表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第10章 王家の聖杯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/88

第87話 絶えた花の鼓動

「わ、割れた……!」


 掌の上で、胡桃(くるみ)のような小さな種に一筋の細い亀裂が走る。


 小刻みに震える種の表面に走ったひびが、じわじわと枝分かれして、やがて殻全体を覆い始めた。その隙間から、白い何かが顔を出す。


 か細く儚げに光を帯びて、まるで星の欠片が内側から押し出されてくるようだった。淡い翠色の光が殻の隙間から零れ落ち、小さな種が鼓動のように、こくん、こくん、と規則正しく脈打ち始める。


「さ、咲いたぁ……!?」

「う、動いてる……!」


 私は息をすることも忘れ、その小さな命を見つめる。エリオット様も目を丸くしながら身を乗り出した。


星冠(スター・クラウン)がついに、現代に蘇る……!)


 白いものは光の粒子を零しながら少しずつ、少しずつ、掌の上に姿を現し始めた。二本の細い芽がゆっくりと顔を覗かせる。嬉しさで胸がいっぱいになり、こんな時なのにはしゃぎそうになる。


 ――だけど。


 芽は植物らしく伸びていかなかった。


「えっ……?」


 最初は芽のように見えたそれに、みるみる(いろどり)が加わっていく。純白から翡翠色へ、加えて金の縁取りが装飾のように覆い始めた。


「こ、これは……何なの?」


 透き通る薄い膜が幾重にも広がり、まるでステンドグラスが命を持ったように光彩を放ちながら、一対の羽の形を成していった。あまりの神々しさに顔が引きつってしまう。


「え、えっ、えっ? なんで羽……? これって植物の種じゃないの……!?」

「……(さなぎ)から蝶が生まれているようだね」


 エリオット様が息を呑んで呟いた。まさに蝶の羽化だ。殻の中から現れた小さな存在は、光を零しながらゆっくりと羽を広げていく。


「こ、これは、どう見ても蝶ですよね……? 只の蝶じゃないけど……」


 美しい羽に見惚れてしまう。


「……アイリス、体の部分を見て」

「えっ?」


 指摘されて改めて目を凝らす。殻の割れ目からゆっくりと這い出していた羽の下の小さな体が——人の、女性の形をしていた。親指ほどの大きさの。


 腰まで届く翠の髪、金色の瞳、半透明の肌。翡翠色と金の羽を持つその存在は、光の軌跡を零しながらゆっくりと掌の上に立ち上がり、ぱちりと目を開けた。


「このこ、まさか……妖精(フェアリー)……!?」


 思わずそう呟いた、その瞬間だった。


 〖——ロマンスの香りがする〗


「わっ!?」


 びくりと肩が跳ね上がる。音ではなかった、声でもなかった。頭の中に直接、鈴を転がしたような愛らしい声が直接響いてきた。


「念話……!?」


 エリオット様も驚いた声を上げる。


 小さな少女は眠そうに大きく伸びをすると、ゆっくりと翡翠色の羽をはためかせ掌から飛び立った。翠色の光の尾を引きながら宙をくるりと回る。まるで春風そのものが姿を持ったような、美しく神秘的な光景。


