隠しきれない照れ隠し
ユーリと一緒に買い物を済ませた。これで食料に困ることはないだろう。
キャンプ用具はこの前の実習のままだから、そのまま持っていけばいい。本の目次を見ると、ちゃんと入っていたままだったから大丈夫だと思う。まさか用具が減っているなんてことは起きないだろうし。
ユーリと別れてから、ココと一緒に訓練場へ向かう。
なんというかどうにも気分がささくれて落ちつかなかったからだ。初めての野外実習というのはけっこう不安になるらしい。魔法の最終確認とか、針投げの練習とかをすれば気が休まりそうな気がしたからだ。買い物や準備をするたびに、現実味が帯びてきて落ち着かなくなってきた。
夕焼けに優しく照らされた道を歩いている。
ふいに、すがりつくように後ろからギュッと抱きしめられた感覚がした。
「どうした、ココ?」
「誰も……いないから……」
いままで張り詰めていた緊張の糸が切れたような、穏かな声で抱きしめられた。
たしかに見回してみると誰もいない。
「誰もいないな」
「駄目でしたか……?」
背中越しに儚げに揺れた声。
全然に駄目なんてことはない。それにしても、ココも自分の主張を言えるようになって驚いた。自分から何かをやりだしたり、言いだしたりするなんて、出会ったときと比べたら革命的な出来事かもしれない。
僕は立ったまま背中越しで手を後ろにまわした。ちょうどココの腰あたりで後ろから組むように抱きしめる。
ココが安らいだ甘い吐息をはいて、そのまま身体を寄り添わせてくる。
「……けっこんごっこだから……いい?」
けっこんごっこがキーワードだったらしい。
結婚というのは、籍がいっしょになる。言いかえれば、お互いに平等になるということ。だから、ココにしてみれば、けっこんごっこをしている間は僕と同等になれる。今まで言えなかったことや、できなかったことの全部ができるということだ。もっとも、『ごっこ』だから他人を巻き込めなくて、僕の前で限定の話になるけれども。
「はい、もうおしまいだからな」
ここで立ちつくしても仕方が無い。何の影響かは分からないけれども、今年の春は日が沈んだ途端にひどく寒くなる傾向があるみたいだ。純化の能力で保っているとはいえココの体調には不安がある。日が沈む前には屋内へ行きたい。
後ろにまわしていた手を戻そうとしたら、さっと両手ずつを強く握られた。なんとなく電車ごっこを連想させるような手の繋がり方だ。そのまま体重をあずけられる。なんだか、べったりと言うよりも、吸着されているという言葉の方が正しい表現かもしれない。
「だって……、触れていないと、死んじゃう」
「病気の話か。今じゃなくてもいいだろ?」
「いまじゃないと、嫌」
「はぁ……。寒くなってもしらないからな」
途端に冷えた風が吹き抜けて行った。風を通しにくい加護がついている制服でも寒かった。ココはもっと寒く感じたかもしれない。
「…………寒く、ない」
「寒そうに言うなよ。ジャケットでも貸そうか?」
「うん」
返事をしたココは、いきなりジャケットをめくって服の中に突入してきた。
直に背中に伝わるココのぬくもり。ココが強引に入ったせいか長い髪も巻き込んでくすぐったい。
「――って、そういう意味じゃなくてっ!」
「あったかい……」
ジャケットを貸してないだろ。むしろ奪ってるし。しかもとろけたような声で言いやがって。もぞもぞとあたたまっていやがる。
和んでいる幸せそうな吐息を漏らしながらぬくぬくしている。なんか、あまりの可愛さに怒るに怒れなくなってきた。
「……今年は冷えるみたいだな」
「うん」
「寒くないか」
「寒くない」
「それは良かった」
「でも、もうちょっと……」
さらに、ココの手が次第に僕の脇あたりまで伸びてきて、肩口から袖へ腕を通すように着ようとしてきた。
ここまでやられたらどうでもいいや。開き直って無抵抗に流される。
「……あの」
「なに?」
「ごめんなさい……」
途端にしょんぼりと謝ってきた。
さっきまで傲慢モードだったのに、途端に毒気を抜かれて呆然としそうになる。
でも、良く考えてみたら理にかなっている行動のように思えてきた。
ココの感情は奴隷の教育のせいで幼いのかもしれない。はじめて感情に向き合えたのだから、当然に暴走はする時もあると思う。それなのに、奴隷教育のせいで我慢を覚えていたのだから、理性は人一倍にある。常にアンバランスな感情に揺れているのかもしれない。
ここまで考えてみると、もしかしてココの求めていた感情は、恋慕というよりも、親愛としての愛情かもしれないと思えてきた。
あれ、ちょっと待った。もしかして僕はひとりで空回りしてたのか?
