表現者への演奏家(いたずらっ子)
「はい鍵、借りてきたけど、ここでなにするつもりなの?」
目の前の後輩は、相変わらずヘラヘラといたずらっぽい笑みを浮かべて、マンションの一室を開け放った。
「おと...もうちょっとしずかに」
「いいじゃないっすか。
だってここ親方以外に誰も借りてないんでしょ?」
「まあそうだけど。」
「それよりパソコンどこ?」
「え、まさか俺にしたようないたずらするために、わざわざ鍵借りさせたの?」
「いったいそれ以外に何が?」
後輩である奏一くんという男の子は、家主のパソコンを見つけたようだ。
すぐに起動して内容をチェックする。
思わずおかしいな、とうなってしまった。
「何が?」
「いや...そのパソコン、調子悪いはず。」
「ああ。とりあえずこうやって電源抜いて再起動すれば直ります。」
「にしては起動が異常に早くない?」
「こういうのもコツがあるんで」
「きみ、前にもここ来たことある?」
「にーさんより来てますね。」
「じゃあきみが借りたほうが早くないかなぁ。」
「一緒にやりましょうよ。
そうすれば仕事もっと増えますよ。」
一緒にというのは、いたずらをということだろうか。
と思っている間に奏一くんはファイルをひらいて曲をいじりはじめた。
ここは作曲者の部屋だ。
家主はプロデューサーとしてもまあまあ知名度があり、古株の実力者だ。
「奏一くん、さすがに勝手に曲を変えるのは悪いんじゃないかな。」
「いいえ、変えません。それに俺は勝手に部屋に入ったわけではないから。」
「え、許可は得ていたの?」
「にーさんが言ったことと同じですよ。
いつでも入っていいって。
パソコンのパスワードがもし当てられるのであれば、曲もいじっていいって。」
「パスワードわかったの?」
「はい。
だってにーさんと同じじゃない、これ。」
それは信じがたい。
誰かの誕生日とか、そういう単純なパスワードではないはずなのに。
...このおとこはなぜ色々と分かるのだろう。
「顔に書いてありますよ。」
「音、じゃなくて?」
「音はひくものでしょ」
それはそうかもしれないが。
一応きいておくか...。
「ねえ、作業中にきいていいかな。」
「どうぞ。」
「どうして俺の曲...なおしたの?」
「なぜなおせないんです?」
「普通じゃ時間がかかるんだよ。
そういうことに気づくのもさ。」
「ちがいますね。
時間かけて変えてしまったからです。
素直に、浮かんだことそのまま弾けばいいものであるのに。」
「きみは浮かんだことをそのまま演奏にできるの?」
「はい、そのままです。」
それが普通できないから困るんだが。
と、目の前の若者に言っても無駄なことは分かっている。
彼は天才だ。
天才には天才にしかわからないことがある。
じゃあきみは指がそれ以上のことをおもいついてしまったらどうなるのか。
そうきいてしまい、彼がにこにこと勝ち誇った顔をしたのを忘れられない。
彼とは仕事上もテリトリーを分け合っているので、もう悔しいわけではないが。
...すぐに曲ができあがったようだ。
一度もプレビューしないまま、一度でそれを作ってしまった。
そもそも元はメモ書き程度で手がかりも少なかったはずだ。
それを実寸より短い時間で...およそ2分で5分以上の曲を完成させた。
「ちょっと待って、それどうなったのかきかせてよ。」
「さいごでいいじゃないですか。」
「きみ、見直しをしないで次にいくの?」
...ああ、また言うまでもないことを。
でも、彼は次の曲をいじるのに夢中で気づいていない。
彼の手が珍しくとまった。
そのまましばらくうごかない。
...どうしたのだろう。
とはいえ10秒くらいだが。
「ねえ伊上先輩、この子だれ?」
「え」
「この子だよ。」
「...ああ、あのさ。」
ひとまず音をきかせてくれ。
きみが天才なのはわかるけど、音の波形を見るだけで判断しないでくれ。
と注意すると、彼はさすがに曲を流した。
それはなんの変哲もない、アイドルの曲だった。
「これ、たしか新しくあの人がプロデュースしてるアイドルグループの曲だよ。」
