表現者への演奏家15
「あの...っ」
彼のいつもどおりのすがたをみて。
そのにこりと笑う顔をみて、わたしは目の前にいるのに遠くの背中に声をかけたようなきもちになった。
それでも彼はとうぜん振り向いて、こちらの様子をうかがっているのに。
「ごめんなさい...いけなくて...」
デート...わたし、ドタキャンしちゃった...!
彼は、にっこりと笑った。
ゆるしてくれてる...ってわかる。
そんな、頬を染めてちょっと照れて、幸せですっていうはにかんだえがお。
「なんどでもいこうね。」
きみがそう言ってくれるだけで幸せなんだ。
...彼はどこまで愚かなやさしさを持っているんだろう。
「ううん、だって...だってね。
きみはすごく、いい顔してるんだもの。
おれに言いたいことは、きっと他の大事なことだ。」
あ...。
理由がわかってるのかな...。
こんなこともあるんだなとおもった。
突然、いつもお世話になっている事務所の先輩に呼び出された。
きっと今は少し待ってくれと言えたと思う。
でも、そのときなぜか今じゃなきゃわたしはチャンスを逃してしまうとおもった。
芸能界ってそんなものだと思うから。
きっと、何かを突如穴埋めさせてくれるんだって。
いや...もしかしたら何かを追いかけて穴におちろって...?
でも実際わたしは。
「あの...あ...でも...ほんとうにわたし楽しみにしてたから...ったのしみ...で...」
レッスンがはじまって早々、わたしは自分の情けなさに涙してしまった。
いちばん、だいじなひとなのに...!
いやだ嫌だ...こんなの。
思えばこのとき、彼はわたしを抱きしめてくれた。
こんなことがあっても、彼は離れないでそばにいてくれるんだ...。
いちばんちかくに。
「だって...でんわでれなくて...あとでメッセージだけだなんて...。」
「ううん、あれはね。
きみが途中で何かあったら心配だなっておもっただけ。
メッセージだけでもね、かえしてくれてほっとした...ほんとうだよ。」
「そういちさん...わたしのこと...きらわないで...」
あ...。
彼はとてもずるいとおもう...。
一瞬、算段だと思うくらいの、切ない顔。
もう何度も頭の中で形容した、あのうさぎのような目で。
わたしがいったことだ...。
わたしがあなたをころすんじゃないでしょ...?
なのに、なぜそんなにきらわれる(ころされる)ことをこわがる表情をするの...?
もしかして、わたしのことを自分のことのようにおもってしまっているの?
...よけいにせつなくなるよ...。
申し訳なくなる。
「ぅ...っ」
わたしが思わず嗚咽をもらしてしまったのは、彼が笑ったからだった。
「だいすき」
...。
気でも失うかとおもった。
ふらっと傾いたからだを、彼はまた支えた。
そんなこと...わたしが妄想しただけで、本当は言ってないのかも...しれない。
ただ、彼はそれなりにたえられる笑顔が見えるまでわたしをひきあげて。
「おめでとう」
と言った。
「あ...せんせい...。」
「俺も先輩から、ことづてで聞いたんだ。
俺もびっくりしちゃった。
あんなにおおきなところで、ライブができるんだね。」
「わたしも...びっくりで...
だってわたし...まだぜんぜん有名じゃないのに...人気じゃない...しられてすら...?」
夢でもみているんだとおもった。
本当に夢だったらどうしようっておもった。
だって、
「あそこって何万人が入るんだっけ?」
なんて彼が算数を考え込むくらいすごい規模のところ。
しかも、誰かと一緒に出るとか、誰かのついでとか、グループとしてじゃない。
もっとすごい人はたくさんいるのに。
なぜか、わたしだけのためにあんなに大きいステージが用意されていた。
なぜ...?
「わたし、急に先輩に連れられておおきな部屋に入ったんです。
その前で先輩は、あとはひとりで行ってこいって。」
「うん。」
「中には大人の人がたくさんすわっていました。
どう考えても場違いで、なんだか遠いのか近いのかって距離もわからなくなっちゃったの。」
「うん、うん。」
「それで急にね、きみにはひとりでライブができますか?っていうの。
だから、はいできますって言った。」
「そうだね。」
「そしたら、それからはあまり覚えてないけど、そのひとたちは会議をはじめたの。
でもわたしがずっと立ったままだったから、その中でいちばんこわそうなひとが、座れっていった。」
「やさしいひとだね。」
「なんだかおかしいとおもったの。
会場の図面をみて、大きすぎやしないかって。
わたしがぽかんとしてたら、みんな笑って、こういったの。
おめでとう、きみへのサプライズだよって。」
「ふふ。」
奏一さんは楽しそうにしてた。
でも、実際あんなに陽気な大人たちがいるものだろうか。
これも、わたしが覚えてない記憶をつぎはぎ繋いだ感じの妄想かもしれないし。
「あ...これってドッキリですかね?」
「確かに、君はかわいいからいじめたくなっちゃう気持ちは分かるけどね。」
「ああ...やっぱりそうだ...。
でも...案外仕掛けも大掛かりだった気がするから、それはそれで広く流してもらえますかね?」
「うん。ひろくひろく...みんなに知ってもらえるね。」
「あー...バラエティ枠かなぁ...。」
それはそれで面白そうだな...ありがたい。
でもちょっとつかれた。
「せんせい...わたしも...。」
「ん...?」
「わたしも、だいすきです。」
「っ!?」
あれ...なんでそんなにおどろいてるんだろ。
かわいいんだけど、やっぱりわたしがきこえたのはまぼろしかなにかだったのかなぁ...。
「なんて顔してるんですか?」
「だって...」
「そんなサプライズに遭ったような顔してないで、うた、おしえてください^ ^」
「よろこんで(*´ー`*)」
もう...。
「わたしのうた、どうですか?」
「...。」
え...そんなに...?
顔をずっとみていたくなっちゃう...。
さっきまで、そのピアノを弾く横顔に惹かれていたのはわたしだったのになぁ...。
「ごめんなさい...」
「え?どうしてあやまるの?」
「えっと...顔...見すぎてる気がして。
よく言われちゃうんですけど、わたし...。」
「ふふ、ちょっと照れました。」
「そ、そう...ですよね。」
「でも、私は大丈夫です。」
うれしいです。ありがとう。




