理屈武装した我利
村から出る門をひっそりと見てみると、大勢の人達がいた。
なるほど、ここからは出られなくなってしまったようだ。いっそのこと、村を囲っている防壁を登った方が早いかもしれない。アルフが取り返してくれた荷物の中に糸と針があるから、工夫次第では防壁を登って逃げることも不可能ではないと思う。
ふと藪になって深く茂っている場所を見つけた。それと同時に、いつの間にか息が上がっていている息苦しさにも気がついた。思っていたよりも身体が疲れているのかもしれない。ひとまず藪に入って息を整えることにする。
藪が風に揺れてふらふらと流れている。その中で一体になるように隠れていると、どうしようもなく世界に流されていく今の自分に重なっているような気がしてきた。
足元がくらくらと揺れているように感じられる。ちょっとした風で容易に流れる藪のように、僕の意思も流れていきそうだ。それくらいに気持ちが不安定になってきているのが自覚できた。
でも僕の心情とは関係なしに世界は動き続けている。無駄にしていい時間なんてない。ココと人形達へ活動方針を伝える。
「ユーリとフランの荷物を探そうか。牢獄の場所は分かっているから、解放は難しいことじゃないと思う。武器とかを渡せたならまだ戦えるはずだ」
伝えたと言うよりも、自分に言い聞かせているのかもしれない。
アルフの言った現実を否定できなくて、それどころか自分の考えていたことすら満足に肯定できていない。それなのに、何をカッコつけているのだろうか。僕は自分のチグハグな心情と行動を嘲笑したくなった。
本当は怖いくせに。ココと一緒に逃げだしたいくせに。
それでも、理性が身体を縛って動かしている。人間に縛られている操り人形はこんな気持ちなのかもしれないと人形使いなのに思ってしまった。
アルフの怒りの声が未だにこだましてずっと消えていない。あの瞬間から感性が冷えた。信じたかったものが信じられなくなってしまった。
でも今になって、実はずっと昔から分かっていたような気がする。あくまで僕自身がアルフを信じたくて、都合よく信じていただけだってこと。アルフだけじゃなくて、友情とかそういうものは、とても尊くて綺麗な色彩のものだと盲信したかっただけじゃないだろうか。そういったものを語る心地よさに酔っていたのではないだろうか。
だったなら、自分が酔っていると分かっているのに、どうして今も取り繕っているのだろうか。何が今の僕を動かしているのだろうか。
左袖がちょんと引っ張られる感覚がした。
「……だいじょうぶ?」
聞くまでもないじゃないか。みじめだから止めてくれ。慰めるなよ。
「ああ、大丈夫だ」
また嘘をついた。本当はやっぱり慰めて欲しかった。気付いてほしかった。でも、それが言えなかった。
理由は分かっている。指揮をとらないといけないのに、指揮官が弱々しかったら信じられないからだ。僕が辛かった時はアルフを信じていたように、ココや人形達が僕を信じられるように強がりを続けないといけない。
もちろん、強がって嘘をつくのは辛いに決まっている。でも、守ると決めたなら頑張り続けないといけない。そんな苦しみくらい背負い続けられないなら、初めから嘘なんかつかない。それくらい受け入れられなくて、こんな苦しみ程度を受け止められなくてどうするんだよ。
足元から風を切る小さな音が聞こえた。ナズナが大剣を半旋転させて構えたからだ。
ナズナの剣の切っ先を見る。顎先が平べったい四角顔の短髪の男。ゼル・リギン村長だった。
ゼル村長は仰々しく両手を広げて、にこやかな笑顔をこちらへむけてきた。
大きな声を張り上げて、こっちに語りかけてくる。
「探しましたよ。そんなところにいてどうしたのですか?」
何が探しましたよだと内心で毒づいた。
外に出てみれば門は塞がれている。初めて来た時は怖いほどに静かな村だったのに、今はうつろな人間達がずっと見張るようにはびこっている。なによりも、本物の村長を幽閉しているなんて明らかにおかしい。宝珠を持っているのは本物の村長しかいないはずだからだ。
少なくとも、ゼル村長は味方ではないことに間違いないだろう。この状況はどうリアクションをとるべきだろうか。
「あなたは信じられる人間ですか? いきなり牢獄で捕まっていて、私はこの村が信じられません」
