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夜のあそび

 開きっぱなしの外門の向こうには、草原が広がっている。やわらかな風に撫でられた緑の毛布が太陽の光を小さく反射させてちらちらと光らせた。


 帝国は防壁で丸く囲われていたのだが、停戦状態になれば人は増え続けて豊かになる。それにつれて壁に覆われている限られた土地では足りなくなるので、その周囲に壁で囲って◎(にじゅうまる)状態にして土地を増やした。外側の防壁を外壁、内側の防壁は内壁と呼ばれている。

 外側の土地から中心に行くには、内壁の門のある場所まで歩かないと内側には行けない。都市の中心はもちろん内壁側なので、ものすごく便が悪くてあまり人が住んでいない。

 くるぶしくらいまで伸びた草がほどよく生えているまっさらな平地。昔にアルフと鬼ごっこやらをして遊んだ記憶もある。アルフは昔から魔法が使えたからすごく強かった。


 ココとアルフの三人で外壁の門の前にいる。門から外の世界を覗きながら、アルフのおしゃべりもとい寝坊した弁明を聞いて暇を潰している。


「だから、寝坊じゃねぇよ。最後の別れになるかもしれないだろ。オレ流の心遣いって奴だ」

「まったく。冗談も休んでから言えよ」

「……ほんと、マジだぜ?」


 予想外に真剣な瞳で見つめられた。切実に張り詰めたような声色。何となく思いつめたような不吉な重さを感じられた。何かが引っかかったけれども、冗談ってことにして悪寒ごと流す。


「マジも何もあるかよ。アルフを置いていけばよかったかな。だったら、アルフはずっとゆっくりできただろ?」

「そりゃいいや。幻の四度寝をしてみてぇな」


 アルフがからからと笑う。冗談に跳ねた言葉尻で返してきた。

 ああ、そうだよ。アルフなんだから、やっぱりそういうノリをしてくれないとこっちが狂ってしまう。

 こっちも冗談で返してやる。


「四度寝とは言わずに四千度寝ができるかもな」

「何年間おいてけぼりにする気だよ」

「十年後に起こす予定だよ。出席単位が足りなくて、十連続留年という情けない快挙を こっそりと手伝ってやるよ」

「そうなりゃ、起きたら また武器でも買いに行かないとな。で、参考に聞くが、オレの同室生はどういう武器を買ったっけな?」

「奴隷を買いました」

「人間が武器ってなんなんだよ!?」

「武器じゃなくて防具だよ。同室生のだらしなさによって荒れた日常から癒してくれる超兵器って感じ」

「その同室生はすげぇ言われようだな。もうちょっと気を使ってやれよ」

「だから、気を使って ゆっくりさせてるだろ。そっと 置いてけぼりにするし、偉大な快挙の手伝いもしてるじゃないか」

「大事にされてねぇ! 放置されてる!」


 そのままアルフと冗談を言い合ってると、フランがやってきた。なぜか荷物もなしに手ぶら状態だ。


「アルフレイドさん、荷物係の任命お疲れさまでした」

「はあ? フラン、何を言ってんだ」

「ユーリくん達と話し合って決めました。というわけで、遅れた人は調理用具を持ってください」

「そんな重いもん持ちたくねぇよ。学園長の本に入れろよ」


 それはできないですよと、ユーリもやってきた。ユーリがリュックを二つ持っている。片方はフランの分だろうか。

 リュックを重たげに持ったユーリが、フランの代わりに本に入れない理由を説明する。


「何度も出し入れしますから、ページが減ってしまいます。誰かが持たないといけないです」

「そーですよ。遅れた罰として、目的の村まで運んでください」


 フラン、地味に罰の期間が長くないか。

 アルフがぶーたれていると、ふと不自然な事に気がついた。水も料理や食事をするたびに使うのだから、水は本ではなくて手で持つものだ。それなのに誰も持っていないように見える。

 疑問をみんなに訊いてみる。


「ところで、水は持ってきた?」


 ココ以外の全員が、僕に向けて指を差さしてきた。

 アルフがぽんと右肩に手を置いてきた。


「お前の水魔法は飲めるから水担当な」

「お前ら……本気かよ……」

「マジだ」

「ほんとに、まじかよ」

「ほんと、マジなんだぜ?」


 前世の記憶の影響の一つ。僕の水魔法は飲める水を作ることができることだ。

 魔法は精神の延長で、精神は個人の歴史もとい記憶から作られている。だから、この世界の人々は『水』と言われると生水を連想するので、水魔法は生水が生成される。しかし、日本で育った僕の場合は『水』イコール『水道の水』の概念を持っている。だから、普通とは違って僕の水魔法は飲める水を練成してしまうのだ。

