演奏家への理不尽
「俺の女を...
黎子をどこへやった」
おそらくおびえるきみだろうが、ひとまず冷静になりなさい。
なにもわたしの首根っこを掴むことはないだろう。
安心したまえ、わたしは、この物語の作り手ではない。
だから、ひとまず冷静に。
「...してやるよ、いつだって俺は冷静だったんだって話をな。
あんたなら少しは話が通じるだろ。」
もちろんだ。
なぜならわたしは今、神ではなく芋虫だからな。
「あんたの姿なんてどっちでもいいよそんなこと。」
なるほどきみは、鏡のようだな。
ひとまず、目の前にあるものをうつす。
「はーあ、ごちゃごちゃと。
いいか、俺は詩人じゃねえんだ。
そもそも黎子じゃねえ詩なんて意味はねえ。」
純粋だな、きみたちは。
「ちげえよ。
俺は演奏家だっつってんの。」
ほう...演奏家か。
「俺はたしかに、その演奏とやらをするために、音を出すために、めんどくせえことばかりやらされて、あんたみたいな芋虫呼ばわりで?挙句の果てには知らん道連れにされそうにもなった。俺は音なんて所詮出さねえからないつも。耳さえ塞げば都合がよかったんだろ。
あーあ、今でも首も頭も腹も...てかどこも痛え。指の感覚だってじつはぜんぜんねえし、咳?きたない血だって吐いたわ。
あーあいろいろとイタくてくるしかったよ?だからなんだ」
...。
「俺のことだれが虐めたのかって?俺の苦しみを分からねえのはひどいことだとか、あいつは嘆いてやがったが、そんなこと知らねえ!
俺が言ってやりたいのはな、理不尽のはどちらかってことだ。」
ほう...それではきみへの、理不尽とは?
「あんた俺の誕生日がいつか知ってるか?」
意味がありそうだな。
「1月6日」
公現祭の日か。
「ああ。あいつ無駄な知識だけ拾うんだよ。
えぴふぁにー
っつう酔狂な単語にやられたんだと。」
意味は、物事の核心への理解やひらめきのこと。
こんなことは、調べればすぐにわかることだな。
「俺の音がカクシンだ、愛に溢れるとでも言いたかったんだろ。
わらえる。俺からすれば、悪趣味だ。
俺の、なにがわかる。」
所詮、創造主であろうとも、わかった気になっているのは。
「いっつもいつもいつもいつもっ
過去、かこかこ過去。
そんでもって囚われてすごす仕方ない今ばっかしか書かれない。」
そうか...。
ところで、女の子の、誕生日は?
「...まず俺の歳は18。
なによりも、黎子はまだ16。」
彼女はまだ文字通り大人ではないということか。
「そうだ。だから俺は手が出せない。
あいつの趣味が、甘々しいうさぎちゃんみたいなキャラで、そういうのにも従わなきゃいけないし。
俺が20で、黎子が18にでもなっててくれれば。
その日のうちに、俺から口説きおとして大人として長く付き合ったのに。」
きみだから、やや手がはやそうだな。
「はは、これまた知ったように。
...俺は、黎子からの必死なアプローチに耐えられそうもなかった。だって俺からは満足にできない。それが切なかった。
俺は黎子への自信があるけれど、ちゃんと返事ができない呪いにでもかかってるんだろうなぁ?
キャラと、展開ってものがあるから、意味深な態度、ずっととってなきゃならなくて。
かわいい...おいしそう...照れくさいよ...れいちゃん。
そういうキャラじゃねえし。俺は食うもんは感謝だけして食う。それだけだ。
だから、俺も宣戦布告してやったんだあいつに。それだけの、きょくをな。」
クロノス。
なるほど...時の神ほど実りの明日が待ち遠しいということか。
「ははは!待ち遠しいどころじゃねえだろ。
黎子は俺がすぐにでも幸せにしてやるんだ。
俺と一緒にいればなにもかも間違い(できないこと)はなかったんだ。
なにも。」
ぜんぶ、余計なことだったということだな。
「ああそうだ。俺に同情なんかいらない。
ほら、同情するなら金くれっていうだろ?
時は金なり、だっけか?...はーあ!
......俺に時間をくれ。ほんのすこしでもくれればよかったんだよ。
...黎子のために用意したものは、実はもっとたくさんあった。
せめて、誕生日...一緒に祝いたかった。
きみのためならなんでもしたいって...それだけ頑張ってたたかって...言わせてもらったんだ......。
なのに...どうして。」
...つらいか?
「...いいや?