とりあえず、とぼけて聞いてみる。
「なんとっ、この村でそんなことが! 不行き届きで申し訳ありませんでした! まさかそんな道義から外れた人間がこの村にいるであろうとは思いもよりませんでした! 至急に対応しましょう! 御事情をお聞きしますので、どうぞそこから出てきてください」
「ここから出る前に一つお訊きします。黒い男に襲われたのですが、心当たりはありますか?」
「盗賊が忍び込んでいるのかもしれませんね。ここは小さな村ですから、そういったものに対処する力がないのです。帝国の課題は、こちらが宝を渡す代わりに人助けをすることですよね。今回は盗賊を殺害する力を貸していただきたくてお呼びしたのです。ですから、さあどうぞおいでなさって下さい」
べらべらと並べてくる嘘に呆然とした。
なにせ宝はさっきに牢獄にいた村長から受け取ったのだ。そもそも、盗賊を相手にするなど学生の身には余る課題だ。
課題の宝は無償で渡す場合もあるが、基本的には帝国に属している村を助ける役割もある。方針的には見習いの憲兵を派遣しているようなものだが事実は少し違う。具体的には、意気込んで訪ねてみたら畑仕事の手伝いだったりとか、お祭りの警備だったとかそんなことも多いらしい。言いかえれば、その程度にしか見られていない身分なのだ。
なによりも盗賊を撃退ではなくて殺害だと言っている時点でどうかしている。きっと、また聞きで帝国学生の活動方針を知っていなければそんな嘘は言えないはずだ。
このニセ村長とは敵対するべきなのだろうと確信が持てた。
「そうですか。でも、それでも信じられません。この所業は帝国へ知らせておきます」
「とんでもないです。どうやって?」
ニセ村長の後ろから、ゾンビのような瞳をした人達が徐々に集まってきはじめている。この数で襲われたならひとたまりもない。ここで、まだ知らせていないと真相を言ってしまったらまずそうだ。
「人形を帝国へ走らせておきました」
「なっ、な、なんと、悲しいことでしょう! 私はこの小さな村を精一杯に守り続けている! それなのに、どうしてそのようなことをするのでしょうか! それではまるで私に罪があるように見えてしまいます!」
悲嘆に打ちひしがれるような声で咽いで叫ばれる。ゼル村長の頬からほろりと涙が流れた。
その涙に罪悪感が湧いてきた。本当は悪いことをしているのではないだろうか。実はゼル村長が悪者であると思いこんでいるだけなのではないだろうか。
胸に溜まったもやもやした気持ちを抑えながらゼル村長へ問いた。
「本当に村を大切にしているなら、ひとつお聞きします。――牢獄にいた自称村長は誰ですか?」
一瞬だけゼル村長の顔が冷えたが、それから更に傷心を嘆くかのように頭を抱えた。
「どこの誰とも知らない者の戯言を信じるのですね! ああ、なんということだ! あなたは私を罪に陥れようとしている! そうか……! 私の罪をねつ造して、帝国へ賛美をもらうためにこんなことを!」
その言葉に僕の罪悪感が倒壊した。
そうか、この人はそういうタイプの人間なんだ。大人とは立派なものだと思っていたけれども、そうでない人もいるのだと初めて本心で理解できた。ニュース越しじゃなくて、幼心で初めて泥棒に出会ったような感覚だ。当たり前なのに「気付いていないこと」に気付いていなかった。
僕が自分の目線でしか世界を見ることができないように、この人も自分の目線でしか世界を見ることができない。
確かにそれは当たり前のことなのだろうが、このニセ村長の場合は前提がかなり違う。誰かに罪をかぶせて自分が顕彰を得るなんて普通は考えられない。思考がとんでもない方向へ飛んでいる。この人は自分の精神構造しか見えないから、自分の猜疑心を基準にして考えているんだ。
ニセ村長が悲嘆の声で情に訴えてくる。
「あなた達がきた時は、私はこの村が救われると喜んでお食事を招待しました! 私はあなた達の寝る場所も、一番に良い家を空けさせて寄付をしました。ほら、こうして人々が心配して私のまわりに集まってきているのではないですか! 私は村人たち全てに信頼されているのです! それなのに、あなたは私を信頼せずに、それどころかこの村の評判を陥れようとしている……!」
