表現者への演奏家9
「そーくん」
「なあに?」
「私、テレビ出ましたよ。」
「うん。」
「歌、うたいました。みて。」
とてもたくさんほめてもらった。
期待の新人だって。
「あ、ほらみて。
きみの笑顔がかわいいって。」
「ううん、ちがうの。ここみて。」
「ん?」
「昨日、ピアノ弾いたのは誰?」
「誰だろうね。」
そーくんにはわからないだろうなっ
本番直前で、そーくんを見かけたわたしの気持ちなんて。
「どうして...?」
「ん...?」
「どうして出てくれたの?
私が初めておっきなテレビに出たから?」
「んーまあ、演奏する人がね、調子は悪いってきいてたからね。
だから早めに帰ったんだって。」
まあ、それはそうだろうけど。
「私ちょっとおこられたの」
「どうして?」
「立ち位置からズレていってるって。」
彼は笑いをこぼした。
「やっぱり、見てる人はみてるんですね。」
「アイドルの子のときの演奏か...そんな子は何人かいたけど。」
「でも、私が1番上手かったでしょ?」
「素敵だったね。」
「で先生、大御所の歌のときも弾いてたけど。」
「そうだね。」
「プロの仕事ですね。
さすが、うたいてへの演奏家(本業)。」
「はい。」
先生は自身たっぷりの顔。
でも。
「きみも自信がありそうだね。」
「だってよかったから。
わたしたち、いちばんだったもの。」
こんなの、もちろん順番ではないけれど。
でも、いちばんなのは変わりないから。
「ありがとう、きみが喜んでくれてよかった。」
「いっぱい喜ぶからもっと出て?
私だけの曲もっと作ってよ。」
「んー?」
「頼ってほしいって言ったでしょ?」
「うん、...うん。」
彼は噛み締めるように頷いた。
...かわいい、すき。
それに、すごく頼りになる。
「今度はどんな歌つくったの?」
「かわいらしい歌かな。
でも、歌が上手な子が歌うと映えると思う。」
私は、渡された譜面を見て、歌ってみせる。
彼はそうそう、と頷いた。
これはアイドルでも歌える。
でも、歌手が歌えばそれだけ広がる歌。
なぜなら、わたしはそのどちらをも叶えることができる。
「これ売れますかね。」
「どうだろう。
でも私は、戦略より実力でパンチするのが好きだよ。」
「そうだね、だってこんなの...。」
界隈が唸るに違いない。
そう。
私たち、実力で殴り込みにいくことにしたんだ。
「いいね、きみもいたずらっぽくて。」
「ね。」
だって。
まず私のアイドルと歌手の二面性で歌を魅せる。
とても自信があるけれどそこに、
もし、何かの拍子で彼のピアノが加わったら。
...聴衆なんて、それこそ唸るしかないだろう。
そう思うとわくわくした。
「やっぱり、私たちってお似合いですよね。」
そう言ったとき彼は思わず声を出して笑った。
「なんで笑うんですか。」
「だって、すごくうれしいんだもの。」
「うれしいの...?」
「...うん。」
「わたしとするの...すき?」
「...タカトーさん...。」
そのあと、なまえで呼んでって頼んだら。
彼は一度、黎子とよんだあとに、
「きいてて...それでいっぱいきいたら、いっしょにうたって。」
と、ピアノを弾き始めた。
彼は何かこまったときにピアノがあるから便利だと思う。
すぐにかっこいいところを魅せられるのだから。
ああ...うっとりとする。
このままずっときいているのもわるくないのに。
彼はそのうち、わざわざ誘ってくる。
そういうところがとても上手。
だからわたしも、いっぱい酔ってうたってあげる。
そうしたら、結局動揺するのは彼のほう。
「とめなくていいのに、今のすごく綺麗な演奏だったよ」
「...音、外した。」
「うん。でも、それもそーくんの良いところだもん。」
「こんなのだめだよ。」
「だめじゃない。」
「だめ...っ」
彼がとても動揺したのは、私がピアノに触ったから。
ううん、彼の手に...。
「ここ...もっとこっち...こういう風に弾いて?」
彼はふるふると首を振っている。
そんな風にしたら...。
「やだ...こんなの、だめになっちゃう...っ」
彼の目が、うるうるとして...。
いつぞやの、いえ、
まるでうさぎのようで...。
もう...。
もういい、食べます、いただきます。
「弾いてください。」
「...。」
彼はあっさり根負けしてまたピアノを弾き始めた。
うん、とてもおいしい演奏です。
でも。
こんなんじゃたりない。
「...もっとできるよね?」
「...もう勘弁してくださいっ」
「あれ?もう疲れちゃったの?」
「もう憑かれたから...あっ」
私は、彼の耳元で囁いた。
「ね、せんせいって...ほんとうは、
わたしのこえに、よわいんですよね?」
「...っ」
「せんせいなのに...わたしのこえで、興奮しちゃった...?」
「や、やめてくださいっ」
ああ...涙目だ...。
「先生がちゃんと弾いてくれたらやめます。」
「ちゃんと...ちゃんと弾いてるじゃないか。」
「じゃあもういっかい弾いてください。」
「...。」
「弾いて。」
私がまた耳元で囁くと、思わず彼がきゅっと目を瞑ったのが分かった。
反応がいちいちかわいすぎる。
こんなにいじめ甲斐がある人だと、癖になってこまっちゃうんだけど。
先生のこんな一面を知ってるのは、わたしだけだよね。
「でもね、黎子さん。」
「え...?」
「売られた喧嘩は買うっていうのが、男の主義なんです。」
彼はそれから私がいった通りにピアノを弾き始めた。
差し詰め穏やかだけど、どこかへんだ。
そういえば、うさぎはよく...。
「せんせい、倒れますよ。」
「え、どうして?」
「なんとなく。」
「うーん...。」
彼はひと通り何かを考えたあと、私に向き直った。
「分かるかもしれないんだけどね。
俺は、確かにきみの声に弱いけど、
それ以前にきみの歌が大好きなんだ。」
「ありがとうございます。
前にも言ってましたよね。」
「うん。」
「じゃあ私のことは好きですか?」
「それは、どちらが先かってことかな。
それは難しい。俺は演奏家だからね。」
彼はいたずらっぽく眉を顰め、そのまま笑みを浮かべた。
そう、難しい表情だ。
それでいて単純な、苦笑い、というやつ。
さすが、彼は留めどころというものがよく分かっている。
そして私がへそ曲がりだってことも重々。
「きいてて...それでいっぱいきいたら、いっしょにうたって。」
私が何か言う前に、彼はたっぷりとした間を使ってふたたびそう言った。
それから、思いきり高速な曲を自信たっぷりに弾きはじめた。
超絶技巧です、といったかんじ。
彼の努力と才能の結晶といったところで、
まあ、それが弾きたいときもあるだろうとは思うけど。
ん...?
だんだんおそくきこえる。
これくらいなら、わたしにも...?
というくらいにゆったりときこえてきて...。
でもそれほどテンポは変わらないはずなのだ。
うーん...、
とりあえず、合いそうなメロディを探して歌ってみると。
あ...。
おそくすると、結局はおなじってこと...?
彼は、せいかいだといって笑った。
彼を知った気でいたのはわたし...?
見つめると、彼はふるふると首を振った。
いや、まるでするすると糸が容易くほどけていくように。
彼はいろんな音を教えてくれた。
だからわたしは、彼がいちばんだと思った。




