第7話 少年は奔走する
ブルームーンの夜が明け――
エリオット・アルヴェリアは、街娘アイリスと共に大量の薬を作り終えたのち、名残惜しさを胸の奥に押し込めながら彼女と別れ、急ぎ帰路についていた。
馬車の中には、棚に収まりきらないほどの【蒼月の雫】が整然と並べられている。
揺れるたびに小瓶同士が微かに触れ合い、涼やかな音を立てるその響きが、まるで“希望はある”と語りかけてくるようだった。
(……アイリス)
ふと、彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
ころころと変わる表情、無邪気な笑顔、そして何より――一切の曇りの無い純真さ。
無尽蔵だと思われる生み出す力、劣化どころか最高品質の複製、しかも対象は“植物全般”。
彼女はその価値をまだ理解していないようだけど。
(彼女の力は、常識を……世界を変えるだろう)
そう断じても過言ではない。
“役に立てたこと”を純粋に喜んでいた彼女の姿が頭に焼き付いている。胸の奥に宿る熱にエリオットはわずかに目を伏せた。
やがて馬車は、領都アンダルシアの中央にそびえるアルヴェリア城へと到着し、広大な敷地の奥、城内の重厚な扉を幾重にも抜けた先――静寂に包まれた一室へと急ぎ向かう。
そこに、彼の兄はいた。
ベッドの上で横たわるその身体はかつての面影を残しているものの、既に『焔冠の麗君』と呼ばれていた頃の姿とは大きくかけ離れている。
呼吸は浅く苦しげで、意識は無いまま時折かすかな嗚咽のような音を漏らしていた。
「……兄様」
そっと近づく。
震える手で小瓶を取り出し、その中の【蒼月の雫】を慎重に唇へと運ぶ。
「頼む……」
願うように、祈るように。ゆっくりと、雫が喉を通る。
その瞬間――
「……っ」
兄の身体が、わずかに震えた。
そして。
先ほどまで苦悶に歪んでいた表情が、ほんの少しだけ緩む。呼吸が、穏やかになる。
まるで、嵐が過ぎ去ったあとの湖面のように。
「……!」
息を呑むエリオット。
「効いてる……!」
かすれた声で呟いた瞬間、膝から力が抜けそうになる。
「……よかった……」
そのままベッドの脇に手をつき、深く息を吐く。
「本当に……よかった……!」
強く握りしめた拳が震え、気づけば涙が頬を伝っていた。
◇◇◇
アルヴェリア公爵家は、代々魔法に秀でた名門である。
その中でも次男アレクシスは、まさに天賦の才と呼ぶに相応しい才能を持っていた。
かつて王宮筆頭魔術士団の団長を務め、『焔冠の麗君』と謳われた美貌と実力を兼ね備えた存在。
だが、その才能こそが彼を壊した。
アレクシスの体に宿る膨大な魔力は、体という器を破壊し始めたのだ。
彼を蝕む不治の病魔の名称は――
「魔力極大化症候群……」
エリオットはぽつりと呟く。
体内に収まりきらないほど膨れ上がった魔力が、肉体そのものを侵食し、破壊していく病。
内臓は徐々に溶け、骨格は歪み、体は肥大化し原型を留めなくなる。
大きな才能が、無慈悲にも呪いへと変わる――魔術師にとって、最も恐ろしい不治の病の一つだった。
そんな彼は、一年近く眠りについている。
かつての『焔冠の麗君』の姿は、もうここには無い。
「……でも」
エリオットは、顔を上げる。
「絶対に、治る……僕が救ってみせる……!」
エリオットは誓いを胸に、己を奮い立たせる。
その瞳に宿る光は、幼さとはかけ離れた決意の色を帯びていた。
「兄様も姉様も……そして父様も! 家族は皆、僕が必ず治すッ!」
10年間以上もの間、アルヴェリア公爵家には受難が続き、城内には暗い空気が流れていた。
◇◇◇
それから数刻後。
徹夜だったため仮眠を取ったあと、昼下がりの光が差し込む時間に、エリオットは再び兄の部屋を訪れていた。
ベッドの上のアレクシスは、相変わらず眠っている。だが、その表情は――
「……穏やかだ」
明らかにこれまでと違っていた。
苦悶は消え、呼吸は安定し、まるでただ眠っているだけのように見える。
「効いてる……間違いない!」
そう呟いた時、脳裏に浮かんだのは――やっぱり、彼女だった。
「……アイリス……ありがとう、君のおかげだ」
彼はようやく一先ずの安心を得た。このまま治療を続ければ、兄は回復するだろう。
兄の部屋を出て城の長い廊下を歩きながら、エリオットは腕を組んだ。その思考はすでに、次へと向いている。
「【蒼月の雫】は大量に作れたから、アレクシス兄様の治療の目途はついた。あとはきっと時間が解決してくれるだろう」
視線が、遠くを見据える。
「次はルミエラ姉様の『多属性魔力干渉病』だ……くっ、厄介な……」
エリオットと共に奔走していた姉は二ヶ月前に倒れ――今も目を覚ましていない。
長女ルミエラ。
彼女もまた、“天才”がゆえに自らの才能に命を脅かされている。
本来、魔術師は一つの属性に適性を持つのが一般的だ。
だが彼女は違った。火、水、風、地――四属性を扱う稀代の天才。
その結果、体内で各属性の魔力同士が干渉し合い、循環を阻害するという致命的な症状を引き起こす。
複数の力が、互いを打ち消し合い、削り合い、やがて命そのものを蝕んでいく。
食事の栄養すら吸収できなくなり瘦せ細った末、最終的には衰弱死に至る。
「……残り、あと半年ぐらいか……急がなくっちゃ」
エリオットはぽつりと呟く。
「……今は、僕一人だ」
他にも家族はいる。だが、不運にも“頼れる者”がいない。
当主である父レオンハルトは10年前の大戦で重傷を負い、生死の境を彷徨った。
奇跡的に命を取り留めたものの片手と両足が麻痺し、心も深く傷ついたままで、気力が失われている。
母エレノアは――父が危篤の際に……亡くなった。
長兄シリウスは次期女王に見染められ、強引に王配になることが決定してしまった。
王族に召し抱えられ王都に縛られた彼には、余裕が無い。もちろん、間接的に協力はしてくれている。
つまるところ今、公爵家の中で頼れるのはエリオットしかいないのだ。
たった十四歳の少年が、アルヴェリア公爵家を一人で背負って立っている。
その現実は、あまりにも重い。
けれど――
「……僕が必ず、家族を救う」
エリオットが呟いた言葉には、確かな希望の光が宿っていた。
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