意地っ張りと追い風
ニセ村長が禍々しい笑みで悠然と語り続ける。その狂気に悪寒が背筋を撫でた。
「さて、帝国にこの事実を伝えてあると。ならば、残念ながらこの村の全てを破棄するしかないということだ」
ニセ村長の周辺に魔力が渦巻いた。唸りをあげて集まってくる魔力が、空に向かって伸びていく。魔力が世界に働きかけて、耳を突き刺すような音が鳴り響いた。
次元の歴史として世界線から情報が引き出されていく。それは、語ることすら拒まれるほどに畏怖をされた禁断魔術。世界線に刻印された魔術の歴史が媒体となり、いまここに時空と世界を越えて具現化されていく。
「この魔法を使ったのは、10年前 以来だな……」
意味深に不愉快げな声をニセ村長が残す。
ニセ村長が魔力波に持ち上げられて宙に舞い、立方体の魔法陣に包囲された。轟然と集められる魔力が咽るような熱を発している。その魔力が立法体型の魔法陣を次々に組み立てられていき、ニセ村長の身体を包み込んでいく。まるで貪欲な魔法陣にむさぼり喰われるようにも見える光景だ。立法体型魔法陣が幾重にもニセ村長を包囲していき、重なり合った魔力の光が巨大化していく。膨張していく光がついには隣接した家すらも押し潰していった。
二階建ての家よりも数倍も巨大な光の塊。そこから脈動する圧倒的な熱量。空を見上げてそびえ立つ巨獣を生み出す禁忌の魔術がここに再誕をする。
光の中から、天を引き破るような野獣の咆哮が発せられた。
鼓膜をハンマーで殴られたような大轟音。咆哮の波動で身体の中心が振動された。咆哮によるエネルギー波が熱源となって広がり、周囲の魔力を一瞬で沸騰させていく。実際に燃えてはいないが、焦げるような臭いが辺りに充満しはじめた。
目の前に対立したのは途方もない巨体。それは畏敬の姿へ変貌したニセ村長だった。血のように紅く、大きな翼に、トカゲのような顎。まさしく神話で語られるドラゴンの姿そのものであった。胸元には立方体の魔法陣が輝き、浮かんだ異国の呪言がネックレスの鎖のように繋ぎとめている。
食物連鎖の頂点にいるであろう屈強な肉体。ただそこに存在しているだけでも、咽返るほどの魔力が漏出し続けている。漏れた魔力の鱗片ですらそれなのだ。たった一体の存在による圧迫感が、この一帯を殺伐とした空気へ穢していった。
その名を広げるべく、更に一喝の咆哮。大空を熱気で震えあがらせ、この世界の支配者が君臨をした。
「嘘だろ……」
まるでジャンボジェット飛行機と対立しているかのような威圧感だ。
ドラゴンが小さく息を吸う。たったそれだけの動作で魔力が煮えたぎり、激烈な紅蓮の塊を生みだしていく。
青空を真紅に払い照らし、天空を埋め尽くすほどに超濃厚なエネルギーの塊が燃えている。次第にドラゴンの周囲で塊が圧縮されていき、稲妻のような火花を散らしはじめている。
ドラゴンがひと鳴きすると、大量の火球が豪雨のように降り注いだ。劫火の炎塊が大地へ着弾すると、大爆風が大地を震撼させた。
一瞬にして構造物を吹き飛ばし、いくつもの巨大な穴を大地に穿った。世界とはこれほどに脆い存在だったのだろうか。竜の炎が轟と燃え盛り、街中を舐めつくさんとばかりに広がっていく。
ドラゴンが威風堂々と行進をしていく。証拠を隠滅するために、この村を無かったことにしようと破壊の限りを尽くそうとしていた。しかし、操り人形となっている村人は誰の命令も受けずに、立ちつくしたまま暴虐を受けていた。
