その9ー2
山道を抜けると、街道に出た。人が五、六人並んで通り抜けられるくらいの幅のその道は、草原にまっすぐと伸びていた。秋空は青く、薄く白い雲が浮かんでいる。
「そろそろ休憩にしよう」
カイが立ち止まって言った。道端の大きな岩に腰かけて水筒を出し、ごくりと飲む。ユラも真似して水筒の水を飲んだ。ユラはユタになりすましてカイと共にナカホに向かっていた。
「あと二、三時間も歩けば中継地点の一つの交易市場に着く。この調子なら暗くなる前に着くぞ」
カイに言われて、ユラはちょっと意外な気がした。前に父様に交易市場に連れてきてもらったときは、確か野宿したはずだからだ。
「前に来たときより速く歩けているのかな」
「なんだ、前に行ったことがあるのか?」
「うん。もう二年くらい前だけど。野宿して、地面で寝たから背中が痛くなって、次の日は歩くのが大変だったよ」
「そうか。暗くなる前に市場に着けば、宿もとれるぞ。地面で寝なくてもいい」
「ほんと?じゃあ、急がなきゃ。そろそろ行こうよ」
急に力が漲ってきたような気がした。
交易市場に着くと、二人ははすぐに宿屋に向かった。宿屋は何軒かあって、カイはその中でもわりと大きめの宿屋を選んだ。宿屋に入ると、中央の囲炉裏に火がくべられており、ほんわかと暖かかった。女将がウサギの毛皮でできた敷物を二枚持ってきた。
「これを床にお敷きください」
「ありがとうございます」
ユラは敷物を受け取って礼を言った。女将が行ってしまうと、ユラは敷物を床に敷くことにした。宿の中は八つの区画に分けられており、それぞれの区画の中央に囲炉裏が設えられている。客はご飯を食べるのも寝るのも、この区画内で行うようになっている。特に間仕切りもないから、人の目は避けられない。お手洗いは共用のものが外にあるが、風呂はない。これがこの地方の一般的な宿屋の形式だった。
ユラは敷物の一枚をカイの足元に敷き、自分の敷物はその横に並べた。
「ありがとう」
そう言って、カイが荷物を下ろして敷物に座ったので、ユラも腰を下ろした。程なく、さっきの女将とは別の女の人が、椀に盛った粥を運んできてくれた。湯気をふうふうしながら、ありがたくいただく。粥には山菜や鳥の肉が入っており、塩気が効いている。そんな風に食事をしていると、向かいの囲炉裏の前に腰を下ろしていた男が声を掛けてきた。
「あんたたち、どっから来なさった?」
「俺は北のナカホ国から来た。この辺りをあちこち旅して、これからまたナカホに向かうところだ」
カイが答えた。男がこちらの囲炉裏の前に移動してきた。
「ナカホ国か。近頃は益々大きくなっているという国じゃな。わしは各地を回って薬売りの商売をしとる。ナカホ国にも行ったことがある。この辺の市場とは桁違いに大きな市場が立っておったな。あんたも、見たことあるかね」
「ああ。何度もね」
「だがなあ、わしもナカホ国に向かうつもりだったんだが、足止めを食らっとるんだ」
「足止め?何かあったのか?」
「ノキの郷の近くを通る街道に姿の見えない魔成獣が出るようになってな。もう何人か被害にあっとる。」
「姿が見えないのになぜ魔成獣の仕業とわかるんだ?」
「変死体がみつかるんだ。」
「ほう。詳しく聞かせてくれ」
「ノキの郷の魔成獣の姿は、実際のところ見た者がいねえらしい。だが、街道の傍でカラカラに干からびた死体が見つかるから魔成獣の仕業だということになったんだとよ。被害が絶えないから退治する仲間も集めているようだ。あんた興味があるかい?」
「なぜそう思う?」
「翡翠の耳環をつけとるだろう。ヤナイの郷でイノシシの魔成獣を倒した男もつけとったらしい」
商人の言葉に、カイは微かに肩をすくめて言った。
「俺のことだな」
「ノキの郷でも人助けするかい?」
「ああ、そんな話を聞かされたら放っておくのも寝ざめが悪いな。だが、今俺は護衛の仕事を請け負っていてな。勝手に別の仕事を請け負う訳にはいかないんだよ」
カイはそう言って首を振った。
(私の護衛をしているからこの魔成獣は見過ごすってこと?そうすると、ノキの郷の人たちが魔成獣を仕留めてくれればいいけれど、できなかった場合は他の人たちや後から来ることになるユタが危険だってことだよね。今ここで魔成獣を退治しておいた方がいいような気がする)
ユラはそう結論付けると、カイに言った。
「ねえ、カイさん、魔成獣を退治してよ。このまま魔成獣を放置していったら、みんながナカホの国に行けなくなっちゃうよ。カイさんなら魔成獣をやっつけられるでしょ?」
「まあ、必ずしも仕留められるとは限らないが可能性は高いと思う・・・・・・だが、俺の仕事はユタ、君をナカホ国に安全に連れて行くことだからなあ」
「お願いします!もしノキの郷の人たちが魔成獣を退治できなかったら、僕はナカホの国に行ったっきり帰ってくることが出来なくなっちゃうよ。それにたくさんの人が犠牲になるかも。でも、カイさんならきっと大丈夫でしょ。だったら、放っておけないよ」
「まあ、確かに放ってはおけない問題か・・・・・・わかったよ魔成獣退治に参加しよう」
カイは承諾してくれた。
「じゃあ、ノキの郷の連中に話をつけてこよう」
薬売りはそう言うと、少し離れた別の囲炉裏の前にいる旅人のグループのところへ行ってしまった。ノキの郷の人たちなのかもしれない。
ユラはその様子を黙って見ていた。
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