第6話 夜明けの丘の上で
エリオット様が棚にある素材を見回しながら、少し眉を寄せる。
「くっ、薬草を切らしてしまった……! こんなに持ってきてたのに、これは想定外だ……!」
「えっ?無くなったんですか?」
「うん、ここで打ち止めかな……」
困ったように呟く彼を見て、私はふと閃いた。
「あっ、それなら!」
ぱっと《花の帳》を開く。
「《花の帳》、薬草を出して!」
光が弾けた次の瞬間、本の上にこんもりと薬草の山が現れた。
「……!」
エリオット様の目が見開かれる。
「ああ、そうか……!その手があった!」
次の瞬間、彼はぱっと表情を輝かせた。今度はエリオット様が何か思い至ったみたい。
勢いよくこちらを振り向くと、細い葉の生えた小さな球根植物を差し出してきた。
「アイリス、この薬草を見て」
「え?」
差し出されたその薬草は、細く伸びた葉と透明感のある水色の球根がとても綺麗で、思わず見入ってしまう。
「これはレインモンドっていう、外国の貴重な薬草なんだ」
「へええ、可愛いですね!」
「このレインモンドは《花の帳》に登録されてる?」
「この植物は初めて見たので、されてないと思います」
一応《花の帳》のページをめくると――
「やっぱり、白黒ですね……この薬草は登録されてないみたいです」
「よし」
きょとんとしている私に、彼はにやりと少し悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、レインモンドを《花の帳》に登録して、取り出してもらえないかな?この薬草もまた、無くなりそうなんだ」
「あっ、なるほど……!」
彼の言葉に、思わず目を輝かせてしまう。
「やってみます!」
彼が差し出していたレインモンドにそっと触れると、それは光の粒子となって《花の帳》へと吸い込まれていった。そして、ページが色づく。
「《花の帳》、レインモンドを取り出して」
ふわりと光が広がり――次の瞬間、図鑑の上には同じ水色の球根植物がいくつも並んでいた。
「わあっ……!出来たあ!」
思わず声が漏れる。
「ははは……本当にとんでもないな……本当にすごいよ……」
エリオット様は《鑑定》を使いながら、しばらくレインモンドを手に取り見つめていた。
そして――ゆっくりと、私の方を見る。呆れたようにちょっと引き攣ってるように見えた。
そんな彼の視線に、少しだけ緊張してしまう。
「……君の魔力は殆ど減ってないよね?」
「はい、全然平気です! 幾らでも大丈夫そうです!」
にっこりと笑って答えると、彼は一瞬ぽかんとしたあと――くくっ、と肩を震わせた。
「……アイリス」
「はい?」
「君は間違いなく規格外だ」
「ええっ!? わ、私そんなに変ですか!? そんなに悪い!?」
思わず慌て食い気味に言うと、彼は堪えきれないように吹き出した。
「違う違う、褒めてるんだって! 呆れるほどにね!」
「えええぇ!?あれぇ!?」
「ははははっ!」
とうとう耐えきれなくなったのか、エリオット様は声を上げて笑い出した。心底面白そうに目尻の涙を拭っている。
「あはははっ!ありがとう、アイリス!」
その笑い方は、さっきまでの落ち着いた雰囲気とはまるで違って、年相応の少年らしさがにじみ出ていて――
それに釣られて、私も笑ってしまう。
――嬉しい。ただそれだけの気持ちが、胸いっぱいに広がっていく。
役立たずだって言われ続けてきた私が、 誰かに頼られて、役になって必要とされて、笑ってもらえている。その事実が、どうしようもなく嬉しいの。
(もっともっと……誰かの役に立ちたいなぁ)
そんなことを思いながら――エリオット様と私は、無邪気に薬を作り続けたのだった。
◇◇◇
いつの間にか夜の帳はゆっくりとほどけ始めていた。
馬車の小さな窓から差し込む光が、ほんのりと白みを帯びていることに気づいた時、私ははっとして顔を上げる。
「……あ、朝……?」
気づけば、長い夜が終わろうとしていた。
蒼く輝いていた月がその存在感を薄めていき、代わりに東の空が淡い金色に染まり始めている。夜と朝の境目、その一瞬だけに許されたような静かな時間が、辺り一面を包み込んでいる。
そんな外の光景とは裏腹に、馬車の中はとんでもなく賑やかなことになっていた。
「……沢山作りましたねぇ」
「うん、これだけあれば充分だ」
棚は【蒼月の雫】の小瓶ですべて埋め尽くされ、さらに置ききれなくなった小瓶が床にまで整然と並べられている。白く透き通った液体が朝の光を受けてきらきらと輝き、その数はもはや数える気すら失せるほどだった。
「うーん、アースドラゴンの鱗がなくなったか……これは君でも流石にどうにもならないね」
「ど、ドラゴンの鱗……!?」
そんなの素材に使ってたの!?
