表現者への演奏家13
「狐石...?
っていうのは、なあに?」
「せんせいでも、分からないことってあるんだ。」
「うん、おしえて?」
そりゃあもちろん、はりきって教えますとも。
「いいね。
それは識っている人にしか分からないんだね。」
「ええ。」
要するにまた歌詞を送ったってことだ。
テーマは、狐石。
一見輝いて見える宝石のような石でも、それは、狐石。
わたしらしい、自信作。
「俺はだいすきだよ、キツネ石(きみの歌詞)。」
なんでもだいすきっていうでしょ、あなたは。
でも、わたしはその言葉の軽さ(おもさ)を思い知らされているから、私もだいすきだと思う。
「せんせい、私、一緒に拾いにいきたい。」
彼に真意が伝わっているかどうか分からないので念押しでそう言ってみた。
そうすると照れた表情をするから、やっぱり彼はまだ若いんだなと思った。
そうやって絶妙に気づかないところがあるところも、すきだ。
無自覚な愛なんて、それこそ憧れる。
ああ...。
愛...かぁ...。
「なんですか、せんせいっ」
「最近はずっと、君がにこにこしているからね。
俺も元気をもらうんだよ。」
「そうですかっ
じゃあいっぱいにこにこしてあげますねっ」
「あ...そんなにもう...じゅうぶんっ」
「だって、媚を売るなら私にって言ったじゃん。」
「そうだけど...っ
あ...ありがとうっ...ありがとう。」
またはじまった。
奏一さんの、ありがとうが。
彼の場合は、ふつうとちょっとだけ違って、
ふつうは言えばいうだけ軽くなるものだけど。
彼の場合はいつもふわふわ羽のように軽いから、積もって重くなったほうがいいかも。
もちろん、それがいちばんオモイってことだけど。
「私が曲をつけてもいいですか?」
「いいですよ〜」
「ありがとう。」
もう...。
ありがとうってさいきんやっぱり言いすぎだ。
ちょっと心配。
でもいいや、歌ってあげます。
彼はどうしようか思いきり悩んでいるようだけど、私は知っている。
あえて言うけど、彼のような天才っていうのは、悩みの密度がとても濃い。
だから天才の恋って、濃いから覚悟しておいたほうがいいです。
彼はすぐにピアノを奏ではじめた。
うわぁ...もう...。
化けてしまった...。
これじゃあ、ほんとうの、キツネ石だ...!
本当に宝石になっちゃうよ...。
わたしはそんなことが書きたかったわけじゃないのにっ
ただ、ただ...。
あなたとずっといっしょにいたいって。
だからそんなことはどっちでもいいんだって。
そう...言いたかっただけなのに。
彼は、あくまでそうやって魔法をする。
...でも、いい。
わたしは、それがききたかった。
だって、無自覚な愛だなんて...それこそ、
興奮、します...っ
「...歌いますね。」
「うん。」
彼が以前、こういったやりとりが好きだ、と言っていた意味がとてもよく分かった。
なんだぁ...。
最初からそういう気持ちなら、早く言ってくれればよかったのに。
私は背中を追いかけているのだと思ったら、彼はとっくにこちらを向いていたんだなぁ...。
今まで、大人なんてそういうものだと思っていたのにな。
彼の顔をちゃんとよく見ていなかったのは、私...だなぁ...、
と...。
「...。」
ふふ...よく耐えた。
彼は意外とすぐに音を外すことを知っているから。
彼は、私によわいって。
ああ...うん...わたしのこえ、にね...。
もうだいぶわかってきちゃってるんだ。
過ごした日々はけっして長さではないのだなってことをよく。
こういうのがすきでしょ...こんな演奏がすきでしょ。
これで...興奮するんでしょ...?
だって、彼はとてもコイしい人だからね。
「...だいじょうぶ?」
私が優しくそうきくと、彼はこくりとうなずいた。
そんなに我慢してると、容赦しませんけど?
「でもちょっとまって...。
水だけのませて。」
笑ってしまった。
なんだか前に似たようなことやった気がする。
案の定、彼はその水を飲み干してしまった。
ああ...もう。
なんてかわいいひとなんだろうっ
ええっと...私はこんなときのために...。
替えのお水をもってたかな...?
あ、あった...(さすがわたし)。
「はい。これどうぞっ。」
「いいの...?」
「のんで...?」
以前とちょっと違うのは、それ...。
ちゃんと、わたしもくちつけてあります。
...なーんて。
実際どうなのかは、わたしたちだけの秘密ですけどね。
あとは...彼から同じこと、言わせられたら完璧なんだけどな...。
「な...なん、ですか...?」
彼もなんとなく今後の展開を予感してしまったようだ。
ふふふ...、
こんやは...かえしませんよ...?
「あ...や...っだめ」
それからさきのことは...ふたりだけのひみつ...。
な、わけもないんだけど。
...。
「歌詞...ありがとう。
曲までつけさせてくれて。」
「...。」
「いっしょに...いっしょにいこう?
いろんなところに。」
「うん。」
「だから...だからゆるして。」
ありがとう。
だから、ゆるしてください...。
なんて、それこそそんなこと...。
「はい。」
私は、それでゆるすかわりに、ちゃっかりデートの約束をとりつけた。
ここまでくるのに...なんだかお互いにとてもとおかったなぁ...。