...そんなにおもしろい曲だろうか。
普段ヘラヘラな彼の初めてみる反応のほうが気になってしまう。
「先輩これ、ひとではないでしょ。」
「ああ...よくわかったね。
最近じゃ修正どころか、歌うのも人よりもこういう...?」
急にとまった。
そしてまた同じところを再生している。
...。
それも、繰り返し。
...なんだろう、気でもふれたのだろうか。
天才の考えることは相変わらずよく...。
「ねえ、この子だれ」
「...奏一くん?」
「この子、いまいくつなの」
「あのさ奏一くん。
何を思ったのか、おにいさんにも分かるように話してくれないかな。」
「とりかえてよ。」
「え?」
「おにいさんからも親方に言ってよ。
俺はこの子に会ってみたいんだ。」
そう言って、彼はそのトラックだけを再生してみせた。
流れたのは、おそらく幼い女の子の歌声。
制作が中断された曲に、たった一度だけ貼ってあった。
知り合いの女の子でも呼んだときに、片手間に録音しサンプリングしたのだろうか、といった具合。
どちらかというと、曲の趣向を変えようとしたが消し忘れていた...くらいに微かであり、気づけば不自然でもある。
だってメインの歌声はもはや人間でもないのだから。
まあ、どちらにせよ。
「いいのかい、きみ...。
俺の立場なんて大したことないよ。」
それこそ、アイドルを売るために曲を作るなんて...まだまだ荷が重いくらいの立場だ。
俺も曲をつくるしプロデュースはほどほどに志望するけど、もちろんこんなんじゃ敏腕プロデューサーにはほど遠い。
むしろ、こういうのは万能で天才の彼にこそふさわしいとおもう。
彼であれば、表現者側がどんなかたちであれ、売れようが売れまいがぜったいに認められてすぐ大物になる。
俺は、自分の曲をいたずらにいじられて、あんなにも変わってしまったのだから。
...というか、今度さっそく彼が関わる案件はまあまあ大きいような...。
「きみ、最近話題の天才歌姫の曲をはりきって任されてなかった?」
「いつでもすぐにできるけど、伊上さんがこの子に関わるってことになってるなら変わってほしいんだ。」
「この子って...俺だってまだ誰か知らないし。」
「きっと俺とそんなに変わらない歳だよ。」
作成年月日が確かに...10年くらい前。
...簡素で年式も古そうだったけど、10年以上も使っているパソコンなのかこれ。
...一瞬、運命の出会いに瞳をきらきらさせている彼をみて、俺もいたずら心が芽生えそうになった。
だって、こんなにも天才な彼が手を止めて気にする子って...。
どんな子なんだろうって俺も気になってしまう。
「やめたほうがいいと思うよ。
きみみたいな天才がわざわざ、地元の地下アイドルの曲をちまちまつくる仕事にシフトするなんて。
きみが売れたいってこだわりなんて微塵もないことは知ってるけど、さすがに非効率でしょ。」
「たべもののうらみって、とてもこわいんですよ。」
「...は?」
「たべもの(曲)をいくらわけてあげたっておなかがすくんです。
俺だって、たまにはおいしいものたべたいんだ。」
たべる...?
言い方にまあまあなクセがあるがどうやらこれは単純に...。
「え、きみ...もしかしてこの子に本気で惚れたの?」
「はい、だいすきなんです。」
「ああ...そう、なんだ...。」
「ねえ、イヤホン先輩。
俺、あいたいんだ。」
「それはわかったよ...。
この子に会いたいなら、きいてあえばいいじゃないか...。」
「せんぱい、おれとかわって。」
「し、しらないよ...それはあの人にきいて」
「一生のおねがい!」
「...。」
相変わらずだが、そもそも俺にどんな返答を期待しているのかがいまいちわからないので、考えていると。
「ああ...この子のことそちらのパソコンで調べれば誰かわかるんじゃない?」
「それは同じことです。」
「うーん?...ああ、まあ...」
「なあに?教えてください。」
「いや...なぜかあまり関係ないこと思い出したんだけど。
きみそういえば、歌もやるの?