骨が踏み砕かれたような音。炎の中で焦げ尽くされた悪臭。沸騰した血液の香り。咽返るほどの鮮血の香りが大地を浸し、灼熱が血のしたたる音を蒸散させて村を燃やし尽くしていく。
その光景を起こしているドラゴンは熱狂をしていた。貶められている人間達を見て嘲笑をしている。
「こんなの……、止められないだろ……」
生焼けな臓物の嫌な香り。臭いが濃厚になっていくたびに、被害が大きくなっていくのをありありと実感できた。
絶望という言葉すら生ぬるい。怒りも悲しみも全て猛火に焼き尽くされて、希望を願う心すらも既に死灰となって燻っていた。死が蔓延したこの世界には、無常感しか存在することを許さなかった。
熱に炙られてひりつく肌。燃えた建物が時おりに火の粉を破裂させることに気がついて、僕は火の粉からココを守るように抱き寄せた。
でも、それが身を寄せ合って世界の終わりを耐えているようにも感じられ、ちっぽけな僕の存在を再確認してしまう。さらに僕の心を空虚にしていった。
狂乱しているドラゴンの瞳と目が合った。恐怖が胃まで迫り上げて、畏怖が背筋を冷たく噛み砕いた。足が震えていて力が入らない。すでに圧倒的な力を目の当たりにして逃げる気力すら失っていた。
僕は呆然とドラゴンを見上げる。ちょうど逆光になっている異形の影が、僕の影ごと呑み込んだ。
ドラゴンが息を吸う。魔力が渦巻き、稲妻が弾け乱れた。最初に見た紅蓮の連弾を飛ばしてくるつもりなのだろう。
ふいに突風が横殴りに吹いた。
膨大な魔力のこもった形跡を感じる旋風が辺りを駆け抜ける。突如にドラゴンのずっと背後で大爆発が起こった。
ドラゴンが爆発の起こった方向へ向く。僕もつられるようにその方角を見た。噴火のような大きな火柱があがっている。ちょうどユーリ達とはぐれた屋敷の方角だった。
そして、その爆発は聞き覚えがあるような気がした。具体的にはロイと戦いで、風の魔力と炎の魔力が連鎖爆発した時とそっくりの音だ。それも、今回の爆発はただの爆発ではなく、あの時よりも魔力濃度が濃い激烈な爆音だった。
さらにその騒音をかき消すように、世界が切り開かれる音がした。まばゆい粉雪が降り始める。白い静けさがはらりはらりと舞い降りた。雪が村中に散乱した魔力を溶かしていき、膨大な魔力のこもった竜の炎を和らげていく。
最初の突風のように強引な風魔法を生みだしたのは誰だろうか。あの位置で炎魔法を生みだしたのは誰だろうか。そして、これほどの規模で魔力を溶かす雪を降らせるのは誰だろうか。
あの三人の無事が分かった瞬間に、僕の心は希望を燃料にして大きく燃え上がった。
「そっか。まだ、頑張らないと――!」
ジャケットを脱ぎ捨ててココに羽織らせる。ジャケットには加護が刻印されているから、多少はマシなはずだ。ココへ逃げるようにアイコンタクトを送る。
「ココ、ちょっと行ってくる!」
「え――? はいっ!?」
呆然としているココの肩を軽く叩いて逃げ出すように促しながら、僕はドラゴンの元へ駆け走った。
走った勢いの慣性か、後頭部に掴まっているサクラの重さを感じる。僕は両手を前に突き出して、あの三人の意図と、人形達の魔法の糸を掴んだ。
あのドラゴンと正面から戦っては勝てるはずがないだろう。だから僕らが勝つには、ドラゴンを形成している首元の立方体魔法陣を解呪するしかない。
見たこともない魔法陣だから、実際に解呪をできるかは分からない。だったとしても戦うなら、火柱や雪空の派手な誘導をしているあの三人に気をとられている今に奇襲をするしかない――!
