下しても着地できるだろうが、今の僕には無理だ。
真下に広がっている光景が森だったなら、運よく木々に引っかかって助かるかもしれない。でも、そんな甘い願いは叶わなかった。なにせ真下に広がっている光景は、ドラゴンが破壊を尽くしていた村なのだ。木々は燃え崩れており、家すらも踏みつぶされていた。ほとんど平地に近い状態だ。
そういえばと、学園長の収納本から霊薬を一本取り出した。
「……無いよりはマシかな」
透き通った平たい瓶には光の粒子が浮いている液体が入っている。霊薬を一気にあおり飲んだ。
ヨーグルトみたいな癖のある甘酸っぱい味が口の中に広がった。テレビゲームみたいに飲んだ瞬間に回復するアイテムでないのが残念だ。霊薬は普通にご飯を食べるよりも魔力回復スピードは早いが、それでも完全に回復しきるには時間が必要だったはず。あくまで回復しやすくなる補助魔力成分が含まれているものだからだ。
こころなしか魔力が回復した気がする。それでも、僕自身が風魔法を使って着地するのは難しそうだ。何よりも目がまわるような高さと、落下する勢いがある。
かといって、外部からの補助で僕を助けるのはかなり難しいだろう。
たとえば落下地点にアルフがいて、落下する僕へアルフが風のクッションのような魔法を使ったとする。でも、魔法には変わりないので、僕は魔力ダメージを負ってしまうのだ。
もっとも、ダメージが無かったとしても、着地は落下している本人でないと加減が分からない。援助は無理そうだろう。
僕の残存魔力ではこの高さをフォローする風魔法を唱えられるだろうか。かなり心もとない状態だ。
ふと落下地点から奔流する魔力を感じられた。そこに小さな点を見つけた。よく見ると手を振って叫んでいる。あれはアルフだ。
「しっかり受け止めてやる! 全力で撃ってこい!」
なんというか、ケンカ別れをしたのに切り替えの早いヤツだ。でも、いつも気がついたら仲良くなっていることが多いことを思い出した。お互いに謝ることはないけれども、次に会った時はちゃんと言い合ったことを気遣っている。お互いに信用をしているから、何も言わずとも助け合っている関係なのかもしれない。
アルフが魔法陣を構築している。風魔法をこちらに向けて構えてきた。
アルフのやりたいことが分かった。アルフが上へ向かって魔法を撃つ力と、僕が下に叩きつけるように魔法を放つ。二つの力をぶつけることによって魔法を相殺させていき落下スピードをゆるめたいのだ。
できるのかどうかと言われたなら、分からないとしか言いようがない。理屈上はできるだろうが、実際に出来るのかどうかと言われたらかなり怪しい策だ。
まず、一番に問題なのは僕の魔力だ。人間を傷つけると血が出て体力がなくなるように、人間を魔法で傷つけると魔力を漏出してしまう。
ぶつける僕の魔法がアルフの魔法よりも弱かったなら、僕の風魔法はかき消される。つまり、アルフの風魔法をもろに受けてしまうのだ。
かといって、僕の魔法が強すぎたとしても失敗してしまう。僕には着地するための魔力など残っていない。落下スピードを抑えられずにそのまま地面に激突してしまう。それどころか、失敗した時は僕の魔法を直接に受けるアルフもただでは済まないだろう。
まあ、何もしなかったら僕の体が地面に叩きつけられて、もっと酷い状態になるだろうけれども。
「多めに見積もって五分とは言えない。でも……」
同室生とは長い付き合いで、僕はアルフのことをよく知っている。それに、アルフも僕のことをよく知っているはずだ。もしかしたら、僕に合わせた加減もできるはずとなんとなく信頼できた。なによりもアルフは、こういったおいしい場面では絶対に成功させる奴なのだ。
男色迷路館ではトップバッターで戦い、敵を瞬殺していた。模擬戦争のときだって幻術を受けていたユーリを破ったし、さらにフェリンデールさんに攻撃されそうな僕を間一髪で助けてくれた。ドラゴンの村長の時も、ユーリ達を無事に救出したからあの場にいたのだろう。アルフはいつも一番に目立つことをしでかす。まるで、運命に好かれているような奴なんだ。
もちろん、たまたま活躍しているだけかもしれない。でも、今はこれよりも心強いジンクスは存在しないと思う。
