その8
屋敷に帰ってからは、もっと大変だった。屋敷では、朝になっても起きてこないユラを呼びに来たお婆様が、寝床が空になっているのを発見して大騒ぎになっていたからだ。両親にこってり叱られて、ユラが解放してもらえたのは昼過ぎだった。
その晩、ユタは本来なら出られないはずの宴会に呼ばれ、ユラはお婆様の監視付きで部屋から出してもらえないことになってしまった。
「ユタだけ美味しいものを食べて楽しめて、ずるいよ。頑張ったのは私なのに」
ユラがお婆様に愚痴をもらすと、
「馬鹿をお言いでないよ。うまくいったから良かったものの、お前さんは本当に危ないことをしたんだ
よ。もっと反省おし」
ぴしゃりと言われてしまった。
仕方なく布団をかぶって寝たふりをしているうちに、ユラは本当に眠ってしまった。
翌日、起きると浮かない顔のユタが隣の寝床にいた。
「ユタ、おはよう。昨日はどうだった?楽しかった?」
「おはよう、ユラ。思ってたほど楽しくなかったよ。みんな酔っぱらってるし。それより僕、大変なことになっちゃったんだけど、どうしよう」
ユタはがばりと身を起こして頭を抱えた。
「大変なこと?何があったの?」
「うん。ぼく、カイさんについてナカホ国に行くことになっちゃったんだ」
「ええ!それってユタだけ?わたしは?」
「ちょっと、ユラ!気にすることはそこなの?僕、一人で郷を出なくちゃならなくなったんだよ」
「でも、カイさんも一緒なんでしょ。それで、ナカホ国に行ってどうするの?」
「うん。それなんだけど、僕、自分で言うのもなんだけど物を作るのが上手いだろ。ユラの弓矢も僕が作ったし。それで、父様が僕をナカホの国の職人学校に入学させるつもりだという話をカイさんにしたんだ。」
「待って待って、職人学校って何?」
「職人学校ってのは、いろいろな物作りを学ぶところなんだって。弓矢だけでなく、いろいろな武器や道具や家具、それに魔成力を込めた特別な道具だって、そこで作り方を学んだら作れるようになるんだって」
「なるほど、なるほど」
「それで、カイさんに僕の護衛をしながらナカホ国の親戚のところまで連れてって欲しいって、父様が頼んだんだ。カイさんがそれを引き受けると言ったから、話がまとまっちゃったんだよ。僕は自信がないって言ったんだけど、父様はもう決まったことだから行って来いっていうばかり。ちっとも僕の意見を聞いてくれなかったんだ」
「ええー!私も行きたい!」
「ユラは気楽でいいよね。何日も旅をしなくちゃいけないんだよ。行った先だって知らない場所で、誰も知り合いがいなくて、僕不安だよ。入学できるようになる歳まで一年もあるとはいっても・・・・・・」
「大丈夫だよ。ユタならなんとかなるよ」
「なんとかなるって・・・・・・そんないい加減なこと言って!」
「まあまあ。そんなに怒らないでよ。旅の安全ならカイさんが連れて行ってくれるんだから心配はいらないと思うよ?」
「ユラは楽観的過ぎるんだよ」
そう言ったユタの顔は心なしか青かった。
(私ならこんな機会は絶対に逃さないけどな)
ユラはむしろ郷を出たかったので、ユタがうらやましいくらいだった。だが、どんどん青ざめていくユタを見ていると、なんだか不憫になってきた。
(ユタったら辛そう。代わってやりたいくらい)
そう思ったとたん天啓がひらめいた。
(そうだ。これはもしかしたら私にとってのチャンスにもなるかもしれない)
気付いたらユラはユタにめいいっぱい顔を近づけて提案していた。
「そんなに不安なら、私が代わりに行ってあげようか?」
「そんな!それはちょっと」
そう言って、ユタは両手を突き出した。お断りという意味もあるが、ユラの顔が近すぎたというのもある。
「遠慮しなくたっていいよ。もう後戻りできないところまで来たら途中で気づかれても大丈夫でしょう。私がナカホ国に行くよ」
「そんな!なんでそんな結論になっちゃうの?ユラが行っても物作りなんてできないじゃないか」
「それはそうだけど、ユタは行きたくないんでしょ?」
「でも、僕はどうするのさ。絶対、ユラと入れ替わってるってすぐにばれちゃうよ」
「大丈夫だって、私に任せといて!」
「なんだか不安だよ。任せられないよ。そもそも、ユラはナカホに行って何をするつもりなのさ?」
「それは、ユタの代わりに・・・・・・・えーと、えーっと」
言葉に詰まったユラにユタが言った。
「ほら、何も考えてないだろ。そんなんじゃ心配だよ」
確かに、何をするのかも決めていないのにナカホに行くのは不安なような気がしてきたユラだが、一度言い出したら後に引けなくなってしまった。それに、ユラはユタがいないミクリの郷で孤立して過ごすのはいやだった。仲間がたくさんいるユタと違って、ユラと遊ぼうとする郷の子供はいなかった。弓矢を持って走り回っているユラは、おままごとをしたりきれいなものを集めたり眺めたりするのを好む女の子同士の集まりからも、男同士の絆に重きを置く男の子同士の集まりからも一歩距離を置かれているように感じていた。ユタがいなければ、ユラはひとりぼっちになってしまうような気がしていた。それくらいなら、だれも知らない人ばかりのナカホの国に行く方が数倍楽しそうだと思ったのだ。
「大丈夫だって!で、出発はいつなの?」
「準備もあるから、明日の朝だって」
「もうすぐじゃない!私、すぐに準備に取り掛かるよ」
そう言うと、ユラはさっさと荷物をまとめにかかった。自分がナカホで何をしたいのかは、旅をしながら考えればいいかと楽観的に考えながら。
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