「ナズナ、ポプラ、スミレ、突撃!」
握りしめた糸の魔法。人形達へ魔力を注入する。三体の人形が期待に応えて吶喊をした。
まずはポプラに魔力を送り込む。魔力を注入されたポプラが素早い疾走をした。ポプラが折りたたまれた連鎖棒をひと振りして棒状に変形させる。金属棒で地面に突き、棒高跳びのように踏み跳んだ。
ポプラが棒を手離して両手が自由になりつつ飛翔する。その体制でポーチからゴムひもを取り出して、スミレへ投げつける。スミレが受け取った。
『発気揚々なのっ!』
『前から思ってたケド、口幅ったいよネ』
ポプラが軽口を言いながら、スミレがしっかりとゴムひもを掴んでいるのを確認する。そして、もう片方の手でポーチから棒針を取り出す。毛糸の編み物で使う大きめの針だ。
『シッカリと掴まってッ!』
『準備万端よのっ!』
ポプラが竜の腹部に着地しながら、棒針を突き刺した。
ポプラが棒針に掴まりながら、ぐっとゴムひもを引っぱる。キリキリと張りつめていたゴムひもが刹那に収縮した。途端にありえないような勢いでスミレが飛んでいき、ドラゴンの元へ突っ込んで行った。
スミレが自身のベルトに付けているウォレットチェーンを取り外した。チェーンに付いた錨のキーホルダーが小さく揺れる。一瞬にして、いつもの大きな錨と長い鎖に変化した。
ポプラのゴムで加速した勢いと、スミレの錨の重さが相乗した攻撃でドラゴンを殴りつけようとする。
その一方で、僕はナズナにも魔力を送りこんでいた。ナズナが腰を深く落とした構えをする。ナズナの体内で圧迫された魔力を発火させると、ナズナは破裂音を背負いながら空へ跳び立った。
無茶苦茶な きりもみ回転をしながら飛んでいく。いうならば、ジェット機の燃料を魔力にして発火させたような強引な大ジャンプだ。燃費はかなり悪いが、瞬発的な速さと高さだけなら最良の疾駆方法。軽くて丈夫な人形の身体だからこそできる荒技だ。
ナズナが、煌びやかな流星の光の尾を空に描きながら飛翔していく。ドラゴンの頭よりも高く跳び、ナズナが空の頂点からドラゴンへ大剣を振り降ろす。
『やぁ――ッッ!』
ポプラが協力したスミレの錨攻撃と、ナズナによる大剣の瓦割りの二段攻撃。鈍い二つの音が重なった。
おそらく僕が指示を出したことのある連携で、一番にダメージが大きいことを期待できる攻撃だったと思う。腹と頭部の同時攻撃。それも、ドラゴンが油断していたタイミングで、その上に人形達の連携も完璧だった。同じことをやったとしても、今回ほどに強い攻撃は無いとすら思える渾身の一撃だろう。
ドラゴンが大きく咆哮する。強靭な威圧感を孕んだ雄叫びが、空気に分散していた魔力を共鳴させる。ままたく間に周囲の空気を轟と沸騰させて吹き飛ばした。
ナズナ、ポプラ、スミレが強引に吹き払われてしまった。あの連携攻撃を受けたのに、ドラゴンは全く効いていない。頑丈な肉体であることをありありと思い知らされる。次元の違う強さを歴然と見せつけられた。
でも、臆することなんてありえない。強さの次元が違うからこそ、ありったけの力で乾坤一擲の攻撃をするしかないのだから。
「まだだ! スミレ!」
『了解っよぉ、のっ!』
スミレは吹き飛ばされながらも、錨についている鎖を投擲した。ドラゴンの翼の付け根をぐるりと縛ってしまう。鎖に掴まりゆらりと揺れながらドラゴンに付きまとう。
ポプラは土を掴むように体をひねらせて、片手と両足を着きながら着地しようとする。爆発の威力に引きずられるように土煙りをあげて滑りながら止まった。ナズナは空でくるりと一回転して、華麗に着陸をした。
僕はポプラの鉄棒、着地したポプラを脇に抱えて回収する。そのまま走り続けながらナズナへ指示を出す。
「ナズナ、もういっかい!」
『御意! いつでもどうぞ!』
ナズナへ再び魔力を送り込む。圧迫された魔力が噴出されて、ナズナが空を跳んだ。ナズナがきりもみ回転をした勢いで大剣をぶんぶんと振りまわしていった。