たしかこの前お断りしてたところをきいたけど。」
「ああ、あれはお歌のレッスンですね。
空きが出たから先生をやってみないかって誘われたんです。」
「え、きみに?また経費削減?」
「事務所の英才教育だそうですよ。」
「...なるほど。
まあ...それだけなんだけどさ。」
「ええ、ひとには向き不向きがあるとおもうんですよ。
歌も先生も、俺には向かないことです。」
「だから断ったの?」
「そのときはちょうど...気分が優れなくて。
嫌なことも思い出しましたから、関わるのを控えました。」
「ああ...そういうことか。」
だから、あの奇妙な会話が生まれてたのか。
奏一くんは平然と断っているように見えたが、向こうから大丈夫か、休んだらどうか...と異常なほど心配されていた。
「でもきみ、いつもはなんでも断らないからね。」
「いつもは断るほどのことではなかったから。」
「ああ、それだと相当なことにきこえてしまうね、たしかに。」
「断ることもあります、それだけです。」
「どうしても引き受けるのはいやなの?」
「できることなら関わるのを控えたいと言いました。
それで代わりが見つかるようならば、ぜひそちらへと。」
「なぜきっぱりと断らなかったの?」
「それはわかりません。
普段なら、そうしていたはずです。」
「何か引っかかるものがあったのかもね。」
「せんぱい...おれ、たしかにあのときとても調子が悪かったんです。
受け答えしていることが、いつもとは違ってちぐはぐなことばかりで。」
とてもまともな言い訳をしているようにもきこえたけれども。
むしろ今のほうが、まともかといえばそうではなくちぐはぐにきこえる。
「もしかしたら、本当はとてもやりたいことだったんじゃないの?」
「そうかもしれません。
でも、どうしてそう思うかときかれれば答えられません。」
「...君でも悩みってあるんだね。」
「ええ、胸騒ぎがするんです。
いいことなのかわるいことなのかわからないけれど。」
「きっといいことだよ。
例えば、その話引き受けたらこの子に会えるとか。」
「え」
びっくりした彼の表情に驚いてしまった。
彼がこんなにも表情豊かだとは、しっていたようで全く知らなかった。
「それは...それはとてもやりたいですっ」
「ああうんでも...まだそう決まったわけじゃないけど。」
「きいてみます。」
と言って、さっそくあの人に電話している。
...決まったらやることがはやい。
携帯の向こう側から、
「ああそうそう、いるいる。奏一くんの好きそうな子。うっかりしてた、あのとき言っていればよかったね。」
ときこえてきた。
以前にも似た会話はきいたことあるが、仕事ありきで両者こんなハイテンションではなかった。
彼がわりと丁寧に経緯を説明すると、話が早いようですぐに彼女の名前がでてくる。
「高遠黎子さん...」
おつかいでも頼まれた子どもみたいな顔をしていた間に、歌が上手く愛想がよくかわいい...などと吹き込まれている。
これはまたうまく丸め込まれるやつだな。
天才も案外単純なのか。
ところでといったかんじで、
「ええ、頼まれた2曲はできてますよ。」
今さっきです、と言っている。
え...一曲を完成させたのは知っているが。
ここで流してくれと言われ、再生しはじめた。
...。
彼は平然としているが、これはとてもまともで...。
「感動的だ。」
「...。」
しばらく動けない気持ちでいたいのに、まもなくもうひとつも再生される。
そのもう一曲も、
「...希望にあふれた素敵な曲だ。」
そう評価された。
...ひとまず、どちらも現代の若者がつくる曲とは思えぬほど情緒に満ちたものであったのだが。
それでもなお、
「...まだ足りない。」
と。
奏一くんは、こまごまと熱のある評価をされている間に、さらにもうひとつ曲をつくっている。
...ほんとにおかしい。
この部屋はもちろん、新しいデスクトップもそれなりの機材も揃っていて、持ち運び用でデータ共有もできるタブレットも置いてあるのに、それに目もくれず埃までかぶっているようなパソコンを立ち上げ、それをものすごい速さで動かして曲を作っているのだ。
そのパソコンは、古いものでスペックも並以下なのでかなり動作が遅いはず。
実際家主がこの前久しぶりに立ち上げたとき、起動するだけで数分はかかり、それも何度も失敗して使えないと嘆いていたのを見たのに。
「できた。」
「はやいね。
それはなんの曲?」
「おそらくソロでかつB面の序曲です。」
「もしかして彼女へ?」
「いえ。純粋なお礼の曲です。
彼女へ作るものならば、さすがに時間をかけてより良いものへ変えていかなくては。」
思わずその矛盾へ突っ込みたい衝動に駆られたが、それも彼の思う壺なのでやめた。
ただ、中身はちゃんと歳頃の男の子のような気はして、人間味も感じられて安心だ。
すると、
「これ、貸しますよ。」
彼は、CDをケースに入れて差し出してきた。
「え、これきみがさっきつくった曲じゃないよね。」
「今書き出しました。
先ほどの曲と、この前ここへ来たときに親方と雑談しながらいじっていた曲も入ってますから。」
「...驚いた、軽くアルバムの曲数超えるじゃない。」
「だって親方、ここへくるといつもお話たくさんきかせてくれるから。」
携帯の向こう側から、
「それ先にこっちへかしてよー」
と惜しんでいる声がきこえてくる。
それに、
「イヤホン先輩のあとで貸しますー」
と軽い返事。
「いや、いいですよ。お先にどうぞ。
奏一くん、そこへ入れておいて。」
と、俺も譲っておいたが。
「そういえば奏一くん。君ってさ。」
「はい。」
「...あー...やっぱりなんでもない。」
「えー、気になるじゃないっすかー。」
いつものヘラヘラ具合に戻るし、その言い方だと別に大して気にしていることじゃない。
なので言い方を少しだけ変え、
「もしかして、普段はカッコつけているの?」
ときいてみた。
要するに、だいぶいつもとキャラが違うことがあるのが気になっただけだ。
「んー...たぶんカッコうもつけてますけどー。
どちらかというとやっぱり、キャラにはメリハリつけたほうが楽っすよー(^^)」
「どうして?」
「んー、人間関係?