たしかに歓迎されているのは分かっていた。最初の印象は村人とのギャップがなかったなら、不自然さは感じられなかっただろう。それどころか、かなり好意的にとらえていたかもしれない。
僕は冷たくニセ村長へ言葉を投げる。
「それでは課題の宝は何でしょうか?」
「なんと! 名誉だけでなく宝も奪っていくのか! なんということだっ! 私の良心に付け込んで、油断させてこんなことを! まさか、お前は村を奪うつもりなのか! そういえば、黒い盗賊が出てきた時期を考えて……お前が謀って、そうか、この村を奪うつもりなのか! それならば全ての筋書きが通る! 帝国が来たなら、真に罪のあるものは誰なのかを釈明しなければならない! しかし相手は帝国おかかえの学生で、私は小さな村の住人にすぎない……。こんなにも懸命に、いいえ、だからこそ! これが私の業なのか……っ!」
牢獄で村長と会ってなかったなら、ニセ村長の感情に押し流されて戸惑ったかもしれない。でなければ、ニセ村長の本心に気付かなかっただろう。
やっていることは逆だけれども、構造的には内弁慶と似ている気がしてきた。いや、こっちの場合は逆だろうか。外の領域では善人の顔をして、自分の内の領域では最低なタイプだ。
内の領域の人が内部で起きたことを告発しても、他者から見れば良い人に見えているから誰も重く受け止めてもらえない。そのくせに本人は、こんなに尽くしているのに悪役にならされたと外の領域へ訴えてくるものだから、内の領域の人間は無暗に身動きできないのだ。
ニセ村長が口を開くたびに、性悪さを漏らし続けている。気持ち悪い何かが胸へぬるりと這い上がってきた。
その衝動的な気味悪さを我慢できなくて、吐き出すようにニセ村長の矛盾を問いた。
「牢獄にいた村長から、本物の宝を貰いました。あなたが本物の村長なら宝を見せてください」
悲願に嘆くニセ村長が突然に黙った。わめいていた大きな身体が不気味に停止する。
渾身の演技でりきんでいた力が抜けていく。どす黒い恨みを込めた目つきが睨んできた。
「小僧。この村に何が目的だ……。お前も薬なのか……?」
刹那に場の雰囲気が冷えきった。
「この薬は悪い薬だ。つまりこれを持っているのは悪い奴なんだ。悪い奴から奪ったものなら文句もないだろ? その悪い奴をかばっていた村人は、悪いやつらに決まっている。だから、悪い奴自身が作っていた薬で俺が操ってやった。守ってきた悪い村人の奴らも、さぞかし本望だっただろうな……!」
ニセ村長は全てを見下したような声色であざ笑った。その声がやけに気色悪く耳に響いた。
悪い薬かどうかの倫理的な話は置いておくとして、それだから盗もうと斜め上の方向へ企てるのは普通の感性ではない。さらに、それを使ってやろうとするのは、まさしく異常なのではないだろうか。
「地下の村長は、いやあんな奴はアイツでいいな。アイツは薬を作るために俺が善意で生かしてやっている。アイツは村人に危害を加えない約束で薬を作り続けている。俺は下種な薬として外へ販売して村の利益をあげてやっている。つまり、俺のおかげで村が潤っているんだ!」
誰かに自慢したかったのだと言わんばかりに、愉悦に語り続けた。
「アイツは頭が狂っているから、意味のない見栄を張り続けている。なにせ、誰も村人が助けに来ないだろ? 本当に慕われているなら、誰も助けはないものなのか? いいや、違う。なにせ村人自体が悪いことを忘れてはいけない。誰かを助けないのは私利私欲しか考えていない悪い奴だからに決まっている。だから、俺がアイツの薬で村人を罰したんだ」
それでは約束は反故している。村人が村長を助ければ、悪人を脱獄させようとしたとして悪人認定をされる。でも、村長を助けなくても悪人認定をされる。明らかな矛盾なのに、ニセ村長の価値観は揺らぎがなかった。
怖気の走るような顔でニセ村長が言い放つ。
「俺は絶対に間違ってない。薬を正しく使える俺がいるから、この薬も村も幸せなんだよ」
地下の村長の良識のない相手との外交の話を思い出した。
自分の感性を盲信して相手を悪と決め付けて、自己愛で自身の行動を正当化している。なによりも、歪んだ自己愛が生んだ自分の行動に酔っている。行動や過程に他人の気持ちなど、微塵にも考慮されていない。だから、和平なんて最初から考えていない。良識の無い人間は実在していたのだ。




