表現者への演奏家8
「媚をうる?」
「はい、先輩得意そうだから。」
だからたぶん、この歳でも事務所お抱えのボイトレやプロデューサーしてるんだと思う。
彼はお世辞でなくとも愛想が良いのは周知のことだそう。
「わたし、それなりに笑顔でも、特定のお偉いさんたちに尻尾振るなんてできないんですよ。
元々そんな性格ではないし...でも...。」
「うーん...。」
彼は珍しく悩んだ仕草をした。
いつもならスパスパ奏一節を披露するのに。
それほど、彼は現実的に内通しているんだろう。
この事務所、小さいが取引先はまあまあ大きく仕事もおおくふってくる。
ただ、界隈で求められる人材は当然ごく一部。
それを界隈全体で分け合うのだから、厳しい。
何がって、信頼の獲得が。
一旦選ばれないことはないのだろうが、それを持続させるのは至難のわざ。
実際、私などでは代えがきくようで仕事は少し減った。
「高遠さん。」
「はい。」
そして珍しく彼が改まった口調で居住まいをただしたため、少し身構えてしまう。
これは、下手をすれば説教されてもおかしくはない。
まあそうだ。
媚を売る方法を教わるなんて、あるまじきこと。
...。
「媚をうるのは、私にしてください。」
彼はまっすぐながらも、伏せたような目で言葉を口にした。
「...え...?」
「俺のこと頼ってよ。」
...。
「あ、の。」
「たよって。」
「わ、わかりました...からっ」
かろうじてそう言うと、彼はにこにことしている。
...そこで。
さっきの目がとてもまっすぐ鋭いものであったことに驚き、私は刺されていた。
これは...なんだ...。
捕食...?
それからは怒涛の展開だった。
...、
「も、もう...勘弁してくだ、さい...っ」
「あれ、もうつかれちゃった?」
「だから憑かれたっていって...あっ」
また演奏が始まる。
これはわりと本気で私を落としにかかってる...!
そのために、またピアノ(ちから)を使って...。
「うたって」
「な...なんっで...?」
あ...。
演奏が一旦止まったようだ。
でも急にとまったから、それもびっくりだ...。
「今まで君のためにならないと思って我慢してたんだよ。
でも...こんなのってない」
な、なにが...、
...え、
なんだか、急に優しい曲調を奏でだした。
「...これならいけそう?」
「あ...はい。」
でも、なんだかくすぐったいような。
私がまた歌い出すと、彼は心地よくついてきてくれた。
...ん...と...。
とてもいいんだけど。
なんだか...。
あ、また止まった。
「どうしたの?そわそわして。」
「いえ...。」
「もうやめる?」
「いいえ...まだ。」
「無理はしなくていいよ。」
な、なんで今さらそんなこと...。
...あ...
「...ん...?」
彼の長い指がまた優しく鍵盤に触れようとしたところを、まじまじと見つめてしまったのが、ばれた...。
「な...なんでやめちゃうんですか...?」
「つかれたでしょ。」
「でも...今は歌のレッスンの時間ですから。
...あ、そ、それならっ
いまお水だけ飲ませてください。
そうすればまた歌えます。」
「いいけど、ゆったりね。」
ゆったり...。
それもいいけど、なんか...。
焦るような気持ちだけど、なるべく出さないようにゆっくり水を飲んだ。
そうしたら、案外飲み干してしまう。
「ああこれ。
さっき買って口つけてないから、また喉乾いたらどうぞ。」
「あ、ありがとうございます...。
でもせんせいは...?」
「さっきいっぱいのんだからいいや。
きみと違ってあまり歌わないし。」
とはいうが、また再開すると。
彼は歌を口にすることがある。
どんな歌かは言うまでもない。
確かに潤いに富んだ歌で、彼が演奏者留まりではないことがわかる。
そのまま、また演奏がはじまった。
たしかに、ゆったりとしている。
その曲は同じなのにまったく違う表情をみせた。
でも...やっぱり。
さっきのほうが...。
「調子、わるいね。」
「だって、せんせいが...。」
「俺が、どうしたって?」
「だって...この曲、そんなにゆったりするのが似合う曲じゃ...ないし...。」
「そう?
俺はこっちの方が好きだけど。」
...先生が意地悪してる...。
「もう...止めないでください。」
「だって、音外したよ。」
「だからそれはっ」
「それは?」
「...とにかく、もういっかい歌わせてください。」
「こらこら、無理はしないの」
「無理じゃないです、から...。」
...また、その指が...。
音を奏ではじめて...。
...せめてとまらないで...。
私は一生懸命に歌った。
今まで1番、真剣に。
そうすると、だんだんと力加減が増してくるのが分かる...。
あ...それ...が...。
ほし...、
「ふふ、いい歌だね。」
「...。」
「あれ、タカトーさん?」
...おねがい...、
「おねがい...します...」
「...」
「さっきの...演奏を、くださ...い」
...。
「はげしく...して、ください」
「...え、高遠さん...きみは...」
「奏一さん...」
「待って、いいよ。
演奏はいつでもしてあげる。
だから、
そんな目で見つめるのはやめよう?
あと...さっき、なんか言い方もちょっと...」
「奏一さん、好き。
わたし、奏一さんのこともっと知りたい。」
「...。」
彼は黙っていたけど、また曲を弾きはじめた。
私が今1番、欲しかったこたえを。
そう、私がほしかったのは。
表面的な関係を作ることじゃない。
あなたのことだって、表面的な事実を知りたかったわけじゃない。
だから...そう、彼はおもしろいことに。
そのとき、はじめて彼も、
おとを、はずしたのだった。