ドラゴンはスミレに翻弄されていて、ナズナには見向きもしていなかった。刹那に飛翔してきたナズナが、ドラゴンの眉間をがむしゃらに乱れ切った。ドラゴンは真っ赤な血を目元に滴らせた。
視界を悪くできて、これで少しは戦いになれるだろうか。やはり、頑強なドラゴンの表皮でも、瞳や瞼の周辺は例外のようだ。
ドラゴンは自分よりも格段と小さな存在がたてつく姿に苛立っている。腕と翼を大きく振って、原因であるナズナとスミレを払おうとしていた。注意が人形達へ向かっている。その隙にドラゴンの足元まで、僕は息を切らしながら走り続ける。
「はぁっ――、はぁっ――!」
全力疾走で身体が酸素を要求してくる。吸い込む空気がやけに生ぬるい。
ドラゴンに近づくにつれて、気温が上がってくるのを感じられる。走り続けるにつれて、原因がドラゴンの体温であることが確信できてきた。
ドラゴンにたどり着くまであと二十メートル位だろうか。ずいぶんと近づいたが楽観するには長い距離だ。
すると、ドラゴンが翼を大きく動かして、飛び立とうとしはじめた。空に逃げられてしまったら、こちらは何も手出しができなくなってしまう。
ドラゴンの目的は、この村を失くしてしまうことなのだ。空からの炎塊攻撃によって、周辺の森ごと村を焼き尽くしてしまうつもりに違いない。そうなってしまったら、勝機がなくなってしまうのが目に見えている。
僕は一心不乱に走り続ける。
「アルフと仲違いをしたまま。ユーリやフランを置いてけぼりにしたまま。――このまま終わってやるかよッ!」
『熱っついネ。この場所も、セリフもッ!』
ポプラが茶化しながら鉄棒をひと振りする。鉄棒の内に入ってる糸が弛緩され、九節棍に変形した。九節棍を鞭のように振るってドラゴンの足に絡みつける。ポプラの九節棍をロープのようにして、ドラゴンの足に飛び乗った。
やはり直にドラゴンの肌に触れると熱い。熱を感じながら、僕が持っている一番に大きい鋏を取り出した。
長さが30センチほどの大きな 布切り鋏だ。接続部分をもいで、二本になった刃をピックのように使ってドラゴンの体を駆け登る。身体がドラゴンの体温に熱せられているせいか、目元に汗がつたった。うだる暑さが容赦なく体力を奪っていく。まるで血液の代わりにマグマが入っているのではないかと思わせるような体温だ。
ドラゴンが更に上昇して、猛烈な風が湧いてきた。まるで巨人の剛腕に突き飛ばされるような風圧に、鋏が折れて僕は吹き飛ばされた。
ポプラの九節棍を絡ませる場所がない。このままでは固い地面に叩きつけられてしまう。
すると鎖の重なった音が聞こえた。
『助太刀いたするのっ!』
翼の付け根にぶらさがっていた鎖の軌道が、こちらに向かって揺れてきた。鎖の先にはスミレがこちらに手を伸ばしている。
陰り続けていた勝機に、一筋の光が差してきた気がした。そんな時に、ドラゴンがこちらを振り向いた。開かれた口から灼熱の魔力が充満している。極熱の炎の息を噴霧してきた。
「ッッ! 負けてられるかッッ!」
『まだ、がんばるっ!』
サクラが傘を突きたてて、炎にむかって構えた。僕は空中で魔法陣を描いて、水の魔法を作りだす。サクラの傘と共鳴させて、大きな水膜の大傘が誕生する。
猛火と水膜の傘がぶつかり合う。沸騰する音を派手にたたせて、水蒸気による熱風が身体に絡まった。
一瞬だけでも防衛できればいい。ずっと炎の息を浴びる必要はなくて、スミレの鎖を掴む一瞬だけあれば逃れることができる。
熱湯を直接に浴びるような温度に蒸されながらも、スミレの方向へ手を伸ばす。
しかし、手を伸ばしていていたスミレが突如に軌道を変えてしまった。いや、スミレが軌道を変えたのではない。ドラゴンが下降をして進路を変えてきたのだ。
空中に投げ出されている体が、ドラゴンの背中を見下ろした。体内臓器が落下による浮遊感で激しく乱れ動いているのを感じられる。
これは予測をしていなかった。やっぱり僕では無理なのだろうか。転生しても普通のままで、やり直せてもなんとなく生きていく事しかできないのだろうか。その程度でしか生きれない僕には、ドラゴンと戦うなんて無理だったのだろうか。