「よし、ここまでにしよう」
その声には、どこか満ち足りたような響きがあった。
「これだけの【蒼月の雫】があれば、きっと兄様を救える」
エリオット様は深く頭を下げて、嬉しそうに微笑みながら真っ直ぐに私を見つめて来た。
「君のおかげだ、ありがとう」
(お兄様が病気だったんだ……)
彼が焦っていた理由が、今になってようやく分かった。
「うふふっ、良かったですね」
エリオット様のお役に立てて良かったです!
あと……捕まらずに済んで、本当に良かった!
◇◇◇
馬車の外に出ると、ひんやりとした朝の空気が頬を撫でた。
思いきり背筋を伸ばすと、張り詰めていた緊張がようやくほどけていく気がする。
「んーっ……!」
大きく伸びをして、空を見上げる。
周囲を見渡せば、騎士たちだけでなく、いつの間にか集まっていたらしい街の人々の姿もあって、ちょっとした賑わいが広がっていた。
その中から、アネッサさんが駆け寄ってくる。
頭を下げて土下座して私を庇おうとしてくれた姿を思い出されて、涙が溢れそうになった。
「お嬢様!」
「アネッサさん!」
思わず飛びつくように勢いよく抱きついた。
「さっきはごめんなさい……! 迷惑をかけて本当にごめんなさい……!」
「もう、何を言っているの」
優しくアネッサさんに抱きしめ返された。
「いいんですよ。だってあなたは、もう私たちの子なんですから」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
「子を守るのは、親の務めです。そんなの当たり前でしょう?」
「……アネッサさん……」
実の両親は守ってくれませんでしたよ?
ぽろりと涙が零れちゃう、やっぱりだめだった。
「ほら、泣くのは後にして、それよりも――見てごらんなさい」
優しく頭を撫でられながら、指差された先を振り向いた瞬間。
「……ああっ!」
「心待ちにしていた景色が、待ってますよ」
街の住民達が眺める丘一面に――蒼月花が咲き乱れていた。
青白く、淡く光る花々が、朝の光を受けて一斉に揺れている。その光景はあまりにも美しくて、息を呑むしかなかった。
「わあああぁ!きれい……!」
「んっ?」
その美しい光景に見とれていたちょうどその時、エリオット様も馬車から降りてきた。
「エリオット様、見て下さい!あんなに沢山の蒼月花が……!」
「おお〜!沢山咲いたね」
大興奮した私は思わず彼の手を取って、そのまま引っ張るように丘の方へと駆け出す。
「あ、ちょっと……! アイリス……!」
驚いたような声が後ろから聞こえた気がするけど、構わず進む。
「ほらぁ、すごく綺麗! 朝露でキラキラ光ってます!」
振り返って笑いかけたその瞬間――彼の瞳が私を見て、ぴたりと止まった。
「……う、うん、そうだね」
ぽつりと、息を吐くような返事があった。
「もうお花を摘まなくても、大丈夫ですよね?」
「うん、もう充分に薬は作れたし、何より君がいる」
「お花もちゃんと皆に見て貰えて良かったぁ! すごく綺麗ですね、蒼月花!」
「う、うん……そうだね、綺麗だよ……」
無邪気に大喜びしながらエリオット様に微笑みかける。
彼は私を見つめたまま、照れたようにはにかんでいて、少し顔が赤く染まってた。
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