それじゃあ、今までのは家族とかそういったスキンシップのつもりだったのか。いや、わざわざ結婚ごっこという言葉を選んだのだから違うはずだ。でも、本人が適切な言葉を知らなかった可能性もある。他人と家族になるイコール結婚という意味で、ずっと一緒に居たいって意味だったとか? それだったら、すごい勘違い男になるぞ。
うわっ、すっっごい恥ずかしくなってきた。まだ断定していないのに。穴があったら、全力で逃げ込んで、大声で叫びながら、のたうちまわりたいくらい気恥かしいっ!
頭の中で混乱が渦巻いて愕然としていたら、ココが腕を通し終わっていた。
止めろと言わずに黙っていたままだったから、肯定の黙示だったと思われたみたいだ。けっきょく二人羽織みたいになってしまう。
あっ、いまプチッと嫌な音がした。後で縫わないといけないかもしれない。いや、それよりもココがどう思っているのか考えないといけなくて、ああ、どうしよう。
「あ、あのさ、ココ。早く帰りたいんだけれども」
「このままでも、いいよ?」
駄目です。せめて、僕の思考が正常に戻るまで待って下さい。
「じゃあ、その……。こ、このまま歩くからな。転ぶかもしれないぞ。だから――」
「支えてくれる人がいるから……大丈夫」
頬がカッと熱くなった。そういう言いまわしはすごくハズカシイ。二重で恥ずかしくて、体の芯が沸騰しているように熱くなってきた。
本当にそのまま歩いて行く。さすがに二人羽織は動きずらかったようで、今は背中から抱きつくように僕のお腹の方へ手をまわして歩いている。相変わらずにジャケットの内でだけれども。
なんというか、さっきの問答は考えるのを諦めた。どちらの感情にしてもココ自身が自覚していないことに気がついたからだ。きっと本人に聞いても駄目だし解決できなさそうだ。いや、訊くのが怖いのも本当はあるかもしれない。逃げているつもりはないのに、僕は逃げていたりするのだろうか。
色々と考えながら学校へ帰ると門前に通念師の人がいた。そういえば、前回はココを引きとってバタバタしていたから行き忘れていた。もしかして手紙が届いているかもしれない。
通念師の人へ声をかける。
「すみません。学園前―218―29番です。手紙はありますか?」
「はい、ちょっと待って下さいね」
通念師が瞳を閉じて小さく呟き始めた。
通念師は各町や村にいる通念師がお互いにテレパシーで念話をして、内容を文章として書いてくれるサービスだ。
「……二通ありますね。いま向こうで音読してもらいますので、書き写す時間を下さい。両方とも、ココア・ルルリスさま宛てです」
呼ばれたココが、ジャケットからひょいと顔を出して通念師をびっくりさせた。途端に気恥かしいことをしてる自覚が鮮明になってきた。また顔が熱くなってくる。
それにしても、どうしてココ宛てに届いているのだろう。通念師に訊いてみると両方とも差出人が非公開、つまり不明。しかも、なぜかココを引きとった日に両方とも届いていたらしい。
さらさらと通念師が手紙を書いていく。すぐに二通の手紙ができて、ココに渡してくれた。
「珍しいな。二通とも本人以外通覧禁止の印鑑まである。ココ、字は読める?」
「だいじょうぶ」
国営奴隷商だけあって、識字の勉強もしていたらしい。
ココが手紙に引き込まれるように見入っている。十分ほどすると、ココが通念師の人へ手紙を返した。
「どうした。なんで返したの?」
「見たら返して処分と、両方とも」
「内容は教えてくれたりする?」
「駄目って書いて……。でも、その、言われたら……」
「命令では言わないよ。秘密にしたいならいいさ」
「……あの、すみません」
こんなことで謝ってくれなくてもいいのに。
通念師に料金を支払っていると、珍しい人がこっちにやってきた。
