夢うつつの留置
飛翔魔法で少し飛んでから、大きな森が見えてくる。そこから三日ほどかけて森を歩く。薄暗い森の中に光がさしている場所があった。どうやら目的の村のようだ。
村と言うよりも集落という言葉の方が似合っているかもしれない。木々に囲まれている小さな村。もっとも大きな建物でも二階建ての家が一軒だけ。門にはラッパ状の花が申し訳程度にわびしく色取っている。地図を購入できなかったならば、見つけられなかったかもしれない。
それにしても、ひどく活気が冷えている村のように感じられる。森に囲まれているせいか、ぼんやりとしか日が差してこないようだ。きっと、空から眺めても集落を見つけることは難しいかもしれない。
皆も歩き疲れていて口数も少なくなっていた。この集落の雰囲気と合わさって、なんとなく空気が寒い気がする。
なんとなく人形へ魔力を送って、意思がある状態に起動しておく。疲れたってかまわない。宿を見つけたら、すぐにおしゃべりできるようにしたかったからだ。
村独特の空気に呑まれるように立っていると、住人らしき人の姿を発見できた。住人が茫然としたようにこちらを見てくる。
観察と言うよりも、本当にただ見ているだけ。遠目からだけれども、その瞳に精気がないように感じられた。
また住人が現われる。こちらに気がつくと急に立ち止まり、虚脱したような瞳でこちらを見た。別の住人が現われると、立ち止まってこちらを見る。次々に立ち止まる人達が増えていった。
外からの人間が珍しいからだろうか。村の雰囲気と合わさって、不気味すぎてどう対応すればいいのか分からなくて困ってしまう。不慣れな森を歩き続けて疲れ果てていて、なおさらに頭が働かない。
一番最初にフランが動き出した。声をかけようと住人達の元へ一歩進んだ時に、住人達の群れの中から誰かがやってきた。
活気のない住人達の中をかいくぐって、肩で風を切るように歩く人がひとり。男らしく角ばった四角顔に短髪。ベルトで締めたお腹が、少しだけ出ている小太りの中年男性だった。
「帝国学校の皆さんですね! お待ちしておりました! 私はこの村の村長の、ゼル・リギンでございます。御足もとの悪い森の中をようこそお越しくださいまして、ありがとうございます。ご覧のとおりに小さな村。帝国と比べればご不便をおかけすることもあるかもしれませんが、我々は全力で歓迎いたします! 本日はごゆっくりお休みください!」
張りのある明瞭な声。住人達との落差で、逆に不自然に感じられるほどに得体の知れない活力に満ち溢れていた。
なんというか、この人ひとりでこの村の空気を壊している。一番に馴染んでいなくて本当に村長なのかもあやしくなるような人物だ。いや、この雰囲気だからこそ頑張って声を上げている立派な人なのかもしれない。
そうだ、あとで人形達と話してみよう。ちょっとした会話のネタになるかもしれない。
僕が村長のおじさんが奇妙だったと揶揄した会話を始めると、ポプラがおもしろおかしく解釈しそうだ。そうしたら、サクラがそれを真に受けそう。だとすると、ナズナがポプラにツッコミをして、サクラへ訂正を入れるかもしれない。最後にスミレが小難しいひと言を述べて会話を引き締める。ココがその流れを見て、ほがらかに笑っている感じになりそうだ。
なんと言うか、いつの間にかひとつになっていたんだなと思えてきた。こうしたらこんな反応が返ってきそうだなとか容易に想像がつく。話す前から、行動を起こす前から展開が読めているのに、だからこそ安心して笑えるようなゆったりとした空気が流れる。いや、流れるはずだと分かっている上で、安心して心を任せられる。血はつながっていないけれども、もしかしたら家族というのはこういった集団のことを言うのかもしれない。
◇◇◇
村長の家で開催された歓迎会。その晩餐は森の集落とは思えないほどに豪華なものだった。こうばしい香りの鶏肉に、鮮やかな緑色のおひたし。ふっくらとしたパンに、果実のジャム。特にジャムはごろりと大きな実が入っていて、砂糖を使っていない素朴な甘さがこれほどに美味しいものなのかと驚いたほどだった。質素な晩餐になるかと思っていたけれども、ここの村は思っているよりも羽振りがいい。帝国へ高く売れる特産品が何かあるのかもしれない。
食後のお茶をもらって一服している。隣ではアルフとユーリ、フランがまだ食べている。ココはすでに食べ終わっていた。
食後の上に慣れない森の中をずっと歩いてきたせいだろうか。まぶたがやけに重たい。お茶を飲んでから急に眠気がでてきた。
疲労がたまっているのかもしれない。ココの赤い瞳もうつらになって、ふわりふわりと体を揺らして眠気をひたむきに耐えている。頭を僕の肩にあずけて半分寝ている状態だけれども。
