第4話 それはあまりに尊いお芝居
レティシアは息を止めた。
机の上の勘定石を見つめたまま、動けなかった。
通るはずのないものが、通った。
しかも、あまりに簡単に。
忍び込んだのではない。
神殿の方が、この方を招き入れたのだ。
レティシアは、そっとアリアの横顔を盗み見た。
本人登録なしでの決済。
罰金を孤児院の朝食に変えた慈悲。
不正の記録を永久に固定した裁き。
そして今、神殿の根幹へ自らの名を刻んだ創造。
そろってしまった。
……女神様では?
いや。
疑問形にすること自体が不敬だ。
女神だ。
今ここに、生身の女神様がいらっしゃる。
だがその瞬間、レティシアはさらに恐ろしい……もとい、あまりに愛らしい真実に気づいてしまった。
この方は、これほどの存在でありながら。
それを隠し通せているつもりでいらっしゃる。
「……っ!」
人の名を用い。
勘定石に触れ、台帳を通し、登録番号まで取得する。
「わたくしは人間ですよ」とでも言いたげに。
なんという慈悲。
なんという不器用さ。
なんという、いじらしいまでのお忍び。
(甘いですよ、アリア様。隠せておりません。わたくしの目は節穴ではございませんよ!)
レティシアは、鼻から漏れ出そうになる歓喜を、鉄の意志で飲み込んだ。
ご安心ください、アリア様。
あなた様が隠したいとお望みなら、わたくしも知らないふりをいたします。
そのうえで、あなた様のお言葉はすべて通します。
赤い文字は警告。
沈黙はご配慮。
表情の消えた横顔は、怒りではない。
創造主が、自らの作品に残った汚れを見つけたお顔だ。
ええ。
読み違えるはずがありません。
レティシアは頬に熱を覚えたまま、静かに目を伏せた。
胸の奥で、何かが決定的に傾いた。
仕える相手が変わったのではない。
世界の見え方が、変わった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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