鮮麗な緑色のローブに、雅やかで品のある黄金色の肩当てとベルトで引き締めている。ローブのフードで顔が見えないあの恰好は学園長だろう。
僕に気がつくと、学園長が軽く手を振りながらやって来た。
慌てて頭を下げる。
「君も通念師に用事かい?」
「はい。学園長もでしょうか」
やっぱり地位にしては声が若い気がする。久しぶりに会った旧友みたいにフレンドリーな声色で、学園長が声をかけてくれた。
でも、気さくに話しかけられても緊張する。こうしてしゃべるのは、初めてだから。
「前に送った手紙が届いているか訊きたくてね。アルフレイドくんとは、元気にやっているかい?」
「いつも仲良くやっています。ところで、学園長はアルフレイドくんと仲がいいと伺っていますが」
「まあ……。私が一方的にだけれどね」
ふと学園長が言葉を切ってココを見た。見据えているけれども、威圧はないような不思議な視線だった。ココは視線から逃げるようにうつむいた。
僕が変な視線の学園長をじっと見ていると、学園長がそれに気づいて苦笑した。
「おっと失礼。学生が奴隷を持っているなんて珍しくてね。アルフレイドくんは私のことを嫌っているみたいだし」
それなのにどうして仲良くなったのだろう。いや、仲良くなったというのは変かもしれないけれども、きっかけは何だろうか。
「嫌っていると言いますが、知り合ったきっかけは、どんなものだったのでしょうか?」
「名前だよ。名前がアルフレッド・ルシドールだからさ。つまり、愛称が同じ アルフってのがきっかけさ」
「それは面白い繋がりですね」
「だから、おなじアルフ同士で仲良くしたいんだけれどもね」
そう言った学園長が、少しだけ悲しげに呟く。
「まぁ、彼にとっては同族嫌悪みたいなものかもしれないね。いろいろな意味で出身も同じだからかな」
さらり流れた寒い風に学園長のフードが揺れる。その隙間からアルフと同じ色の髪がなびいた。
学園長の手紙の受け取りの確認が終わる。ちゃんと相手は受け取っていたみたいだ。
そのまま会話をしているとアルフがやって来た。むんずとこちらに向かってくる。
学園長がイタズラのバレた子どものような微笑をした。
「また君と話せて嬉しかったよ。それでは失礼するね」
学園長が去っていく。その後ろ姿を、不機嫌なアルフがしっしっと学園長を追っ払った。
「アルフ、そこまで嫌いなのか」
「別に。なんとなく嫌なだけだ」
言葉に棘がある。本当に嫌いらしい。すぐに別の話題に変えよう。
「そういえば、アルフは朝からいなかったよな?」
「アイツに呼ばれてたんだよ」
アルフの視線の先には、学園長がいた。視線に気づいたようで、こっちに手を振ってきた。アルフがキッと睨み返した。
「ったく。模擬戦争で呼ばれてな。オレが学年トップだったらしいから、奨学金の話が出た。来年も大丈夫だ。あと、ついでに聞いたがお前の審査も通ってたぜ」
「そっか。また運よく貰えてよかった」
「大丈夫だ。お前は特別だからな」
「誰にとって?」
「知ってるけど、オレからは言えねぇよ」
何かの介入があったのだろうか。介入できそうなすごい知り合いと言ったら、義姉しかいない。
ハチャメチャしてた時に、帝国に貸しを作っていたのかもしれない。ちょうど十年前だからありえなくもない。そもそも学園の存在を聞いたのも、学園へ行くように一番に熱心に説得してきたのも義姉だったりする。
何か帝国に縁があるのかな。説得する表情も気迫がこもっていたし。
「話は置いてさ。アルフ、学年トップおめでとう」
「ユーリが幻術師のせいで二つ持っていたのを奪ったから、それが適応されただけ。それが大きかったかもな。運がいいだけさ」
「差し引いても、アルフだからこそだよ」
「まあお前がいてくれたから。オレは背中を気にせずに戦いきれたんだ。いつもありがとうな」