そうすればある程度は、ふるいにかかるものだから。」
「メリハリ...ね。」
「にいさんとあの子(歌姫ちゃん)は合うと思いますよ。
そういう、ある種の裏表なんてない素直なところとか。
そういう正直なものが好きな人だっているんだ。」
「...それは、どちらかというときみにとって俺の音楽なんて安直すぎるってことでは?」
「全くもってそうじゃない、違います。言い方変えますね。
俺はあなたの音楽がとても好きなんだ。
それはあなたにしか出せないものです。
俺はただあなたのことを理解したいから許可を得て曲をさわってみただけだ。
あなたはとてもステキなひとだった。」
「...。」
いったん口を開くも、出てくるものがない。
目の前のは、あるいみピエロで...どちらかといえば苦手な人種なはずなのに。
「別にいいんです、理解されなくても。
あなたの音楽性は、流行りにより見失われても。
それに迷って合わせて変えようとしたってべつに構わない。
でもせっかく俺と知り合ったのだから、またいつでもここへ戻して差し上げますね。
あなたとはなにか。
気づけば、ここへ戻ってきているはずです。
今日のこのときのように。」
携帯がまだ繋がっていて、その向こうから相槌と、熱心な語りかけだってきこえてきた。
もしや、2人はグルだったのだろうか。
結局、いつもいたずらされるのは自分か...。
「そうはいってもね...。
俺、ここまでされる筋合いもないんだけど。」
「いたずらってロックオンされたらそれまでっすから。」
「いたずらされる方だってひとこと言ってやりたいよ...。」
「どうぞ。」
「例えば、作風に関する指摘ならさ、君は恋愛とかしたことある?」
「いいえこれからっす。」
「なのに君は最近ずっと恋や愛の曲ばかり作ってるじゃない。」
「よく頼まれるんで。
そういうときは、即席でも恋愛小説でも読んで勉強はしまっす...。」
「そう?
それに君、噂ではだいぶ色々あるときくけれど。」
「それって実は人間性の話です?
噂はうわさです。俺は大概まともに生きてますよ。」
「まともな子か...。
それなら、さすがに音をみただけでその子に恋するのは普通じゃないよね。
それとも、それすらヤラセってことかな。」
「ほう...それも感覚なんですね。
ただ俺自体はまともじゃなくても、まっすぐ生きようとすることはできます。
それでも俺は、身が焦がれるような恋がしてみたいんだ。」
「ああ、芸のこやしかな。」
「いいえ。
こころ豊かに生きたいだけで芸はいつやめたって構わないんです。」
そうなると困っちゃうけどなぁ、ともきこえてきた。
そこからまあまあ雑談をしていたが、2人の信頼関係がわかる。
でもこの流れだと、ほんとにポジションチェンジになるようだ。
それはそれで心配...。
「そうだ、今度3人でおでかけしましょうよ。
ずっと行きたがっていた神社へお参りもしましょ。」
そんな感じで締めくくって電話はきれたのだが。
「ねえ伊上先輩。」
「...なに?」
またいたずらっぽい笑みをたたえて...。
「サプライズ、されるのは嫌でも考えるのは好きでしょ?」
「え...まあ...ろくな考えもないけど。
来月なにかあったっけ...ああ...。」
「そうなんです。
親方の誕生日、何するか今から色々考えましょ。」
ほんとうにいつもいつも楽しそうだな、奏一くんは。
羨ましいけれど、なんだかこの子といればそんな楽しそうな気分をわけてもらえそうなので、今回はいくつか彼にのることにした。
そうすればいつか、彼にだってお返しの驚きを食らわせることができる...かもしれない。




