表現者への演奏家28
「…れいちゃん?」
「奏一さん…!」
わたしは息を切らしながら走ってきた。
やっぱり走ったら間に合った…っ!
「あの、あのこれっ!」
「…これは…チョコレート?」
「はい。」
「ありがとうれいちゃんっ」
仕事のほんのすこしの合間だけど、走ったらたまたま移動しかけの彼を見つけて…渡せた。
…はあ…。
「だ、だいじょうぶ…?」
崩れそうになったわたしを彼が支える…。
だって、こんなヒールで走ってみたのひさしぶりだもの…!
まだ冬なのに…あっつい…!
「あ…私はもう大丈夫です。
仕事は…大丈夫ですか…?」
「うん。
…あ、おれからも君にわたしたいものがあって。」
「はい。」
彼もよくみると、顔が照れているしちょっとドキドキしているように見えた。
「ああでも…黎子さん…そんなに上着を脱ぐほどあついですか…?」
「すみませんちょっとだけ…。」
「涼しいならそれでいいけれど…なかは薄着ですね…。
いつまでもそれでいたら、風邪をひきますからね。」
「はい…。」
「これはあとでわたそうか?」
「いま…いまください!」
それ…音楽ですよね?
「うん…おれからはこんなものだけど…」
「ギブミーちょこれーとっ!」
「はは、ざんねん。
おれからは、のみもの…かもしれませんね。」
音楽はのみもの…?
新しいキャッチフレーズみたいですね。
「うんと…あい…す…アイス?」
「え??」
そんなににょろにょろしたもじでした…?
間違っては、いないはずだけれども…と彼は考え込んだ。
いいえ、達筆なんですね。
「あ、よく見たら、アリス(ALice)…でしたね。」
「よかった。やっぱりまちがってなくて。」
「でも、アイスもたべたい…!」
「うーんと…これで…ちょっとはつめたいですか?」
「うん…たしかにこれでちょうどいいかもなぁ…」
彼が差し出した飲みものとともに、いっぱいのんだ。
「でも奏一さん…私が走ってくるのわかってつくったの?」
「ふふ…おれはじつは、しごとでもいつでもここにいるので。
ゆっくり、あるいてきてくださいね。」
ああ…すごいこのひと。ぜんぶ見透かしてる。
こうはんは、ゆったりとした曲調だった。
「はぁ…」
「だいじょうぶ…?」
「だいじょうぶ。」
ひといきつくと。
「…オレの文字…もうすこし綺麗になった方がいいね…。」
「へ?
いやいや奏一さん。これ以上キレイになっちゃってどうするんですか?」
「ん?」
「音楽、綺麗だから。」
「ん…。」
彼は照れながら、ありがとうといった。
「でもおれには…こんなことしかできないから…」
「いえいえ、じゅうぶんですよ。
それにわたしだって、あしたもここで仕事入れちゃったんです。」
「うん…でも…。」
「あしたは、奏一さんといっしょ。」
「うん。」
あしたは、いつもより大きなスタジオ(ここのなか)でふたりで音を合わせる日。
それでいて、わたしの誕生日だけど。
たしかに ふたりきり じゃなくても、そんな日に一緒に仕事ができるのはとてもいいことだとおもう。
だから今日は、仕事が終わったら、しっかりと休まなきゃなぁ…。
「奏一さん、おつかれさまです。」
「はい、おつかれさまです。」
「わたし、そろそろ行きますね。
また明日会いましょう。」
「うん。また…。」
彼は手をひらひらとした。
わたしもそれに振りかえす。
「れいちゃん」
その、音楽はね…。
「…奏一さん?」
「…ううん、
おしごと、がんばってね。」
「はい。」
彼は、まだ…うたのがくふを持っていた。
やっぱり、わたせなかったな…。
そういってしかたなく、わらった。