 生活する上では便利だけれども、戦いになると微妙らしい。水魔法を人へ飲みこませて、副次効果としてお腹を壊させて戦えなくなるような戦術もあるとか。


「いいけどさ。俺だけに負担が大きいよな。無理がたたって風邪でもひいたらどうするんだ?」


 境界術も、魔術も現界させ続けるには魔力がいる。魔法を唱えるのに十が必要なら、それを十分間現界するには五が必要。二十分目では三が必要。三十分目では二といったように徐々に消費がなくなっていく。これは魔法という異物が、世界に触れるにつれて慣れていき適正化されるからと言われている。

 僕は魔力が多い方ではない。風邪のことを聞いたアルフが、解決策はあると親指を立ててサムズアップしてきた。


「その時はオレが助けてやる。オレが水を魔法で出して、お前が手を突っ込んで純化する」


 おかしい。解決どころか具合が悪化しそうで、助けていない提案をしてきた。



 ◇◇◇



 星がまばたく美しい夜空。夜の草原では、風が草をなびかせて静かな音色をさらさらと奏でている。

 ユーリが作ってくれた夕飯を食べて、全員が談話をしてリラックスしている。

 魔力を使わないと体がなまるので、僕は人形達を起動して訓練がてらに会話に入っていた。サクラを肩に乗せながら、みんなとゆるい談笑をしている。

 その中でつまらなそうにアルフの目が据わっていた。ふいに、我慢できないと言ったようにアルフが立ちあがり、小さな箱を掲げた。


メシを喰っておだやかに終わりってのも、情けねぇだろ! 寮じゃねぇから夜更かしをやり放題なんだぜ! ここは『とらんぷ』って奴で朝まで遊びつくすのが正しい学生の本分じゃねぇかッッ!」

「久しぶりですね。ボクは今回こそ負けませんよ」

「いいですねっ。ぜひ遊びましょう!」


 ユーリもフランもノリがいい。

 人形達もざわめいた。サクラとスミレが興味シンシンにトランプの入った箱を見ている。


『きいたことある。できるとおもう』

『思い立ったが吉日よの。未知の探求からの艱難かんなんこそ、それがしをぎょくとするの』


 ナズナがさっと身を引いて中央に場所を作る。ポプラはやる気があるのかぴょこんと起き上った。


『トランプは久しぶりですね。腕が鳴ります』

『ウデってさ、関節の具合がワルいなら棄権したら? アタマと同じで柔軟性がナイ状態ってことだよネ?』

『芯が入っていない思考は柔軟とは言いませんよ。今からでも年の功をうやまってみたらどうですか?』

『年齢なんかサ、死ななきゃアホでも老いるのにネ。素質に時間は関係ナイし』

『同感です。自堕落な性格をしていれば、いくら時間があっても素質を荒廃こうはいさせますからね』


 相変わらずにバチバチとしている。久しぶりに稼働させたからか、何かをやりたくてウズウズしているようだ。


 ココもいるので、ルールも簡易に説明する。オーソドックスな大富豪、もしくは大貧民とも言われている遊びだ。ローカルルールがいくつかあって、今回は指名手配(ジョーカー、2、8、スペードの3であがりは禁止)、八つ裂き(8切りで場を流す)、9のたらい回し(ナインリバースで一時的に出す順番が逆転)、11の王子の慈悲 (イレブンバックで一時的にカードの強弱が逆転)、四賢者(四枚出し革命で、ゲーム中はカードの強弱が逆転)だ。名前がちょっと違うのは、僕がこの世界に合わせた言葉に変えて説明したからだ。


 サクラとスミレはルールを把握しきれていないので、他の人形とペアを組ませることにする。

 ココも誘ったけれども気がのらないみたいようだった。遊び始めたときはカードを隣で見ていたけれども、暇そうに頭をあずけてきたり、背中にまわって肩に手をまわしてきたりしはじめた。

 だからあぐらをかいた僕の膝の上に乗せることにする。動き回るココにかまうのが面倒になったというのもあり、カードを出す手伝いとのたてまえで動きを規制させる効果もある。ココの腰からお腹にかけて手をまわしてぎゅっと拘束中だ。




 まぶたが重たくなってくるくらい夜更かしをした。これが最後の遊びで、いまの順位は二位だ。アルフが一位で、ポプラとスミレのペアが三位、フランが四位、ユーリが五位、ナズナとサクラが六位だ。


