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アイドル因幡ばななの鳥取県民遭遇証明書  作者: jin kawasaki


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3/5

3.小さな県の小さな武器

収録が終わった夜。

ばななは一人、テレビ局の廊下を歩いていた。

自販機の前で立ち止まる。

炭酸を買う。

プシュッ。

少し飲む。

「はぁ……」

「お疲れ」

振り向くと、さっきの司会者だった。

「お疲れ様です!」

ばななは慌てて頭を下げた。

司会者は笑った。

「証明書、もらっていい?」

ばななはポーチを開けた。

「もちろんです!」

渡す。

司会者はカードを見た。

「これ、いつからやってるの?」

「デビューしてすぐです」

「なんで? アイドルの宣伝なら、もっとキラキラしたやつ作ればいいのに」

ばななは少し考えた。

「……東京に来て、気づいたんです。鳥取って、意外と知られてないんだなって」

「まあ、地味っちゃ地味だよね」


「そうなんです。『鳥取って砂丘しかないんでしょ?』とか、『スタバよりスナバなんだよね?』とか……。ひどい時には『本当に人住んでるの?』なんて冗談を言われることもあります」

司会者は苦笑した。

「まあ、芸人のいじりみたいなもんだけどね」

「はい。分かってます。でも……」

ばななは笑った。

「でも」

少しだけ、遠くを見る。

「私には、全部あるんです」

「全部?」

「私には、あそこに全部あるんです。通った学校も、泥だらけになって遊んだ友達も、帰れば温かいご飯を作ってくれる家族も。東京に負けないくらい、大切な全部が。だから……」

炭酸をもう一口飲む。

「だから」

ポーチを閉じる。

「せめて一人くらい、『鳥取県民に会ったことあるよ』って胸を張って言える人を増やしたいなって。砂丘や梨だけじゃなくて、『あんな変なアイドルがいたな』っていう記憶と一緒に、私の故郷を誰かの中に刻みたかったんです」

司会者はしばらく黙っていた。

そして笑った。

「いいね、それ」

「本当ですか?」

「うん」

カードをポケットに入れる。

「俺、今日から鳥取県民遭遇済みだ」

ばななが笑う。

「証明済みです!」

そのとき。

廊下の向こうから、スタッフが走ってきた。

「ばななちゃん!」

「はい?」

「さっきの番組のSNS!」

「はい」

「証明書の話、めちゃくちゃバズってる!」

「え?」

スタッフがスマホを見せる。

画面には投稿が並んでいる。

差し出された画面には、恐ろしいスピードで流れていくコメントの嵐があった。

『鳥取県民遭遇証明書ほしい』

『初めて鳥取県民見た』

『ばななちゃん面白い』

『鳥取県民遭遇証明書、シュールすぎて草』

『初めて生きてる鳥取県民見たわ、ばななちゃん推せる』

『あのカードどこでもらえるの? 激レアじゃん』

「……え? バズってる?」

「バズってるどころじゃないわよ! サーバーが落ちそうなんだから!」

ばななは呆然とした。自分がコツコツと手作りし、誰に笑われても配り続けてきた「小さな武器」が、東京の、いや、全国のネットワークを駆け巡っている。

司会者が笑う。

「これさ」

「はい」

「そのうち全国に配ることになるぞ」

ばななはポーチを見た。

中にはまだ、百枚ほどの証明書がぎっしりと詰まっている。

しかし、彼女はふと思った。

日本の人口、一億二千万人。

鳥取県民は、その中のたった五十四万人。

でも。

世界は広い。

そして――

まだ、鳥取県民に会ったことのない人は、きっとたくさんいる。

ばななはポーチを抱えた。

小さな県の、小さなアイドル。

だけど、彼女が掲げる「証明書」は、誰かと誰かを繋ぐ、世界でたった一つのパスポートになる。

「……よし。決めました」

「何を?」

ばななは、今日一番の笑顔で宣言した。

「明日から、増刷します! 徹夜で百枚……いえ、千枚!」

司会者が笑った。

「早いな!」

東京の夜のテレビ局。

その片隅で。

鳥取県民との遭遇者が、また一人増えた。

因幡ばななの快進撃は、まだ始まったばかりだ。

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