まだ日没してちょっとしか経っていないけれども、あまりの眠気に降参を決める。
「お先に寝させてもらうよ」
「おう。えらく早く寝るんだな」
一番最初にアルフが反応してくれた。
ほんとうに眠い。とろとろとした眠気じゃなくて、明日の予定を考えることすら面倒臭くなるような猛烈な眠気だ。思考がもやにつつまれているように、脳がぐったりとしている。
「疲れたんだよ。森もそうだけれども、食事のたびに水を生成したうえに湯浴みもしていたし」
日本にいた名残のせいか、お風呂は毎日入りたいなと思っている。
まず土に魔法陣を描き、陶器みたいに固めて風呂を作る。次に水道水を生成して、炎の塊を入れれば完成するのだ。
どこでもにお風呂へ入れる魔法は、素晴らしい使い方だと自負している。以前に話したら、アルフに笑われたけれども。
ユーリが顔を向けて会釈をしてきた。口に食べ物がむぐむぐと入っていたので、しゃべれなかったからだろう。アルフなら平気でしゃべりそうなのに、丁寧というか上品というか育ちがいい対応だ。フランも、お疲れさまでしたと声をかけてねぎらってくれた。
あまりにねむた過ぎて、人形へ送っている魔力を切断する手間すら面倒臭くなる。人形自身が動かないなら消費魔力は少ないだろうし、魔力を切断してから起動を止めるように命令する手間も考えると、ああ、もう、考えるのも面倒になってきた。
うとうとしたココを連れて、やっとの思いで村長の家から出ていく。外は夜なのにあまり寒くなかった。帝国はやけに寒かったけれどもどうしてだろうか。
教えられた宿屋はどこだったか思い出しながら歩く。眠気で重たい足取りでふらふらとしているのが自分でも分かった。
駆けてくる音が背後から聞こえてきた。振り返ってみるとそこにはアルフがいた。
「おい、ちょっと待てよ」
「なんだよ。いますごく眠たいんだからさ」
「それにしたって早すぎるだろ。そんなにベッドが恋しいのかよ」
「窮屈な寝袋なのに、それを二人で使ってぎゅうぎゅう詰めだったんだよ。今日は広いベッドで寝たい気分だから、邪魔しないでくれ」
なんだこいつは。こんな会話をするために、わざわざ村長の家を出てまで声をかけに来たのだろうか。
アルフが目元を下げて弱った表情になった。
まずった。イライラしていた気持ちが表情に出て、アルフに気を使われたかもしれない。いや、眠いし、ココも連れていかないといけないし、たしかに空気を読んで声をかけて欲しかったからちょっとはイラついている。
アルフが言いにくそうに、何か含んでいるように重たく口を開けた。
「人形に魔力を入れとけよ。気味が悪い村で、何が起こるか分からないからな」
「あ、ああ。そうだな。うん、そうだ」
アルフらしからぬ助言に、どんな意図があるのか、どう答えれば良いか咄嗟に答えられなくて変な返答をしてしまった。
「なあ、アルフ」
「なんだ」
「この村に着いてから、なんというか適切な言葉が思い浮かばないけれども、アルフは変になってないか?」
なんとなく呟いたひと言だった。ずっと同室生として過ごしてきた直感と言うべきだろうか。
そのひと言にアルフは、反論も冗談めかした返事もせずアルフはただ黙った。
「わるい、変な事を言ったかな。眠すぎるからかも。なんというか、言葉にできないけど、その……」
「……別に。初めての課外実習だから緊張してるのかもな。それより人形はどうなんだよ。本当に大丈夫なのか?」
アルフが心配そうだったので、人形について簡単に説明する。今日は処理が面倒くさくて人形への魔力は切断するけれども、意思は残しておくことを教える。人形個人は動けるのかと問われて、意思さえあればあらかじめ溜めている魔力で動くことができる旨を伝えると、アルフはほっと胸をなで下ろして村長の家へもどって行った。
帝国からの出発の時の言いわけといい、妙にアルフの行動がひっかかる気がした。
◇◇◇
耳元が生あたたかい。ぴちゃぴちゃと濡れた音に、耳をはむはむと甘噛みされていた。唾液のほのかなあたたかさ。耳元をくすぐる甘い吐息に背筋が緩みそうになる。
やめてくれと払おうとしたけれども、腕が動かないことに気がついた。足も感覚が鈍ったように動かすことができない。思考も呆然としていて、いまが夢の中なのか、起きているのかすら分からない。
それに、息が詰まるように苦しい。まるで空気が薄くなったようだ。声をあげようにもあげることもできない。声を発している感覚すら混濁していた。
ここで自分の状態に気がついた。ココと一緒にベッドで寝たはずなのに、今は石畳の冷たい床の上で寝ている。しかも、縄でココと一緒にまとめて縛られていた。耳を甘噛みしていたのは、ココが先に気付いて起こそうとしたからだろうか。