さらっと恥ずかしい事を言われた。アルフが意地悪そうな笑いをしてきた。
「おいおい。照れてるのか?」
「照れるはず無いだろ」
「じゃあ照れさせてやる。愛してるぜー」
「うわっ、あざというえに気持ち悪い。それ、男に言われたくないや」
「本音だから仕方がねぇさ」
「それ以上言うなよ、馬鹿。胸が悪くなる」
……なんで、今日は必要以上に恥ずかしい思いをさせる人が多いんだろうか。
目的の訓練場に入る。
背の高い屋根に広い空間。無機質な青色の内壁がほのかに光っている。ひと言でいうなら耐魔法補強が充実した体育館みたいな場所だ。
いつもはガラガラな訓練場は、今日に限って混んでいる。僕と同じことを思っていた人も多いようだ。
空いているスペースを探していると、見知った顔がいた。亜麻色のセミロングの髪を揺らしているフランだ。
フランは片刃のナイフを投げていた。投擲されたナイフは手裏剣みたいに回転しながら、木の的へ突き刺さった。
これはすごい。魔法なしで五メートルくらいは飛ばしていそうだ。
ふいにフランがこちらに気がついた。
「お疲れさまです。やっぱり明日だからですか?」
「ちょっと緊張してね。ところで、フランには凄い特技があったんだね」
「これの事ですか? 身内の中だと一番に下手なんですけれどもね」
手持無沙汰なのか、フランがナイフの切っ先の上にナイフを乗せてバランスを取りながら話してきた。
どんな身内だよ。
「私の親は探検家なんですよ」
「そうなんだ。ティティリアだから樹木医だと思ってた」
フランが騙してやったと言わんばかりの含み笑いをしてきた。
「お父さんの苗字がローグリンストンで、結婚するまでその苗字を使っていたんですよ」
「あれ? それって、男の名字だよね」
「私は拾われの子で同性の親がいなかったんですよ。お父さんはお宝発掘しようとしたら、山小屋で私を拾ったらしいです。それで帝国で親探しをしてたら、お母さんにひと目ぼれ。お父さんは探検家を辞めて、ただいま絶賛お手伝い中ってね」
サバイバルなら私に任せてほしいと自信を持って威張られた。
そういえば前回の野営の授業。お菓子ばかり持ってきて、いざとなれば狩ってくると言っていた。本当に狩ってくるつもりだったのだろうか。
「フラン。探検家ならナイフ以外の投擲って分かる?」
「感覚でいいなら、だいたい分かりますよ。ナイフが無いって意味なら貸しましょうか」
「針投げが不安定でさ、どうやったら上手に投げれるかなって」
「針なら無転投げですね。たぶん、こんな感じで投げるはずです」
フランに針を渡す。
針先を上に向けて、人差し指と薬指で挟んだ。針に中指を添えているのはバランスの微調整だろうか。
フランがL字に腕を曲げて降ろすように投げる。小さな音が的に刺さると、フランが小さく喜んだ。
「やった、刺さった。練習する距離は、私が両手を広げるよりもちょっと長いくらいが良いかもしれませんね」
「教えてくれてありがとう、フラン」
「どういたしまして。ちゃんと投げないと、壁から跳ね返るので注意してくださいね」
フランが投げるフォームを指導するために僕の横にまわった。すると、フランがきょとんとした顔をした後に、納得がいったように頷かれた。
「正面から見てたので。ジャケットの影にいたんですね、ココアちゃん」
「ココ、離れて」
「……駄目ですか?」
そんな儚げな声で言うな。否定しにくいじゃないか。
フランがニタリとしながらイジワルそうな目になった。
「なるほど、そうだったんですね」
「何が?」
「意地っ張りと言いますか、あまり教えを請うタイプじゃないですよね。何があったんだろうなと推理しただけですよ」
「それは推理じゃない。邪推だ」
そうですかーと、フランに忍び笑いをされた。




