表現者への演奏家20
「そうくん/れいちゃん」
呼ぼうとすると、彼と被った。
このままじっとみつめていると、惹きつけあってしまうので、仕方なくそらした。
彼も目をまともにみせないが、わけはそんなかんじだとおもう。
さいきんはずっとこんな感じ。
お互いのきもちはよくわかっているつもりなのに。
奏一さんは、そうやって少し目線を外したまま、ピアノを弾きはじめた...。
...。
それを黙ってきく。
もう、先生と生徒という関係ではない。
それもふつうにそうではなくなったので、相変わらずのこのスタジオにきたのは、音合わせのため...、
...だめ、なにかがいつもとちがう。
それも、前にちょっとだけ苦しいときと似ているような気もするけれど、これはこれでまた...まったくちがうもので...
...。
彼が演奏をやめた。
「...きみには...わかってしまう、かな...」
「...」
「おれの...どこかちがうよね...」
「...」
「こんなの...じゃないよね...」
...。
「たぶん...最近調子が悪いんだと思うんだ。
おかげさまで、うたはいっぱい知ってもらえて、褒めてもらえて、俺の名前だって...あれからいっぱい知ってもらえることふえたのに。」
...。
「なにがちがうんだろう...。スランプ気味ってことなのかな...?」
「...もういっかい、ひいてみて」
「うん。」
またピアノの音がはじまって...。
まだフレーズもまともに弾いてるときじゃない...のに...っ!
...ああ...だめだ。
もうなにもかんがえられない...。
「れいちゃん...どうした...?」
「つづけて...」
「いいけど...いや...ぐあいがわるいの...?」
「いいえ...」
「...やっぱり少し休んだほうが...」
「いいから、もっとおとがききたいの!」
...。
......。
え.....。
「ごめんなさい...奏一さんわたし...」
「ううん、俺はへいき...。
きみは...だいじょうぶ...?」
「あ...あのわたし...、」
さっき、やめてとかききたくないとか、最低なこといわなかった...?
こわい...いってたら...どうすればいいの...?
...。
「おとがききたい...?」
「え...?」
「きみがさっき、そういってくれたの。」
「そう...だったの...?
だって...つよい言い方しちゃったから...」
「...ううん、君はまた必死に俺のこと知ろうとしてくれたんだね。ありがとう。」
奏一さんはまたそういって笑うけど、本当にそうなのかな...。
「...俺の演奏、気づいたらはやくなっている気がするんだよね。
いつもなら、ゆったりするところはちゃんとそうするしできるんだけど。」
「...はやくなっちゃうの...?」
「うん...それに、音もたくさん...。」
でも、それについてひとつ言わせてもらうと。
あなたぐらい中身が詰まって濃い演奏が、たくさん重なってはやくなったら、どうなるかってわかってるのかな...。
「あのね、奏一さん。」
「はい。」
「すごく...よかったの。
奏一さんの演奏。
たしかにはやいかもしれないけど、ひとつひとつの音が丁寧だから...きいていてとてもきもちがよかったの...。」
「...そう、かな...。」
「うん。だから自信持って。」
「ありがとう、きみがそういってくれるならうれしい。いっぱい自信がわいてくるよ。」
「...ああでも、調子がわるいっていうのも、わかるかも。」
「ほんと?」
「うん。
だって、こうやってふたりきりで会うのは久しぶりでしょ?