混乱している精神は、まるで変な薬を飲まされたような気分だ。そういえば、お茶を飲んだ途端にひどい眠気が出てきた。もしかして本当に薬を飲まされたのだろうか。しかも、これは睡眠薬だけの作用じゃない。毒薬や媚薬あたりも全部を混ぜ合わせて、思考を昏迷させる効果がありそうだ。
天井には換気の魔法陣が張りつけられている。魔力の循環がぐるぐると逆回りにまわっていた。
息苦しいのは、本当に空気が薄いからかもしれない。
ココが最初に起きていたのは、純化の効果かもしれない。ずっと一緒に寝ていたから、ずっと触れ続けていたからだろう。
とりあえず、ココに耳をはむはむされているのをやめさせる。
「起きた……。それ、やめて……」
「…………」
はむはむが中断される。すごく名残惜しそうな表情で見上げてきた。
そんな顔をされても困るんだけれども、いや、なんで声をかけて起こさないではむはむしてきたのだろうか。捕らわれているから声を出すと起きたことがバレるからか。でも、はむはむはどうだろうか。
色々と考えを巡らせていると、ココが縛られながらも僕の服の胸あたりをくいくいと引っ張ってきた。目で何かを訴えるように見上げてくる。ココが頷いて目線を変えたので、その目線に釣られるように見てみる。
冷徹な鉄格子の間からポプラが手を振っていた。
ポプラが口を開けて何かを言っているが、こっちには何も聞こえない。そういえば換気の魔法陣のせいで空気が薄くなっていた。副次効果で外の音も聞こえないのかもしれない。
動けないとポプラへ声を投げたけれども、ポプラも聞こえていないらしい。とりあえず縄を見せて、縛られている状態だと見せつける。ポプラが腰のポーチを漁って、太めの針を取り出して投げ入れてくれた。
ハサミは無いのかと言ったけれども、伝わったのか困った表情をされた。無いらしい。
仕方がないので縄に何度も針を刺してほつれさせるようにする。薄暗いので針を指に何度か刺したけれども、なんとか縄を切ることができた。
とりあえず、薄い空気と、聞こえない声をなんとかしないといけない。天井に張りつけてある換気の魔法陣を見上げた。
今の僕は立つことすら難しい。少し体を起こすだけでもめまいがして気持ち悪い。一方でココは僕の純化を受けていたせいか、わりと影響が少なかったようだ。
「ココ、肩を貸して」
「…………」
ココが何かを答えたけれども声が聞こえなかった。なるほど、外にいるポプラの声が聞こえないんじゃなくて、牢獄自体が隔離された無音状態らしい。さっきのはむはむをやめてと伝わったのは奇跡だった。
ココが意図を分からなく不思議そうな顔をしたので、天井の魔法陣を指さした。察してくれたようでココが肩を貸してくれた。
魔法陣を見てみると魔力供給源は、牢獄の中からのようだ。捕らえた人間から魔力を吸い上げて動かしているらしい。脱力感があるのは、これも原因のひとつかもしれない。
ジャンプをすれば天井の魔法陣に触れられそうな高さだ。でも、この体調では無理そうだ。同じく魔法も精神が安定していないから唱えることも難しい。もとい、魔法陣を描けるのかすらあやしい。どうしたものだろうか。
「ポプラ、糸をつけて」
針の穴を指さしてポプラへ針を返す。意を汲んだポプラが糸をつけて渡してくれた。
魔法陣から少し距離を取る。ココに肩を支えてもらい安定した状態で針を魔法陣へ投擲する。魔力の流れをつかさどる線に命中した。発動のオン、オフの部分を狙っていたのに外してしまった。でも、その場所でも操作ができるからよしとしよう。
糸から魔力を注入して強引に魔力を通す。既に発動している魔法陣に別の命令がはしる。矛盾した命令に魔力循環が空回りして、ただ動いているだけの魔法陣になる。起動はしているが、効力はなくなった。
詰まっていた息が楽になる。不気味なほどに無音だった空間に、静かな音が生まれた。
どっと疲れが出てきて、体から力が抜けてしまう。ココに体重をあずけすぎて、ふたりで倒れそうになった。
「……だいじょうぶ?」
「なんとか、かな。ポプラ、ちょっとの間だけ見回りを頼む。少し休んでから脱出する」
『りょーかい。誰か来たラ知らせよっか?』
「ああ。寝てたら無理矢理に起こして」
『水風船バクダンで起こしてイイ?』
「いま本気で疲れてるからやめろ」
けらけらと笑いながら、でもどこか優しげに微笑んでポプラが去って行った。
疲労した体を壁へあずけて座り込む。おなじく縛られて寝させられているフランとユーリが目に入った。必死すぎて同じ牢獄にいたのを気付かなかった。
アルフがいないのは、まだ捕まっていないせいだろうか。そういえば、注意しろと言葉を渡してきたのはアルフだった。僕なんかよりも一番に警戒していたのかもしれない。
動こうにも考えようにも体力が弱っている。ポプラが来るまでと、まどろみに意識を手放した。