小さく鼻で笑った。だったらやるしか無いじゃないか。
「……信じてるから、な」
腹をくくった。やってやろうじゃないか。僕は空中で魔法陣を形成する。アルフの魔法に負けないように全力で魔法陣を編んでいく。魔法陣が完成した。
「いけぇ――っ!」
僕は風魔法を発動させた。ドームを逆にしたような形のエネルギーがアルフに向かっていく。
遠目だけれども、アルフが頷いたような気がした。アルフの周囲に砂塵が渦巻く。アルフも風魔法を発動させようとしている。
「いっくぜぇ! そりゃ――ッッ!」
アルフの風魔法が発動した。アルフの風の渦の魔法が僕の風魔法の中心を目指すように発射される。アルフの風魔法と僕の風魔法が正面からぶつかった。
巨大な風船が破裂したような音。アルフの魔法はかき消されて、僕の魔法がアルフの魔法を突き抜けてしまった。
アルフが加減をしすぎた。アルフの魔法を破って疲弊した僕の魔法では、着地の衝撃をやわらげることはできない。まずい、失敗した。
「勝手に諦めんな! オレを舐めんじゃねぇ――ッッ!」
アルフが両手を僕の方へ掲げた。空に掲げた手を中心にしてアルフの身体から莫大な魔力が放出された。
アルフは魔力の単純放出をしてきた。魔法陣を作成する目的は、使用者の魔力に方行性を持たせることによって効率的に運用をするような狙いがある。燃費や漏出を考えなければ、本来なら素でも放つことが可能なのだ。もっとも、方行性がないために属性もなく、頑張ったわりには合わないので、誰もが使いたがらない魔力の使い方だ。
でも、今回の場合は最適の選択なのかもしれない。魔法陣を描かなくてもよいということは、素早く魔法を放つことができるのだ。
でも、今度はアルフの魔力の方が強すぎた。僕の風の魔法がアルフの魔力エネルギーによってかき消されてしまった。減速することに成功したが、魔法が消えては意味がない。
「――って、しかも、それに俺が当たっても、死ぬからッ!」
アルフによって放散された魔力が空に昇りながら暴れまわった。いまの僕はヘトヘトだから、この暴れている魔力に触れるだけでも大ダメージだ。
濃厚に放散されたアルフの魔力が、まるで霧のように広がっていく。まだ霧に入っていないのに、肌が魔力にあてられてヒリヒリとしてきた。
「サクラ、頼んだ!」
『がんばるっ!』
サクラが傘を落下方向へ向けた。ひっくり返した傘に乗るように、僕と人形たちは霧の中に落下していく。
アルフの放出した霧状の魔力に傘が触れた。炙られるように焦げつき始める。傘の骨が軋み声を上げてガタついてきた。
「魔力を借りるぞ! ナズナ、ポプラ、スミレ!」
『御心のままに』
『しょーがナイか』
『背に腹は代えられないよの』
ナズナ、ポプラ、スミレに繋いでる糸の魔法のラインをサクラへ繋げるように切り変えた。人形達の核として運用している宝石は人形ごとに違うが、充填していった魔力は僕のものだ。同じ魔力で動いているから、人形同士をリンクして魔力を共用することが可能なのだ。
サクラの傘に三体の人形の魔力を込めていく。魔力によって強化された傘が、霧の中を突き進んだ。
外から見れば、まるで魔力空間の中をドリルで掘っていくように見えるかもしれない。高濃度の魔力空間を突き進む抵抗によって、徐々に減速していくのを感じられた。
気まぐれな横風にあおられそうになる。思わず息を呑んだ。
「くぅ……っ!」
もしも、傘に乗っているバランスを崩してしまったなら、僕はアルフの魔力に触れてしまうだろう。
慎重にバランスをとりながら、傘が減速していく。減速すればするほどにバランスをとるのが難しくなってきた。まるで、回転がゆるやかになった独楽の上に立っているような感覚だ。
傘を握った手が汗で滑ってしまう。
「っ! マズった!」
傘が転覆したようにひっくり返った。空中に身体が投げ出される。
走馬灯が流れるよりも早く、僕は地面に衝突した。
「いっっ痛ぅ――っ!」
僕は顔から地面にぶつかった。いちおう成功したらしい。高さは大したことがなかったみたいだ。
鉄の味が口の中に広がってきた。口の中を切ったかもしれない。血の味がする唾を飲み込むと、舌の上にざらついた砂の感覚がした。あと、すごくいたい。
アルフが息を切らしながら、ふらふらと歩いてきた。