 その間に最初は親指ほどだった体が、あっという間に掌ほどに大きくなっていく。


 そしてふわりと、私の顔の真正面で止まった。翠色のちっちゃな瞳が、まっすぐにこちらを覗き込んでくる。ジーっと透かされるように見られた。


 〖キミだね。アタシに美味しい魔力を届け続けてた娘は〗


「え……あ……は、はい」


 〖《花の帳(フローラル・レコード)》……すごく珍しい才能ねぇ。植物への愛が魔力に滲み出てるの。最高に美味しくって毎日が夢見心地だったわ〗


 妖精(フェアリー)は私の周りをくるくると飛びながら、光の尾を引いてきらきらと軌跡を残した。


 〖アイリスっていうんだ……うふふ、可愛い娘ねぇ〗


「あ、あの……あなたは?」

妖精(フェアリー)、ということでよろしいでしょうか?」


 呆然としている私の前に、警戒するようにエリオット様が一歩出た。


 妖精(フェアリー)——誰でも知ってる、高い知性を持つ珍しい種族。絵本にもよく登場する。


 善性と悪性の妖精がいて、いずれも高い知能を持ち言語で意思疎通が可能だって言われてる。善性の妖精は人に友好的で力を貸すこともあるけど、悪性の妖精は災いを呼びイタズラや危害を加えることもあり、魔物と呼ばれることさえある。


 〖まぁ、この姿を見ればそう思うよねぇ〗


「……というと?」


 妖精(フェアリー)はエリオット様をちらりと一瞥し、それからまた私の方へ向き直った。


〖アタシは世界樹(ユグドラシル)


「は?」


 ぽかんとしてしまう私達。……世界樹(ユグドラシル)って一つしか思い浮かばない。まさか、神話のあれ?


 〖アタシは世界樹(ユグドラシル)に宿る意思——地を司る精霊王の端末。妖精(フェアリー)の姿は仮初(かりそめ)のもの。ちょっと動きやすい格好してるだけ〗


「ゆ、世界樹(ユグドラシル)……!?」

世界樹(ユグドラシル)って……創世の神話に出てくる、あの?」


 私達の声が裏返った。


 〖うん、それそれ♪〗


 まるで「今日は晴れてるね」とでも言うような軽い調子で言わないで欲しい!


(ほ、本当なの……?)


 世界樹(ユグドラシル)——子供の頃に誰もが読むお伽噺、この世界の創世神話に現れる存在。多分、この王国だけじゃなくって、世界中で読まれている物語。


 太古の時代、創世の女神が最初に植えた一本の樹。その樹から森が生まれて、草花が生まれて、果実が実って、この世界は緑で満たされた。この世界のあらゆる緑の始まりが世界樹(ユグドラシル)——それが神話の一説。


「あ、あの……この種は、星冠(スター・クラウン)の種ではなかったのでしょうか? あなたの……種だったのですか?」


 〖うーん? どっちもかな〗


「えっ?」


 〖この世界にある全ての植物は、元を辿ればぜーんぶアタシが創り出したもの。種はアタシの一部から生まれた子供みたいなもの。だから星冠(スター・クラウン)の種でもあるし、アタシの一部でもあるし、宿ることができる依代(よりしろ)でもある——そういうこと〗


 さらりととんでもないことを言う妖精(フェアリー)に、頭が追いつかない。翡翠色の羽をぱたぱたと動かしながら、得意げにえへんと胸を張っている。その仕草はなんとも可愛らしい。


 〖アイリスのマナ、とっても美味しいわ。植物への愛がそのまま魔力になってる感じ、アタシ大好きよ。あと、さっきのヤキモチな魔力は堪らなかったわぁ、思わず来ちゃった♪〗


「は、はああ!?」


 ヤキモチなんて妬いてないもん!……いや、今はそれどころじゃない!!


 〖昔仲が良かった人間と似た魔力なのよぉ。この国の建国王に——わぷっ!?〗


 再び身軽にくるりと宙返りをして、私の目の前で止まった妖精(フェアリー)を両手でそっと包み込んで、捕まえる。


「お、お願い!!」


 小さな体が手のひらの中でばたばたとする感触があった。でも逃がさない。


「女王陛下を助けたいんです! 毒で苦しんでいるの! 解毒剤を作るために、星冠(スター・クラウン)を蘇らせてください!」

「陛下の状態は一刻を争ってるんだ、力を貸してくれないか?」


 〖……ふぅん?〗


 必死に叫ぶ私達の声に 妖精(フェアリー)が、ぴたりと動きを止めた。


 掌の隙間から、緑色の瞳がこちらをじっと覗いている。さっきまでの軽い雰囲気とは少し違う、何かを見定めるような目だった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