だから、どんなおとであってもききたかったんだよなぁって。」
「うん。おれも、きみのうたがききたいな。」
「調子、わるいよ?」
「かまわないよ。
だって、おれはずっと...。」
「ん...?ずっと?」
彼は黙ったけど、観念したのかこう白状した。
「...きみのことで、あたまがいっぱいで...。
だからたくさんのおとで、いっぺんにきかせなきゃって...おもってしまったのかも...」
「そんなに、わたしのことすきなの?」
「うん...だいすき。」
うれしい。
じゃあわたしも観念してあげる。
「奏一さん、音がたくさんではやくなったって言ってたけど。」
「うん、おしえてほしい。」
「ほら、翔さんが奏一さんは変にカッコつけるって言ってたでしょ。」
「うん...。」
「それがきっと、かっこよくなったってことだとおもいます。」
「かっこよくなった...?」
「うん。
奏一さん、かっこいい。」
彼がとても照れている。
...やっぱりかわいい。
だから彼はわかってないんだ。
演奏が大人になってしまったんだってことに。
彼の演奏はまだまだ成長する。
彼が成長しているのと同じように。
もちろん、元から演奏は大人だったしカッコよかった、だれよりも。
でも今の演奏を、彼の曲を実際にきいてしまったら、誰だって惚れないわけにはいかない。
惚れ直さないわけには、いかないんだ。
あんなにわがままになってしまうくらい...。
今まででいちばん独り占めしてしまいたいっておもうほどに、芸術的で惚れぼれする演奏だった。
でも。
「...そんなに褒めてもらって嬉しいよ。
でも、だからこそ気を悪くするかもしれないけれど、しょうじきおれはね...自分できいていておもったんだ。
なんだか...かっこわるいなぁって...。」
「ふふ...あはは!」
「え、黎子さん...?」
「奏一さん、それ。
眼鏡、かけてるからじゃない?」
「あ...。」
「どうしたの?
カッコつけたくなったの?」
「そ...うです...。」
もう笑いがとまらないよ...。
「だ、だって...ほんとに演奏の調子わるいんだもの...だからちょっとは...おれだって...」
「カッコつけたかったんだ...前と同じでフレームが変なのに?」
「...よくみたら、まだマシだなっておもったの。」
「うん...いいよ、奏一さん。
すごくいい...っ」
「黎子さん...?」
ああ...わらいすぎる...。
でも、彼の必死さがよくわかる...。
実際、眼鏡はとてもよく似合っていた。
それこそ惚れなおしてしまうから、それについてなにもいえなかった。
でも...カッコつけたかったからだなんて...!
だってこの前は、そんな理由でかけてきたなんていわなかったのに。
距離が縮まってる...安心する。
「でもそれちょっと度が入ってるんじゃないですか?」
「いちおうね。」
「いらないんじゃない?
翔さんは、奏一さんとても目が良いっていってたもの。」
「今はそうでもないんだ。」
「そう?
じゃあ...こんどいっしょにつくろっか、めがね。」
「うん...」
こうやってなんでもいっしょにって言われるとよろこぶ。
もうその時点で、彼のカッコつけ方はある意味堂に入っていない。
そこが彼の魅力だ。
「でもね、黎子さん...」
「うん。」
「俺の演奏は、うたいて(きみ)のためにあるものなんだよ。
こんなにいっぱいの音でたくさんはやくすればいいってものではないんです。」
「だいじょうぶですよ。わたし、プロだから。
奏一さんの演奏に合わせられます。」
「え...それは...」
本末転倒では...?と言いたかったんだろうけど、奏一さんはそれをのみこみ、ひとまず合わせようといった。
うなずいて、あわせてみる。
こうやってちゃんと、歌が入ると余白をもってわたしに場所を譲ってくれているはず。
さしずめ穏やかな音。
カッコつけてる...?
それはちがう。
彼がちょっとあたまをからっぽにしただけ。
なんにも...かんがえられなくなってるのかもしれない。
さっきのわたしと...同じように。
「...奏一さん、どうしました?」
「...きかせて。」
「ぐあい、わるそうですけど...?」
「いいえ。」
「少し休みますか?」
「もっと...ききたい。
きかせて...きかせて?
おれもいっぱいおとを弾くから。」
そう。
いつだって彼のつよい言葉は、さしずめ穏やかなものだった。
だって彼は、さっきのフレームなどすぐに外してしまったのだから。
「そうくん/れいちゃん」
呼ぼうとすると、彼と被った。
このままじっとみつめていると、惹きつけあってしまうので、
また、演奏をはじめた。
ここであれば、どれだけ惹きつけあったって構わない。
演奏はおだやかな、ままだから。




