表現者への演奏家14
「おはようございます」
「おはよう」
意外と彼はへりくだった挨拶をする。
まあそれはそうと。
私は話しておきたいことがある。
些細なことだけど、わたしがじぶんをキツネ石だとかなんとか言っていた理由のひとつでもあることだ。
彼はこれをきいて、いまさら失望まですることはないと思うが、わたしなんて、
私のうたなんて。
ぜんぶきみのものだとか、だいすきだとか...。
そんなこと言われるような存在じゃない。
わたしが持っているセンスなんて大したものじゃないんだ。
「私、音楽にあまり手をつけられなくなったことがあって。」
「うん。」
「先生には、わかりますか。
イイ曲って何度もくりかえしたくないの。」
「わかります。」
彼は頷いたがそれは、ほどほどにといったニュアンスだった。
そうだろうな。
彼はいつもイイ曲を生み出す側だもの。
ほどほどにしかわからなくて当然。
私じゃ、つりあわない。
それはわたしなんかが...といった気持ちの問題でもなく、事実としてそうだろうとおもう。
だって、わたしは。
「けっきょくはね、わたしはマネしてるだけなんだと思います。」
今度彼は当たり前の結論を、しみじみと頷いてきいていた。
「ある音楽に感動はするんです、でもその感動を忘れて、分析なんてしたくないから。
あの時の気持ちを忘れたくないから、自分が表現者としての一歩を踏み出すことができなかった。」
きちんと繰り返すことができなかった。
それこそが貴方が最初に、世間と距離を開いた歌い方だと言っていたものの正体。
わたしに自分など、なかったってこと。
「感動...」
そうつぶやいた彼は、どこまでわたしを見透かしていただろう。
どこまでわたしのことを解ってくれる...?
彼はピアノをみつめていた。
そして。
彼がピアノを弾き出すのと同時に、私は。
イントロがないとある歌をうたいはじめ...
「」
彼が...?
なに...これ...。
わたしは。
彼と偶然同じ曲を奏で始めたことに驚いたのではなく、
彼の驚きと、その目がだんだんと...。
今までにないくらいにキラキラと輝きだしていたことに驚いたのだった。
いや...しっていたことに....純粋に驚いたのだろうか。
ひととおり歌い終えたものをまた繰り返したくらいだった。
そう、繰り返すなんて本当はなんにもこわくなかった。
だってかれが...。
「わかる...わかるわかるよっ...!」
「奏一さん...っ」
「おれも...俺もこのひとの曲だいすきなんだっ
同じだなんてうれしいよ...!」
うそ...。
こんなことって...。
もうさっきのことなんてどうでもよくなって、2人で笑ってしまった。
要するに、
例え私のセンスがいくらよくてもそれは好きなアーティストの真似だっていいたかっただけ。
それだけだけど、もう同じならどうでもよくなっちゃった。
こんなに、同じことをよろこんでくれるひとなら。
いちばん私のことをわかっていなかったのは彼で、だからこんなにも驚いていたのだけれど。
同時に彼は、好きなひとが同じことに
「しあわせだ...」
とか言っているのだ。
また彼は想像の斜め上をいってしまった...。
こういうところがまだ子どもというか...。
かわいくて...いとおしくてしかたがないところ。
彼もわたしもずっと上機嫌だった。
とてもたくさん借り物をして、たくさんおなじひとの歌をうたった。
お互いにセンスがいいねぇ...なんて言い合っていたと思うけど、たのしすぎてあんまり覚えていない。
そして、近いうちに予定してたデートだけど、やっぱり花や星じゃなくてまずは音楽をききにいくべきだよね、ということになった。
...たのしみだ。