「はぁ、はぁ……。悪ぃ……っ、受け止める、余裕がっ、なかった」
お互いに息が絶え絶えだ。
すごいなアルフ補正。生きてるし。
僕は呼吸を整える。
「別に。アルフに抱き止められるなら、地面とキスをした方が精神衛生上はよかったさ」
「マジかよ。キスは堪能できたか?」
アルフが体を投げ出すように僕の横へ座りながら、おどけながら訊いてきた。
くたくたなのに冗談に付き合ってくれた。まあアルフだし。
「血の味がする。口の中がジャリジャリとして気持ち悪い。砂の舌触りがたまらなく不愉快だ」
「だからオレを頼っておけばよかったんだよ。次回のために反省しとけよ」
「次回があってたまるかよ。二度とこんなことしたくない」
アルフが霊薬を取り出しながら横たわった。一気に霊薬を飲みほした。
アルフは飲んで空になった瓶を咥えながらしゃべってきた。
「なんつーか、腹減った」
「ああ、俺もだ」
「オレ頑張ったから、らーめん でも作れよ」
「疲れた。めんどくさい。作ったら死ぬ」
「オレは命の恩人だぜ。もう一度だけ命を賭けてみないか?」
「帝国満幅丼を奢ってやるから勘弁してくれ」
「おうよ。約束だからな」
会話をしているのにだんだんと意識がぼぅっとしてきた。そういえば魔力切れ寸前だったのを忘れていた。
そういえば人形達の騒ぎ声が聞こえない。見渡してみると、人形達はぐったりとしていた。
思い返すと人形達もかなりに無理をさせたかもしれない。あとで魔力の補給をしないといけないみたいだ。人形全員の魔力補給が終わるには何日かかるだろうか。そもそも、注入する僕の魔力が疲弊しているから、けっこうな時間がかかりそうだ。
太陽が一番に高く昇っている青い空。雲一つない晴天だ。太陽が僕達の影を短く照らしている。
アルフが上半身を跳ね起こした。片足を崩すように座りながらこっちを見てきた。
「にしても、お前ってなんでもできるよな」
静かな声で語りかけてきた。でも、しみじみといった声でなくて、嵐の前の静けさを連想させる嫌な声色に聞こえた。
「アルフほどじゃない。無理矢理になんでも解決していくヤツのセリフかよ」
「解決の方法を知っているだけで、オレは見栄えだけさ。本当に凄いのはお前だよ。お前が道を敷いていくから、全ての俺が頑張れたのかもしれないな」
「あっそう」
「だからさ――」
アルフが言葉の続きを呑んだ。
僕は言葉の間が気になって、アルフの表情を見上げる。冷えている無表情だった。何も感じられないような表情なのに、僕は何かを苦しげに悩んでいる表情に見えた気がした。
「帝国満幅丼は良いから、俺と一緒に来ないか?」
アルフが満幅丼をどうでもいいなんてどんな風の吹きまわしだと言おうとする。でも、そんなこと言うような雰囲気じゃなくて、もっと切実で深刻な重さの声だった。
冗談で言っているわけじゃないらしい。
「一緒って、どこへだよ?」
「たぶん便宜上は、未来って言うものだと思う」
ずいぶんと哲学的な言い方をしてきた。
「ココやユーリ、フランも一緒だよな」
「それは難しいかもな。でも、オレが頑張ればお前も行けるかもしれない。その時は世界の成り立ちを一緒に見てみないか?」
何を言っているのだろうか。正直に言うと馬鹿にされているのかと思えてきた。でも、アルフはそういったことはしない性格だしどうなんだろうか。
あれ――、ちょっと待て、もしかして……。
「そういえば、アルフ。最近に読んでいた論文って何だよ」
「最近っていつだよ」
「枕が離れないとか、男色迷路館の日」
「ああ、あれか。時間の成り立ちについて」
「おいおい、未来がナントカってソレのことか。すぐに影響を受け過ぎだろ。アルフの実験を手伝えとかそういう意味なのか?」
アルフの表情が曇った。図星という意味だろうか、それとも違う意味だったから落胆しているのだろうか。でも、その答えを考える余裕が今の僕にはあまりなかった。
「まぁ、とりあえず疲れた。あとにしてくれると助かる」
まぶたが重たくなってきて、頭が考えることを拒否しはじめてきている。だんだんと眠気に引きずり込まれてきて意識が淡くなってくる。
「寝かせてくれ。ホントに疲れてるからさ」
僕はまどろみに意識を手放した。