 上位と下位のカード交換。ユーリが渡してきたカードはAだった。

 さて、どうしてやろうか。上位が渡すカードはいらないカードのハウスルールで遊んでいる。じゃあ、K(13)がペアなしだったから渡してやろう。

 渡されたユーリがぎょっとした。でも、僕にとってはとても意味のある行為だ。出す順番的にはユーリや、ポプラとスミレのペアが手順になってくれれば、後続の僕は楽にカードを出すことができる。だから、多少は強くなってもらわないと困る。ついでに、ユーリが勝負を仕掛けてきたと分かるように、あえてユーリの切り札を明確に分かるようにした意図もある。人形師は考えながら動くから、予想外の動きをされるのが一番に怖いのだ。ちょっと職業病かもしれない。



 戦いが流れていく。ユーリの手札が三枚で一番に少ない。一位のアルフは六枚だけれども、貧民回りの順番だから出す機会がないだけだ。だから、手札は高位のカードばかりかもしれない。他のメンバーは四、五枚程度の手札。ユーリ以外はあがるのに時間がかかりそうだ。

 そして肝心の僕の手札は六枚だ。ジョーカー、A、9、9、3、3の六枚。枚数が多いので、皆からは明らかに注目されていない。


 ナズナとサクラが繰り出したQ(12)を、フランが2を出して叩き伏せた。

 ナズナとサクラは最下位なので、アルフに二枚の譲渡をしていた。だから、さっきのQが切り札かもしれない。

 それをフランが2で止めた。しょせんは最下位の攻撃なのにそれを強引に叩き伏せたのは、フランも勝利が見える手札になったからに他ならない。この2で手順をもぎ取って、勝負をつける気なのだろう。

 ならば僕のすることは決まっている。カードを出す手伝いをしているココにカードを出してもらう。


「ココ、ジョーカー」

「うん」


 強行してきたフランの攻撃を、ジョーカーの強権きょうけんで圧制する。


「次は、9を二枚出して」

「二枚出して、逆回し」


 ナインリバースでこの手番だけ逆回りの順番になる。9はそこそこの大きさのカードだ。

 イレブンバックのルールの特徴。終盤の手札は、強いカードとイレブンバック対策の弱いカードの二層化するように手札を構えてしまう。つまり、9の二枚に勝つためには、高位のカードをださなければいけない状況になっているのだ。そして、この攻撃の強さは二枚ペアである点。五人以上の大富豪では、終盤の二枚ペアは脅威になる。


 僕の手札は3が二枚と、Aが一枚。合計で三枚の状態だ。注意しないといけないところは、3の片方がスペードなので、スペードの3であがってしまってはいけないことだ。


 スムーズに勝つためのプランは二つある。一つ目は、さっきの9の二枚ペアで全員がパスをした場合。これなら誰もペアを持っていない可能性があるので、3を二枚出して全員がパスをしてAで締める。もちろん、3を二枚ペアで全員がパスするなんて低い可能性だ。しかし、3を二枚吐き出せさえすれば、残りの手札はAが一枚。勝利は約束されているも同然だろう。

 二つ目のプランは、出した9によってJ(11)を挑発できた場合のプランだ。Jを二枚のイレブンバックに対して、3を二枚出しで切り返す。最後にAの君臨で勝つプランだ。

 Jはすでに二枚消費されている。ここまで展開が進んでも追加のJが出ないのは、二枚ペアをずっと出せずにいて手札で腐らせてた可能性がある。この挑発が成功すれば、有無も言わさずに勝利を掴めるだろう。


 さっき僕が出した9の二枚に対して、ポプラとスミレが10を二枚繰り出してきた。

 ポプラにニタリとあざ笑われた。相変わらずにコイツは上手に空気を読んで割り込んでくる。一つ目のプランが潰されたが、Jを出させる挑発が強くなったとプラスに捉えてみる。

 フランもパス、ナズナとサクラもパス。Jの二枚ペアは持ってないようだ。もしかして、単品のJを持っている人が二人ということだろうか。考えているうちに注目のアルフの番になった。


 アルフが思いきってカードを叩き出す。虎の子のAを二枚も出してきた。

 既に使われている2は二枚なので、誰かが2を二枚持っている可能性がある。それをかえりみずに叩き送ったアルフの攻撃はまさに特攻の域だ。

 アルフの強行に誰もがパスを言っていく。1位にはだれも逆らうことはできなかった。

 アルフの特攻に対して誰も抵抗していない。もしかしたら、残りの2の行方は、アルフが全て握っているなんてこともあるかもしれない。まずい、僕のAと3では太刀打ちができない。


