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その7


 その日の夕方、討伐団は出かけて行った。ユラは暗くなるのを見計らって寝床から脱け出し、弓矢を抱えて夜道を西の丘に向かった。

 真っ暗な夜だったが、暫くすると目が慣れてきた。討伐隊は西の丘の蜂蜜の巣箱が捨ててある辺りに潜んでいるのだろう。姿は見えなかった。西の丘の近くに着くと、ユラは手頃な大木によじ登った。この木の上に身を潜めるのだ。ここからの見晴らしは抜群だ。オオヅメが現れたらすぐにわかるはずだし、戦闘の様子も見えるはずだ。何事もなければよい。でも、何かあったら役に立てるかもしれない。ワクワクする気持ちとドキドキする気持ちが入り混じって、じっとしているのがつらかったが、ユラは我慢した。

 明け方までは退屈だった。ただただ、じっと丘を見張っていなければならないのだ。


(なんでわたし、ついてきちゃったんだろう)


何度目かの後悔をしたときだった。薄く紫がかった闇の中に黒ずんだ巨体が姿を現した。それは、何かを抱えて二足歩行している熊だった。おそらく、ミツバチの巣箱を抱えているのだろう。とてつもない大きさだった。ユラの背丈の倍はあろうかという立ち姿には、異様な威圧感があった。ユラは木の上で震えた。


(カイさんや兄様達は本当にこの熊と戦うのかな。大丈夫なのかな)。


不安になった時だった。


「行くぞ!」


誰かの声がした。戦闘が始まったのだ。ユラは状況をよく見ようと、木の枝の上で立ち上がった。遠くに、オオヅメを取り囲むように槍を構える人々の姿が見える。ひとりが背後からオオヅメに突っ込んだ。だが、オオヅメは身をよじり、右手で槍を払っおうとした。オオヅメが男に近づく。それを牽制するように別の男が前に踏み出した。オオヅメはすぐにそれに気づいて、男に威嚇した。オオヅメの咆哮がユラの耳元まで届いた。ものすごい気迫だ。

 その後も、誰かが背後から攻撃しようとすると、オオヅメは機敏に身を翻してそちらを威嚇し、別の誰かが牽制するというやり取りが繰り返された。朝日が次第に昇り始め、周囲が明るくなってきた。時間だけがじりじりと過ぎて行く。なぜ皆は一斉に攻撃しないのだろう。

 理由はしばらくしてからわかった。よく見ていると、オオヅメはじりじりとある方向へ追いやられているのだ。目を凝らしてよく見ると、オオヅメの背後には半円形に設えられた槍柵と大きな穴があるのが見える。追い詰めて、穴に落として一気に攻める作戦なのだ。この機会を逃さずに一斉に攻撃すれば、巨大なオオヅメといえども倒せるかもしれない。だが、すんでのところでオオヅメは大穴に気づいたようだ。後ろに下がろうとしない。とはいえ、逃げ場を失ったオオヅメは四つん這いをやめて立ち上がった。

 

グォォー


オオヅメが咆哮した。その途端、予期せぬ出来事が起こった。


ボゥッ


オオヅメの体が発火したのだ。全身から赤い炎をメラメラと揺らめかせながら。


オオヅメは炎の魔成獣だったのだ。


オオヅメは再び立ち上がった。皆が後ずさったのがわかった。攻撃するにも炎が激しすぎて近づけないのだ。オオヅメは本来臆病な性質の熊のはずだ。今まで人との遭遇がほとんどなかったことがその根拠と言えるだろう。皆が炎を恐れて道を開ければ、このまま逃走するかもしれない。しかし、オオヅメは警戒心の強い生き物でもあるとも言える。今逃がしたら次に見つけるのは至難の業だろう。皆は身動きできない。


「私がやるしかない!」


気が付いたら、ユラは木から滑り降りていた。着地すると同時に地面を蹴って駆け出す。同時に矢筒から矢を抜き出す。皆の視線が集まったのが分かったが、気にしない。射程距離に入った。立ち止まり、弓に矢をつがえる。


「ユタ?ユラか?何でここにるんだ?」


「よせ!やめろ!危ない!手負いにさせるだけだ!」


ミトとタトが叫んだのがわかったが、これも気にしていられない。全身の魔成力をこの一矢に込める。


バシュッ


仄かに黄色く光る矢が放たれた。まっすぐに燃える熊に向かって突き進んでゆく。そして、


ドスッ


炎の奥、確かに矢が魔成獣に突き刺さったのが見えた。


ビクッビクッ


二、三度オオヅメが痙攣して、炎が消えた。そして、どうっと地面に前足をついた。


(やった!)


