第82話 真犯人の捕縛
昨日の夜の予定の公開設定をミスってました(涙)
「う、うわあぁ……! 飛んでる……!」
思わず呟いた震える声が、しんと静まり返った夜会の庭に響いた。
満天の星々を切り裂くようにして、幾筋もの魔力の光が軌跡を描き、その中心で白銀の長髪が夜風になびいている。まるでその光から零れ落ちてきたかのような、あまりに神秘的な光景だった。
ルミエラお姉様が満天の夜空から、ゆっくりとこちらへと降下してくる。翻る衣の裾が星明かりを弾いて煌めき、その姿は迷える民を導く女神そのもののようであった。その場に居る誰もが言葉を失い息を呑み、ただその降臨を仰ぎ見ることしかできない。
(お、お姉様、普段から急に現れると思ったら……空を飛んでたの!?)
日頃から唐突に現れては私を驚かせるお姉様に、いい加減慣れてはいた。でもまさか空を翔けていたなんて想像すらしていなかった。
目を輝かせながらその姿を見上げていると、お姉様のさらに頭上にもう一つ異様な影、夜空に紛れ黒い丸の物体が浮いている事に気がついた。
「え? あれ、なに……? 人……!?」
目を凝らしてみれば、それは紛れもなく人の形をしていた。目元だけを覗かせて全身を黒い布で覆った、いかにも訳ありな風体の者が三人。まるで見えない縄で縛られたかのように丸く固められ、白目を剥いて完全に気を失った状態で宙に浮かんでいる。
ルミエラお姉様が音もなく地に降り立つのとほぼ同時に、その三つの影も地面へ放り投げられた。ドサッ、ドサドサッ、という何とも痛々しい音が夜の庭に響き渡り、居合わせた誰もが思わず顔を顰める。
「これを呼んでたんでしょう? 連れてきてあげたわよ」
さも当然のことのように、お姉様は涼しい顔でそう言い放った。
「……ッ!?」
クラウス殿下は目と口を限界まで見開き、私以上に驚愕し絶句していた。私はその横顔を見ながら、先ほど医務室で交していた会話をふと思い出す。
『あっ。そういえば庭園に行った時、誰かいたのよね』
『なに、そうなのか? あそこは関係者以外立ち入り禁止の場所のはずだが』
『近衛かと思っていたら……帰り際、一瞬だけ殺気を漏らしていたのよね』
『……恐らく兵士ではない、本来誰も立ち入る予定は無かったからな。巡回ルートからも外れている』
お姉様はあの時、庭園に何者かが潜んでいることに気が付いてた。そこで私達は犯人に協力者がいる可能性を疑った。
「ば、馬鹿な……こ、こいつらは帝国が誇る精鋭中の精鋭だぞ……! こんな、いとも容易く……!」
思わず口をついて出たような、クラウス殿下の一言に周囲の空気が凍りついた。
「帝国……?」
私たちが揃って小首を傾げると、しまったとばかりにクラウス殿下は口元を手で覆った。”帝国”といえば、長年国境を接し、幾度となく小競り合いを繰り返してきた大国。
「し、知らん! わ、私はそんな連中とは何の関係もない……!」
震える声で必死に取り繕おうとする殿下の姿は、もはや一国の王子としての威厳など欠片も感じらず、滑稽なものだった。額には玉のような脂汗が浮かび、視線は落ち着きなく泳ぎ、こんなにも小心な方だったのかと哀れみすら覚えてしまう。
そんな怯えきった殿下を前にして、私の家族は――どこか妖しい微笑みを浮かべていた。
(こ、この笑み今日はよく見るなぁ……!)
「言い訳はどうでもいいわ。これだけ証拠が揃っていればすぐに分かる話だし」
ルミエラお姉様が、氷のように冷ややかな声で言い放つ。
「へえ……帝国と裏で通じていたんだ。まあ、そもそも陛下に毒を盛った時点で国家反逆罪は免れないよ。法では最も重い大逆罪に分類される。情状酌量の余地はなく、極刑は避けられない」
エリオット様が淡々と有無を言わさぬ口調で告げ、クラウス殿下から血の気が引いていく。
「小物にしては随分と大それた事件を起こしたものだと思っていたが……なるほど、敵国に唆されていたか」
アレクシス様が呆れたように呟いた。
「ひっ、ひぃいぃ!」
お兄様に拘束されたまま、クラウス殿下は震える体を必死に奮い立たせようとする。しかしびくともせず、その抵抗は往生際が悪いだけだった。
「これは、罪人として陛下に飲ませた毒を飲んでもらわねばな」
「いっ、いやだあああぁ!? 毒杯など飲みたくない!」
はぁ、とエリオット様は溜息をついた。
「兄様は”毒”と言ったんだよ? どうして毒の中身が”毒杯”だと知っているのかな?」
「ぃいっ……!?」
殿下は取り乱しすぎて、次々と証言を零していく。
すでに周囲には夜会の異変を聞きつけた近衛騎士や兵士、貴族が続々と集まり、遠巻きにこの光景を見守っていた。
「一つだけ、理解できないことがあるんだよね。帝国から支給されたであろう毒を使わずに、どうして”王家の毒杯”を使ったんだい? おかげで容疑者を楽に絞り込めたよ」
「……ッ!?」
エリオット様がわざとらしく首を傾げてそう問うと、クラウス殿下は喉の奥から悲鳴とも呻きともつかない声を漏らした。そこまで見抜かれているとは思ってもなかったのだろう。
「まあいいさ。あとは牢の中でゆっくりと洗いざらい自白することだ」
「う、うわあぁあ! ゆ、許してくれ! 私は、私はただ……!」
もはや王子としての体面も何もかも投げ捨て、泣き喚くクラウス殿下。悲鳴を上げ続ける殿下をよそに、アレクシスお兄様が静かに近衛騎士たちへ目配せを送る。
それを合図に、クラウス殿下と、いまだ気を失ったままの帝国の諜報員三人が、次々と縄で厳重に捕縛されていった。
あれほど大それた事件でありながら、犯人逮捕は呆気ない幕引きだった。その一部始終を、私はただ呆然と眺めていた。
星空の下、これほどまでに劇的な断罪劇の幕が下りたというのに、不思議と胸の内に去来するのは安堵よりも、これから始まる新たな戦いへの熱意だった。
「クラウス殿下の尋問も、事件の全容解明も、祝賀会の後始末も――後はシリウス兄様と近衛騎士達に任せておけばいい。僕達には大至急やるべき、もっと大事なことがある」
エリオット様が静かに口を開いた。
「女王陛下の解毒と治療だ」
「はいっ!」
その一言に、私は自然と背筋が伸びるのを感じた。今夜のこの騒動は一つの区切りを迎えたに過ぎない。
必ず陛下をお救いしてみせる――そう固く心に誓いながら、私は改めて気合を入れ直すのだった。
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