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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第2章 アルヴェリア公爵家の受難

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第8話 少年は恋をする

 エリオットもまた、アルヴェリアの血を引く者として例外なく魔法の才を宿して生まれてきた子供だった。

 だが彼は、その才を磨き栄光を掴むという、本来なら当然歩むべき道を自ら捨てた。


 ただひとつ――家族を救いたい、その一心だけを胸に抱いて。


 来る日も来る日も、彼は教会へ通い冷たい石床に膝をついて祈り続けた。幼い身体には重すぎる願いを抱えながら、それでも諦めることなく、ただひたすらに家族を思い祈り続けたのだ。


 そして、その祈りに応えるように、彼に授けられた力が――《錬金の神匠(デウス・アルケミア)》。


 神の名を冠する異端のスキル。


 触れた素材から『製作図(レシピ)』を導き出し、ありとあらゆる薬や物質を一瞬で錬成し創造する力――それは伝承の中で謳われる、規格外の力だった。だがその力を得てもなお、彼の戦いは終わっていない。


 エリオットは、その力を決して公にはしなかった。


 公表すれば様々な厄介事に巻き込まれるだろう。

 利権を(むさぼ)る王侯貴族が、我儘(わがまま)な王女達が、彼との繋がりを手に入れるべく謀略を巡らすはずだ。


 アルヴェリア公爵家はもともと魔法の名家、且つ見目麗しき一族として王族から目を付けられている。長兄シリウスが王族に半ば奪われる形で強引に王配とされた時に、その執着の強さは嫌というほど思い知らされていた。


 王侯貴族の相手をしてる時間なんて、エリオットには無い。彼は節操ない貴族連中に辟易(へきえき)し、長兄を王族に奪われたことを恨んでいる。兄と姉の病気の治療は一刻を争うのだ。


(こんな時に王侯貴族に絡まれるなんて、絶対に御免だ……)


 しかし、だからこそ――家族以外に頼れる者がいない彼は、孤独だった。




 ◇◇◇




 城の奥、人気のない回廊を抜けた先にある角部屋の前で、エリオットは足を止めた。


 重厚な扉を開けると、そこには膨大な素材が保管された大きな倉庫が広がっている。瓶詰めの薬草、鉱石、魔物の素材、見たこともない異国の品々まで、ありとあらゆる素材が整然と並べられていた。


 並べられた無数の素材を見渡しながら、エリオットは静かに息を吐いた。


「薬の素材に何の目星もついて無い……もっと錬金素材を入手しないとね……」


 多属性魔力(エレメンタル・カオス)干渉病(シンドローム)。姉ルミエラを蝕む病魔から救う手掛かりは、未だ見つかっていない。


 素材から『製作図(レシピ)』を導き出せる彼が何の目星もついていないという事は、要するに薬に必要な素材をまだ入手出来ていないという事を意味している。


 焦燥(しょうそう)は胸の奥で(くすぶり)り続け、孤独な戦いは心は擦り切らせていた。


 ……そのはずだったのに。


「……ははっ」


 エリオットから、小さく笑みが漏れた。今日の彼は珍しく表情が明るく、余裕さえあるように見える。


 思い返しているのは、昨夜の蒼い月夜に出会った少女と過ごした、馬車工房。


 平民らしい質素な装いでありながら、どこか気品のある黄金色の美しい少女。蒼月花に囲まれ木漏れ陽のように朗らかに微笑む彼女が、エリオットの心に灼きついている。


 悲哀に暮れた日々の中、ついに彼は希望に巡り会ったのだ。


「アイリス……」


 名前を口にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


「アイリスはまるで、豊穣の女神だ……!」


 例えば大飢饉に陥ったとしよう。小麦や果実などの作物も植物だ。無尽蔵に植物を生み出せるアイリスがいれば、民が飢える事は無い。彼女はたった一人で解決できる。


「でも彼女の力は登録した植物を無限に、しかも最高品質で取り出せる……それだけじゃない」


 実の家族や貴族社会から『泥まみれ令嬢』と嘲笑われていたアイリス。そんな彼女の真価を、エリオットは正確に理解していた。


「《花の帳》には、植物の生息域から効能まで詳細に描かれていた……たとえまだ登録されていない植物であっても、だ」


 それは、エリオットの『製作図』に近しい力。まさに『植物図鑑』。生息域が分かるなら、蒼月草のように入手が難しい植物であっても、自ら採集に向かえばいい。


「彼女となら、きっと薬の素材を見つけ出せる……どんな薬だって、作れる!」


 そして、思い至った答えは正解だった。殆どの薬において植物は大事な素材だ。


「アイリスは僕にとって唯一無二のパートナー……」


 エリオットは彼女と過ごしたブルームーンの夜に、そう確信していた。


「そして、間違いなく……僕の運命の女性(ひと)だ!」


 驚くほど自然で疑いようもなく、あまりにもあっさりとその結論は胸に落ちてきた。ただ、そうだと分かる。理由は至極単純だ。


「……可愛いんだよな」


 ぽつりと零れてしまった本音に、そんな自分を苦笑する。


 薬の製作に無邪気に目を輝かせる様子。自分が役に立っていると知った時の、あの心から嬉しそうな笑顔。彼女の真心は、彼が知っている節操のない貴族令嬢とは全く異なっていた。


「……参ったなぁ、こんな時に」


 兄と姉の命が懸かっている最中で、恋などしている場合ではない。そんなことは、分かっている。だが彼の想いは胸の奥で強くなる一方だ。


 畏れ、打算、期待、欲望――他人からは、そんなものばかりを向けられてきた。

 だが彼女は違った。純粋な優しさで協力してくれて、自然体で笑いかけてきた。


「絶対に、彼女を手放さない」


 それは静かな宣言だったが、その実、執着にも似た強さを孕んでいた。


「アイリスは――僕の妻にする」


 一拍置いて、はっきりと告げるエリオット。


「早速、父様に話を通しておこう!」


 くるりと踵を返す。ふっと、柔らかく――けれどどこか危うい笑みを浮かべた。


 こうして。


 アルヴェリア公爵家三男、エリオット・アルヴェリア。

 十四歳にして天才錬金術師、そして恋に落ちた少年の暴走は――もはや止まることなく、一直線に加速していくのだった。


 ………………そしてこれは、アルヴェリア公爵家における“()()()()()”に過ぎなかった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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