と、思ったのも束の間、すぐに再び炎が魔成獣の体を覆い始めた。


(ダメだった。でも、効果はあった。もう一度だ。)


二本目の矢を取り出す。手が震える。深呼吸するが、手の震えが収まらない。

そのとき、カイの声がした。


「落ち着け。慌てるな。オオヅメが痙攣していた。矢じりに毒を塗ったのか?」


声を掛けられるまで、すぐ近くに来ていたのにも気が付かなかった。ちゃんと答えなくてはと思うのだが、喉がひりついている。声がうまく出せないのを、なんとか絞り出す。


「ちがう。矢に雷の魔成力を込めながら矢を放ったから、ビリビリしてしばらく動けなくなったんだと思う」


ユラが答えると、カイは少し驚いたように目を見開いた。


「ユタは雷の魔成力を持っているのか。よし、俺が手伝おう」


カイがユラのことをユタと呼ぶのは、カイがユラのことをまだユタと認識しているからだ。ユラは、魔成力を込められ黄色く光る矢を弓につがえると、素早く構えた。不思議にいつの間にか震えはおさまっていた。


「全力だ、ユタ。全力で弓を引き絞れ」


ユラは言われた通り、全力で弓を引き絞った。


「いいぞ。俺が『よし』と言ったら矢を放つんだ」


カイがそう言ったので、ユラはカイの合図を待った。手がしびれ始める頃、


「よし!」


カイの声が響いた。ユラは矢を放った。


ビュッ!


矢が放たれる瞬間、背後から一陣の風が矢を追うように吹き抜けていった。


(矢の進路がずれてしまう!)


ユラは焦った。しかし、


ドスッ


鈍い音とともに、矢はオオヅメの心臓の辺りに命中した。と、同時にバリバリバリッと、魔成獣の体が光った。まさに雷そのものだった。

熊の体から炎が消え、その体がドウッと地に倒れ伏した。


皆で、倒れたオオヅメを懇ろに弔ってから、地面に埋葬した。普通の熊なら持ち帰って食料にするところだが、黒焦げになったオオヅメは魔成獣なので、食べずに懇ろに葬ることになった。

帰り道、タトがものも言わずにユラの頭をギュッとわしづかみにしてきた。


「痛いよ!」


ユラは思わず抗議の声を張り上げる。


「お前、勝手についてきたな」


タトが言えば、


「まったく、危ないことをして」


ミトもしかめっ面で言った。

ほめられると思っていたユラは、兄二人に咎められることになってしまって不満だった。でも、心配をかけてしまったのは事実だ。謝るしかない。


「ごめんなさい」


ユラが素直に謝ると、兄達はため息を漏らした。


「だけど、よくあんな技を思いついたな」


(ミト兄様にほめられた。兄様達もやっぱりすごいと思ったんだ)


「へへ」


ユラの顔ににんまりと笑みが浮かんだ。得意になって鼻の下を指でこすっていると、タトが言った。


「ところで、お前はユラだよな?」


ジーっと顔を見て確認してくる。


「え?」


カイが訝し気に眉根を寄せた。

ユラは慌てて言った。


「違うよ。ユタだよ」


「いいや。そんなことはない。お前はユラだ。今頭のかたちを確認したけど、ユラの頭のかたちだった」


タトに言わせれば、姉弟の区別をつける方法の一つに頭のかたちを確認するという方法があるという。ユラの後頭部には少しへこんでいるところがあって、ユタにはないのだそうだ。さっきユラの頭をタトがわしづかみにしたのは、ユラなのかユタなのかを確認するためだったのだ。


「うう・・・・・・」


ユラは言葉に詰まってしまった。それを肯定と受け取ったミトがお小言を繰り出してきた。


「お前、ユラだったのか。まったく、とんでもないお転婆だな」


そう言ってため息をつく。


「カイさんはユラのことをユタと呼んでいたじゃないか。カイさんの前でユタのふりをしていたのか?一体、どういうことだ?」


タトが再び問い詰めてきた。


「ご、ごめんなさい」


ユラはひたすら事情を説明した。兄達の眉がどんどん吊り上がっていく。ユラは泣きそうな顔をしている。そんなユラを見るに見かねたのか、カイが助け船を出してくれた。


「あのとき、魔成力を込めた矢をオオヅメに射っていなければ状況は良くなかったからな。助かった。君がユタじゃなくてユラ姫だとしても、礼を言おう」


思わずカイを見上げれば、目があった。カイはいつもの温かいまなざしでユラを見ている。怒ってはいないようだ。


「ユタのふりをしていて、ごめんなさい。私はユタの双子の姉のユラです。」


カイは、うなずいた。


「ユタに双子の姉がいるという話は聞いていたよ。なかなか会わないから、てっきりユラ姫は深窓のお姫様かと思っていたよ」


『ははは・・・・・・』


皆が一斉に笑い出したので、今度はユラが眉根を寄せることになった。


「確かに、あれがなければオオヅメを逃がすところだったからな」


討伐隊の一人が言った。


「じゃじゃ馬姫のお手柄だ」


別の一人もおどけて言う。


「深窓のユラ姫だろ」


皆が笑った。みんな、面白がってユラをからかっているのだ。そのうえ、タトはしっかりとユラに釘を刺した。


「あんまりいい気になるなよ。帰ったら父様に報告するからな」


それを聞いて、しかめっ面になっていたユラの顔が泣きそうに歪んだ。


「いい気になんてならないよ。もう、散々だよ」


手柄を挙げて嬉しいはずなのに、ますます泣きたくなるユラだった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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