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その9-1


 友達で郷長の息子のユタが急に郷を出ることになったので、セラはその出立に間に合うように郷長の館に向かった。まだ夜が明けたばかりだったが、館の前にはすでに人が集まって雑談していた。

 セラがその人だかりの中に仲間達の姿を見つけると、仲間の方から声を掛けてきた。


「おはよう、セラ。遅かったな」


「おはよう、マサ、みんな。間に合ってよかったよ」


「何か用事でもあったのか?」


「ああ、薬を作ってた。傷に効く塗り薬だよ。ユタに渡そうと思って」


そう言ってセラはふところから貝の器に入れた軟膏を取り出した。


「急に決まった出立だから、このくらいしか用意できなかったけど」


器の中に半分ほど入った軟膏を見せたセラはいつもより元気がない。一番仲の良いユタが郷からいなくなるのがこたえているのだろうと、マサは思った。


 そのとき館の門が開き、中からユタとその家族、そして大柄な男が出てきた。


「ユタだ!」


セラたちは大人達の間をぬって、ユタに近づいた。ユタは少しうつむきがちに門の前に立っていた。


「ユタ!」


セラが声を掛けると、ユタはゆっくりと顔を上げた。


「セラ……」


「ユタ、お前が居なくなると寂しくなるよ。元気でな」


「うん」


ユタはそう言いうと、またうつむいてしまった。セラは、ユタがナカホに行くのに乗り気ではないことには気が付いていた。昨日会ったときにも、「郷長が決めたことだから仕方ない」と、話していた。旅に出るのがそんなにつらいのかと、セラは思った。


「あのさ……」


傷薬を渡そうと思ってセラが声を掛けようとしたとき、ちょうど顔を上げたユタの目がきらりと黒緑色に光った。

それはほんの一瞬だったが、セラはぎょっとした。ユラの瞳と同じだったからだ。ユタとユラはそっくりの双子だが、ちょとずつ違うところもあった。ほとんどの人が気付かないが、ユタといつも一緒にいるセラにはその違いが分かった。その一つが瞳だ。ユタの瞳は真っ黒の瞳だが、ユラの瞳は光の加減で黒緑色に見えることがあるのだ。


(ユタじゃない?!ユラなのか?)


セラが目を見開くと、ユタは人差し指を唇に当ててにっこり笑い、


「いままでありがとう。みんな、元気でね。じゃあ」


そう言って、離れて行ってしまった。

セラが仲間達を振り返ると、変な顔をしていた。


「なんだか、いつものユタと違ったね。無理してるのかな」


マサがつぶやいた。あれがユラかもしれないという可能性には気が付いていないようだ。


(本物のユタだったらなんだか寂しい別れなような気がする。でも、ユラだったら大変なことになる)


セラは傷薬の入った貝を握る手に、汗がにじんでいることに気が付いた。


(結局渡し忘れてしまった)


別れを惜しみたいこんな時にユラに悩まされることになるなんて、やっぱりユラは苦手だ。セラは再確認した。



お読みいただき、ありがとうございます。

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