「無理じゃない! 無茶だったしても、無謀だったとしても、そんなの知るもんか!」
そうだ。たとえそれが不合理だったとしても、不可能に見えたとしても、僕が頑張ってはいけない理由になんてならない。
周りのみんなが後押しをしてくれて、だからこそ僕にしかできないことを見つけることができたんだ。それこそ無敵のヒーローみたいにひとりで何でもできるのではなくて、みんなの力がないと何もできない僕だけど。だったなら尚更に、この期待を裏切る訳にはいかない。
フランが針の投擲を教えてくれたことを思い出す。空中できりもみしながらも冷静に手順を思い出せた。
落下した身体がドラゴンとすれ違う刹那に、糸付きの針を投擲する。翼の付け根に突き刺さった。
魔力を通して糸を収縮させる。ドラゴンの足元から背中までのショートカットが一気にできた。またドラゴンを登り続ける。
ドラゴンが甲高い声で鳴く。突如に耳を突き刺すような音に曝されて、足が滑りそうになった。疲労困憊の体では意外とキツイ。なんとか持ちこたえて走り続ける。
ドラゴンの首元まで到着できた。僕の足元には鎖のように繋がっている呪言が、もぞもぞと蠢めいている。
高位すぎる魔法陣で、解呪するにはどこから手をつけたら良いのかさっぱりだ。そもそも、異国の言葉で何が描いてあるのかすらも判断できない。外の次元にある世界の言葉だろうか。
基本的な骨組みすらも違う魔法陣だ。構築の根本すら違うから、この世界に存在している解呪方法では不可能なのかもしれない。だから、やれることはひとつだけ。
「一か八か……っ!」
僕は「純化」をドラゴンの魔法に叩きつけた。
純化の魔法が燦然とした輝きを解き放ち、空を白く染めあげる。純化が適応された魔法陣の回転速度がみるみるとあがっていった。術式が取捨選択されていき、より高位の魔法に生まれ変わり始めていく。
大丈夫、予想通りだ。純化によって威力を高め、魔力の回転率をブーストさせていく。目にもとまらぬ早さで、呪言が蠢き廻っている。
狙っているのはドラゴンの魔力切れ。なにせ、あくまで唱えたのは人間だからだ。無理矢理に大規模な形式に仕上げることによって、燃費を強引に高くしていく。
僕の気力が尽きるのが先か、ドラゴンの魔力切れが先かの根性比べだ。もしも失敗したなら、強靭に生まれ変わったドラゴンがこの村以外へも暴虐をつくしてしまうだろう。絶対に失敗は許されない。
「はぁ――っ、はぁ――っ」
口から漏れた苦痛の息を、奥歯をきつく噛みしめて飲み込んだ。全身を巡っている魔力をかき集めて、必死に純化を発動させ続ける。
さっきまで手先が痛く痺れていたけれども、今は冷たい感覚になってきた。指先はすでに感覚がなくて、今は肘ほどまで冷たい感覚が上ってきている。
ありったけの魔力を手から解き放っていたせいだろうか。ほとばしる魔力を運搬し続けていた全身の血管が、ひどく脈動をしているのを感じられる。心臓も苦しげに踊り狂っている。
側頭から何かが はち切れた音がした。血管が耐えきれなくて内出血をしたのかもしれない。
今まで生きたなかで、今日ほどに魔力を使った日はないだろう。時間が経つにつれて思考が濁ってきて、考えることすらキツくなってきた。いつ体力が尽きてもおかしくない状態。ほとんど気力だけで魔力を放出し続けている。
ふいに意識が暗くなってきた。慌てて必死に意識を焚きつける。これではまずい。深呼吸をして気に喝を入れ直し、もっとなけなしの魔力をふりしぼる。
「すぅ――っ、はぁ――ッッ!」
蠢き廻っていた魔法陣から、ようやく燐光が溢れだした。さっきまで速く蠢きまわっていただけだった魔法陣が違う反応を垣間見せる。
純化が魔法陣の中心にまで適応されていき抜本的な変形を受けていく。生まれ変わった魔法陣が、ドラゴンの魔力を容赦なく吸収していった。
か細い呼吸音が足元から聞こえてきた。突如に力なく落下するように、ドラゴンは高度を落とし始めた。




