その11
誰かにやさしく触れられたような気がして、ユラはうっすらと目を開けた。窓の外が夕焼け色に染まっていた。むず痒くて首の辺りに手をやると、ふわふわした毛の塊のような感触を感じた。びっくりして跳ね起きると、毛の塊はユラに跳ね飛ばされ、一回転してストッと床に着地した。
それは、生きていた。四本の脚で床にしっかり立っている。
「何?キツネ?!」
『慌てるな。害意はないぞ。』
思わず口に出した言葉に声が返ってきて、ユラはさらに驚いた。戸惑うユラを、キツネはじっと見据える。
『ただのキツネではない。わしは神獣だ。その証拠に・・・・・・』
突然、キツネの額がぱっくり開いた。開いたところには縦になった目があった。
額に三つの目を持っているというのは、昔話に出てくる神獣の特徴と同じだ。
ユラは昔、その三つの目を持つ生き物を見たことがあった。それはおそらく、フクロウの神獣だったのだと思う。
五年前、祖父が亡くなる前夜のことだった。夜中に目を覚まし、厠へ行くときに、館の庭の大きな木に茶色くてずんぐりむっくりした大きな鳥がとまっているのをユラは見つけた。美しい鳥だった。その当時は何という鳥なのかわからなかったので、教えてもらおうと思って一緒についてきてくれた祖母に聞いてみたのだが、祖母は鳥なぞいないという。結局、ユラが夢でも見て寝惚けたのだろうということになってしまった。
ところが、次の日の朝、祖父が亡くなっていることがわかり屋敷が大騒ぎになっているときに、ユラはまた昨日の鳥を見たのだ。しかも、今度はその額に三つ目の目を持っていた。ユラは驚いたが、不思議と怖くはなかった。ただ、祖母の昔語りに出てくる神獣が祖父の魂を迎えに来たのだと思った。昔話にそういった話があったからだ。神獣に迎えられた魂は、山へ還るのだという。
しかし、ユラが見つめていると、やがて徐々に神獣の姿は薄くなり、やがて消えてしまった。だから、ユラはそのことを夢かもしれないと思い、誰にも言わずにいたのだった。
(神獣様って、本当にいたんだ)
『わしら神獣は誰にでも見えるわけではない。お前は神獣を見ることができるのだな。巫女の素質をもっているということか。さて、どうしようか』
感動するのユラ言葉を聞いたかのように神獣が言った。ユラは我に返って、焦った。祖父のときと同じように神獣がユラの魂を迎えに来たのだとしたら、ユラはどうなってしまうのだろうか。
「待って、待って。私は死んじゃうの?お爺様みたいに私の魂も連れて行かれちゃうの?それは困ります。助けて!」
あまりの驚きに、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。そんなユラに、神獣はなだめるような声音で言った。
『何か勘違いをしておるようだな。神獣は人の魂をどうにかするような存在ではないぞ。むしろ、人を含め生き物の平和を守る存在だ。ただ、わしは、お前がわしの存在に気づくとは思っておらなかったので、どうしようかといっただけじゃ。わしは、このノキの郷に巣食う魔成獣を退治するのを手伝うために、お前を依り代にしようと思っておったのだ。だが、お前に巫女の素質があるなら、その手間が省けたわ』
「え?依り代って・・・・・・」
『少し体を借りることだ』
「私の体を勝手に使うもりだったの?」
『一時的なことだから、気にするな』
「・・・・・・」
気にしない訳がない。やめてほしい。ユラは二の句を継げずにぽかんと口を開けた。神獣はそんなユラの様子をしばらく眺めていたが、やがて言葉を続けた。
『そんなことより、郷人への伝言を頼む。魔成獣討伐に行くのなら地面に気を付けろ。魔成獣は地面に巣食っておる。罠にも気を付けろ、とな』
「地面に罠?」
『そうだ。わしは様子を見ることにするから、しっかり励めよ』
「え?ちょっと待って・・・・・・」
ユラが言い終わる前に、神獣は姿を消してしまった。その直後、カイが部屋に戻ってきた。
「ユタ、起きたのか。よく眠れたか?」
世界が急に現実味を帯びたような気がした。今まで夢を見ていたような気さえする。
「うん。変な夢を見たような気がするけど、よく眠れたよ。すっかり元気。カイさんはどこに行っていたの?」
「魔成獣討伐の作戦会議だ。明日の朝、決行することになった。ユタはここで待っていたらいい」
「え?ぼくは留守番ですか?ぼくも手伝います」
神獣との約束があるので、ユラは慌てて言ったが、カイは厳しい顔つきで首を左右に振った。
「いや。子供は魔成獣討伐に連れていけない。ミクリの郷のオオヅメ退治はユラが勝手についてきたんだから例外だ。仮に連れて行くとしても、今回の魔成獣は姿を現さずに襲ってくるというから、俺もユタを守りきれるかわからない。危険だから待機しててくれ」
「はい。わかりました」
ユラはしょんぼりとした気持ちになってうなだれた。それに、ここで無理を通すのもユタらしくない。今、ユラがユタと入れ替わっていることがばれてしまっては、郷に連れ戻されてしまうだろう。
神獣には「励め」と言われたけど、作戦の頭数に入っていなかったのだから仕方がない。
(そもそも、あれは寝惚けて見た夢だったのかもしれない)
そう思ってユラは深く考えないことにした。
翌朝カイたちを見送ったユラが部屋に戻ると神獣がいた。
『なぜついて行かぬのだ』
「作戦会議の結果、わたしは留守番になったらしくて」
ユラは慌てた。
『わしが言ったことはちゃんと伝えてあるのだろうな』
神獣の問いにユラはおののいた。冷汗が手のひらに滲んできた。ユラは衣の裾を握りしめておずおずと言った。
「あ、ごめんなさい。夢だったかと思って……」
『伝えてないのか』
神獣の第三の目がカッと開いた。
「ハイ」
ユラの返事に神獣がうなだれた。
『まったく。仕方のない。今から追いかけるぞ』
「え、でも、わたし、ついてきたらダメだと言われていて……」
『大丈夫だ。わしがついておる。行くぞ!』
神獣がユラの衣服の袖を咥えて引っ張った。意外に力が強い。
「ちょっと待ってください。武器になるものを持って行きます」
そう言ってユラは弓を持ち、矢筒を肩にかけた。ユタに作ってもらった黒曜石の小刀と、魔成獣の捕縛用に縄も持つ。
「準備できました。行きましょう」
かくして、ユラはこっそり館を抜け出し、神獣様と共にカイたちの後を追うことになった。
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