辛いのは黎子だ。
あんな顔で泣く姿。
黎子が絶望なんて、まったく似合わない。
ナンセンス、なにもかも。
そんなんだからいつまで経っても俺の音楽なんてものがあいつは理解できないんだ。
いつもいつもした気に、なりやがって。
愛なんて、そもそもがまったく知らねえくせに。」
では...愛とは?
「はっ?...あははははっ!!!
じゃああんたみたいな、迷える司おにいさんに、
死ってものの話をしてやるよ。」
死...か。
「俺の中には死神がいる。
でも、それはなんだ?」
Thanatos
「はぁ...そうだよ。いちばん呆れてるのは俺だ。
...じいちゃんが言ったんだ。
人生山あり谷ありだって。」
なるほど...音が良かったのだな。
「...やさしい音だった。
でも俺、あんなの初めてきいたから、それはなんなんだって、知りたかった。」
はじめて、うつすこと以外のことを知ったのか。
まあそれは、光が差し込んだ...ということかもしれないな。
「それまでも、〈絶対〉死にたくなかったわけ。
どうせ死ぬならろくな死に方はしたくねえ。
なよなよと生きたくない。ふらふらと逝きたくもない。俺は弱くない。何があったってちゃんと芯もって生きてきたんだから。」
そんなときに現れた死神...か。
「そいつ、なんて言ったとおもう?
お前もうすぐ食われるぞって。じいちゃんの声で、言ってきやがって...。
冗談じゃねえよ、って思ったんだ。
俺は食っても美味くねえ、ぜったい食われたくねえって。」
それが彼女にもしたつくり話か。
「そう。だから俺、なりたくもないもんになることにしたんだ。
色々らしくないことやってさ。
最終的に、大人になっちまったから先生とかな。
俺、ああいう説教くさい人間たちが1番センスねえと思ってたから。
だから...黎子にも...会ってそれっぽい説教...してやったんじゃなかったっけ...知らねえことをさ、それっぽく...。
そしたら...言えば言うほど変わってくのわかって...。
おれ...それまで女や子どもになんて...うたとか詩もぜんぜん興味なかったし...気のせいだとはおもったんだけど...」
...奏一くん?
「黎子って...うた...うまい、から...、食べたら...どんなあじ...するんだろ...いつ...食べたらいちばんおいしい.....?いま...かも...?
......お、れ...気が変になりそうで......
......黎子が女になってくの...みてると興奮してきて.......もう...ん...くいたい...おれのこと...さきにくっていいから...くわせて...れいこ...」
興奮しているが...ないているな。
「れ...れいこに...く...ぅ...あわせて...
あ...あいたい、よ...」
奏一くん...。
同じことを言った男に、会ったことがあるよ。
「...ああ...彼(美礼)か...
...は...あれはもう...くるしいから...曲をおくることしか、できなかった...」
...。
「どうしてあんなことするの...
俺でなきゃ...しんでた。」
それはわたしも、彼にお節介焼いたことがある。
「は...俺はひとりでも平気だ。
おれが、ここでなにされたあとで...
は...死ぬわけねえじゃん。」
そうだな。
「だって...2人で生きるんだ。
そして、2人で...いっぱい生きて...ふわふわして...ちゃんと...死ぬんだ...
ここで...ゆ、め...あきらめるわけにはいかない...」
そうだ...がんばってくれ。
「しぬわけに...いかない...
いかな...い...ぁ...あ...れいこ...れいこ...
さむいよ...いたい...た、たすけて...」
...。
「くらい...せ、まい...たすけて...」
そうだ...わたしはいもむしではない。
きみの姿を、隙間からうつしていた鏡だ。
でもきみは、ここでくだばる弱虫か?
あきらめて力尽きる泣き虫か?
「踏みつぶされた」くらいじゃ...死なないだろ??
さあ...手に...足に、力をいっぱい込めて。
「...い...ぅ...ぎ...」
たくさん...おのれを引っ掻いてやりなさい。
「ぅ、る、...じ、...ぃ...」
また、血で汚れるのもかまわず。
「ぃ...し...る...ぃ...るし...いいぃいいああ」
押し込められた蛹から出るんだ...!!!
もうすぐ、蝶になれる!!!
そうすれば、
「はっ...はぁ...あ...?あああああっ!!」
ほら、あかるい(痛い)だろう?
ここが、きみが元いた場所だ。
よく頑張ったね、奏一。
きみはもう、自由だ。
「れいこ...れいちゃん!!!!」
あ...え...!?
流石にまだその身体で...病室を出...
ばたばたと...かるいのか重いのか分からない音で全く...。
彼の生命力の高さには...何度も驚かされる。
ああもう、待ちなさい奏一。
せっかく、カガミと鏡合わせをしたのだから。
今度は黎子を、起こしにいこうよ。
不思議の国まで。