 アルフの手順となり6を一枚だしてきた。アルフの手札の残りは3枚。

 ナズナとサクラが7を出す。

 ユーリは悩むように顔を伏せてパスをする。残りの手札が二枚なのでK(13)で切りこんでもいいが、僕がAを持っている事を知っているので強気になれない。

 ポプラとスミレの手番になった。ごにょごにょと相談して、Q(12)を繰り出してきた。


 ポプラ組の手札はあと二枚。このQを気軽に流したら、二枚ペアであがってしまうことも考えられる。もしくは、イレブンバック対策でどちらかの一枚が低級のカードかもしれない。3は既に二枚消費されているし、僕が残りの二枚をキープしているので競り負けることは無い。でも、ポプラとスミレペアの方が出す順番が先なので、僕よりも先にイレブンバックの恩恵を受けてしまう。

 残りの二枚の内で片方を消費しておいて、誰かのイレブンバックに対して先にあがってしまうかもしれないのだ。

 そして、勝利に近いユーリの切り札がK(13)であることを警戒して踏まえると――。


「ココ、Aを切って」

「……っ!」


 ほんとうなのかと見上げてきた。本当だからニッと笑ってやる。


「ココ、エースを出して!」

「はい……っ!」


 Aを場へ送り込んで、僕の残りは3が二枚。しかも、片方がスペードの3だ。次の順序はアルフの番だ


「そらっ! 2サマのお通りだぜっ!」


 アルフが2を出して、アルフの残りが2枚。僕のエースは負けてしまったが、まだ3が二枚も残っている。

 ココが不安げに見上げてきた。ぎゅっと抱えて、この程度ならだいじょうぶだと伝える。いうならば、この3はガラスの剣だ。切り方さえ間違えなければ、鋭利な刃物なのだ。


 アルフが7を一枚出した。残りのアルフの手札は1枚。次にアルフの順番になったら勝負は決まってしまうだろう。

 ナズナとサクラペアがユーリのあがりを警戒して10を出す。疲弊したユーリは10に立ち向かわなかった。先ほどアルフが2を単品で出してきたので、Kを出してもあと一枚の2で切り返されてしまうと思っているからだ。ユーリの次はフランの手番だ。

 フランが悩ましげにぽつりとつぶやいた。


「隣の手札が二枚……」


 ポプラとスミレを見つめた後に、僕の方を見つめてきた。


「そっちも二枚ですよねぇ……。アルフレイドさんが一枚。一位と二位は手札交換で良質なカードかも……」


 悩んだ末に出たカードはJ(11)を一枚。

 フランにとって一番に怖いのは、隣のポプラ組があがること。二枚しかない状態で片方が切り札だったなら、その切り札を消費して手順をもらい、残りの一枚であがられることは避けたい。J(11)ならポプラとスミレにすんなりあがられる可能性は少ないと判断したのだろう。イレブンバック状態なら、下位のナズナ組の方が基本的に強いからだ。

 更に高位のカードを封じようとして出されたイレブンバックにより、上位でカードが良質と予測される僕とアルフのあがりを妨害しようとしてきた。

 ポプラとスミレが4を出してあがりを狙ってくる。僕はそれをスペードの3でスマートに切りこんだ。


『ああっ! ヤッパリ持ってるし』

『後悔先にたたずよの……』


 残りのハートの3で綺麗に勝利する。フランが驚愕で叫び、アルフはうめき、ユーリは感嘆を漏らした。


「えっ、えぇぇ――っ!? 3だけで戦ってたんですか!?」

「まだ一回しか一位で……。オレが都落ちかよぉっ!」

「度胸がありますね。よく3だけになる選択をできましたね」


 それぞれの感想をもらいながら楽しかった夜更かしは終わった。ナズナとサクラからの賛美も貰いながら、寝るために共用の蚊帳から出た。

 外にはひとり用のテントがいくつも建っている。ココと一緒に僕のテントへ向かう。


「あれっ? ココもいるから、用具を買い足さないといけなかったのか」


 今さらながら大変な事に気がついた。準備は前回の野営の授業のまま。用具は減るものでないからと、何も確認せずに旅立ってしまった。だからテントを買った記憶は無い。でも、テントくらいならちょっと狭いだけだから問題ないと思う。

 はじめての野営のココが、小首をちょこんとかしげて疑問を尋ねてきた。


「布団は、あるの?」

「寝袋で寝るよ。布団よりは狭いけれども暖かい、けど……」


 追加の寝袋も買った記憶が無かった。




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