表現者への演奏家17
「奏一さん...あの!」
「なに?」
「すこし...やすんでもいいですか...。」
「俺は構わないけれども。」
「奏一さんは疲れないんですか...」
「まだ。
やすんだら、もっとちょうだい。」
「わたし結構歌いましたけど...ライブって...こんなにキツいんですか...?」
「君が俺の曲ですべてを歌うというのならば、きっと息ができなくなって、苦しくなるね。」
そう...ずっと苦しいの。
なにこれ...。
彼のどこにこんな力が...。
「お腹からちゃんとこえだそうとすると...首が...絞められてるみたいにくるしくて...。」
「あは...そう?おれ、まだ手加減してるんだけどなぁ。」
「え...?」
本気でやられたらしぬの...?わたし...。
「もうちょっとつよくしてもいい?」
「いやあの...つよくってなにを...?」
「イイこと、おしえてあげるね。」
「いいこと...?」
「うん。
きみは、以前の先生に言われたことを覚えているでしょう?」
「人に伝えようとする気持ちがなければ、歌手になれない...?」
「そう。俺はそのとき、向き不向きはある、それだけだと言った。」
「はい...。」
「でもね。
その彼女にしたがってさえいれば、君はちゃんと歌手になれたんだ。
まだ思っていないことも、経験していないことも...がんばって気持ちを込めて歌うことを繰り返し、慣れてしまえば、君は...。」
こんなにくるしむことは、なかったのにね。
彼の不敵な笑み。
そのなかに、わたしがおそれていた顔が見えた。
いつもの彼じゃない...悪魔の顔が。
「そ...いちさ...」
「くるしい?」
「あなたいったい...なにものなんですか...」
「出逢った時に、俺は演奏家だと名乗ったよ。」
「でも...。」
「それにつくり話だってしたね。」
「つくり話って...あれも...なんなの...?」
彼に何があったの...?
「俺のこと本当に知りたいのならば、きみはこれを受け入れるしかないんだよ。」
こんな苦しい演奏を、受け入れろっていうの...?
これが彼の...狂気(凶器)としての本性なの...?
い、いやだ...逃げたい...。
逃げたいのに...!
「まっ...て!
こ、こんなの...みんなにきかせるっていうんですか!?」
「こんなものを...?」
「...だ、っだって...、こんなに苦しい音...みんなききたくないじゃない...!!」
「...。」
彼は両手をあげた。
まるで、銃でも突き付けられて降参でもしてるかのように。
でも顔は...呆れているような。
「そういわれてしまえばおしまいさ」
「え...」
「とある大人がこれをきいたとき、
きみとまったく、おなじようなことを言った。」
お前のこれは演奏ではなく、呪いだ。
お前は悪魔だ。
こんなものは、消えてしまえ。
「俺はそのとき、こうおもったんだ。
そんなことをいう、おまえたちがきえてしまえ。」
大人なんてみんな消えればいいのに。
私よりも誰よりも、大人を嫌っていたのは、彼のほうだった。
「きみは信じるしかないくらい俺の奏でる音をよくきいている。
そう...俺の演奏には、魔力がある。」
「...。」
「それをインチキやズルだと思うのか、呪いだと思うのか。
俺のことを悪魔だとおもうか。
きみも彼らとおなじであれ、おれにはもうどちらでもいい。」
「...。」
「きみのことも、どちらでも。
でもおれのことを理解したいといったのだから、ありのままを覗かせて(おしえて)あげただけさ。
俺の本性をすこしだけね。」
「...。」
「だから、俺のことを困らせるのはやめてくれ。
知りたい、理解したい...とは今後あまり言わないで。」
「...。」
「君は、このあといくつもの公演を成功させなければならない。
俺と君は、確かにパートナーだけど、それは仕事上でのおはなし。
きみもかつて俺に、同じ気持ちを向けていたはずだ。
知りたくもないし知らせたくもないと。」
それなら、どうしてあのとき。
あなたはわたしを咎めた...?
どうしてあんな顔をして、あんなことばを言って...。
あんな...演奏をしたの...?
「言ったでしょ、俺はまだ手加減してるんだって。
あれ以上にもひどいものはたくさん持っているんだ。
俺は人間じゃないよ。」
いいや...とても気味が悪く見えた。
なぜか。
彼の綺麗なはずの手が、一瞬、血に塗れた傷だらけのものに見えたから。
ちがう。
気味が悪いと思ったのは彼に対してじゃない。
私だって、練習はしてきたけど、流石にあんなに血が出るほど歌ったことなんてない。
あんなに生々しい、手から血が滴るほどの量は、実は彼が...そこで血を吐いたんじゃないだろうか。
そんなになるまで...彼にどんなことをさせたの...?
大人たちは。
人間である彼を人間でなくすくらいのことを、強いたのは...?
目を見ると、彼はもう切り替えようとしているのか、いつもの顔に戻っていた。
そこからなにか言おうとするので、私はそれを止めた。
「嘘を、言わないでください。」
彼は当たり前のように沈黙している。
「私、嘘をつく大人は嫌いだから。」
彼は何も言わない。
さっきまで傷だらけに見えた手は、今度は固くむすばれていた。
「くるしいのはあなたでしょ」
何も言えないのはわかってる。
だって、あなたは...いまも。
「私が苦しいって言ったのは」
あなた自身がいちばん苦しんでいるからだ。
私がそう言い放ったとたん、
彼は我慢できず咳き込みはじめた。
悪魔だの魔力だの呪いだの...。
そんなことはわりとどうでもよかった。
...人間がそんな力を使うとは、結局こういうことなんだとなんとなくわかっていたから。
だからわたしは、近ごろからわざと彼を焚き付けるように、彼の趣味や、好き嫌いや身の上話を片っ端から知ろうとする問いを幾度も投げかけた。
あなたのことを知りたい。
あなたのことを理解したい。
あなたの曲ですべての歌を歌いたい。
そんな言葉を何度も彼にぶつけた。
そうして、彼が困り果てて本性を見せつけようとするのを、ずっと...待っていたのだ。
ごめんね。
わたし、あなたを傷つけたんだよ...?
ゆるしてくれないよね...。
背中をさすってあげると、息がとても苦しそうで、首をおさえたり、掻きむしろうともしていた。
そんな手をわたしは止めようとして握りしめていると、足はときおり、ばたばたとしている。
「息...くるしいの?」
そう問いかけても、彼は。
何度も同じようなうわごとを口にするだけだった。
それはあえてありのまま表現したくはない。
ただ、彼はずっとひとりで、誰かの助けを求めていた。
明らかに、やりすぎた。
ここまでとは、おもわなかった。
でも。
...やがて彼は自力で冷静を取り戻しつつあり、今度は、この場で取り乱してしまった自分を責めはじめた。
そして、平静を取り戻したことを装って、今度は私に謝ろうとするので。
私はたしかに、しっかりと彼を抱きしめ、
それから奏一さんに、キスをした。




