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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第10章 王家の聖杯

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第78話 ”元”王宮魔術師団長と”現”王国騎士団長

 祝賀会場に戻った瞬間、私は足を止めた。目の前に広がっていたのは、思いもよらない光景だった。


 真っ二つに割られたテーブル。砕け散ったグラスや食器が床に散乱し、料理が無残に飛び散っている。


 会場の壁や柱には無数の剣痕が刻まれ、ついさっきまで華やかな舞踏会が行われていたとは到底思えない有様だった。シャンデリアの光が、傷だらけの床をきらきらと照らしている。


(え……え……何事……!?)


 遠巻きに固まる来賓達の人だかりの向こう、会場の一角に、私はその光景を見た。


 多数の騎士と魔術師を背後に従え、細剣を正眼に構えるアレクシスお兄様。その剣先と空いた左手には、揺らめく炎の魔力がゆらゆらと渦を巻いており、熱気が遠くからでも肌に感じられるほどだった。


 騎士達もまた、一様に武器を構えてその場を取り囲んでいる。そして彼らの矛先が向いているのは——まさかの王国騎士団長、ヴァルスさんだった。


 大剣を両手で握り、仁王立ちで真正面からその包囲を受け止めているヴァルスさん。騎士団長の威風は健在で、全身から滲み出る剣士としての気迫は本物だったが、いかんせん多勢に無勢にも程がある。


(ヴァルスさん……!? なんで騎士団長が皆に剣を抜いてるの……!?)


 その場に駆け寄りよく見ると、ヴァルスさんの背後——その大きな背中に庇われるように、震えているヴィオレッタ王女様の姿があった。


 顔が真っ青で、唇が小刻みに震えている。煌びやかさがすっかり消え失せ、まるで迷子の子供のように小さく見えた。


「おいヴァルス、いい加減にしろ。馬鹿な真似はよせ——本当に逃げられると思っているのか」


 アレクシスお兄様の声は静かだった。怒鳴ってはいない。それがかえって、底冷えするような凄みを放っていた。


「ぐっ……う、うるさい! だがやらねばならんのだ! どいてくれアレクシス!」

「ヴィオレッタ王女の所持品から、毒薬が見つかったんだ」


(えっ!?)


 お兄様は淡々と告げた。


「彼女は現在、重大な容疑がかかっている。尋問に協力してもらわなければならない。それを阻むなら、お前まで共犯の罪に問われることになるぞ」


 その言葉に来賓達がざわめき、騎士達の目が鋭くなる。


「……まさか、ヴィオレッタ王女が犯人だった……?」


 隣でエリオット様が息を呑んだ。そして脳裏にあの瞬間が蘇ってくる。入場前の顔合わせの時、震える声でヴィオレッタ王女様が呟いていたあの言葉が。


『……ず、ずるい、ずるい……お姉様ばかり……! わ、わたくしだって……この家の一員になれるはずでしたのに……!』


 彼女は女王陛下に、嫉妬していた。


「ち、違います……わ、私は……そんなもの知りません……!」

「妻はそんな毒など知らないと言っている! やっていないと言っている! 俺は妻を信じる!!」


 ヴァルスさんが吼える。


「気持ちは分かる。だからこそ、真偽を確かめる必要がある。尋問で潔白が証明されれば、それでいい。ヴィオレッタ王女をこちらに引き渡せ」

「だ、だめだ! どうせ罪を被せられるに決まってる! 何者かが嵌めたんだろ!?」


「事情と事実を確認するだけだ。私を信じろヴァルス」

「信じられるか!!」


 ヴァルスさんが大剣を構え直した。剣先から、薄く剣気のオーラが滲み出す。武人としての本能が、全身に満ちていた。


「俺は騎士だ! そして夫だ! 妻は俺が護る——それだけだ! お前も言ったではないか、アレクシス! 俺はもう妻帯者だと! 妻さえ護れない騎士に、何の意味がある!!」

「ヴァルス……」


 背後で、ヴィオレッタ王女様が震える唇で彼の名を呼んだ。


「俺は頭が悪い、策も弁も立たん! どうすればいいのかさっぱり分からん! だから——妻を連れてここから逃げる!! どけ、アレクシス!!」

「この大馬鹿者がっ……!!」


 アレクシスお兄様がさすがに、初めて声を荒げた。


「騎士団長が罪を犯してどうする!? 逃亡など、お前の騎士としての誇りはどこに消えた!!」

「これが俺の誇りだ! 夫として、妻を護る——っ!!」


 ヴァルスさんが踏み込んだ。


「どけぇぇぇぇッ!! アレクシス!!」


 地を蹴る音が轟き、大剣が弧を描いた。その一撃は、並の騎士なら避けることすら叶わない速さと威力を持っていたが——アレクシスお兄様は細剣一本で、いともたやすく受け流した。


 鋼がぶつかる甲高い音が響く。


「っ……!」


 弾かれたヴァルスさんが、半歩後退した。


「落ち着け、ヴァルス」

「うるさいっ!!」


 二撃、三撃。ヴァルスさんの大剣が怒涛のように振るわれる。その一振り一振りに剣気のオーラが乗り、触れたものを断ち切るような鋭さがあった。私には全く目で追えない剣筋だった。


 だがアレクシスお兄様は、涼しい顔をしていた。


 比べると今にも折れそうな細剣で受け、捌き、時に半身でかわす。来賓達や周囲の備品への被害に気を遣いながら、最小限の動きで全ての攻撃を無力化していく。その動きに、無駄が一切なかった。


「お、お前……!?」


 ヴァルスさんの顔に、驚愕の色が浮かんだ。


「病み上がりだろ!? なんで……!? 前より、強くなってるじゃないか!?」

「おかげさまで。病を克服してから、全身の魔力の通りが隅々まで行き渡るようになった」


 アレクシスお兄様が、静かに答えた。


「以前の私と違う」


 左手の炎が、ふっと大きく揺れた。


「っ……!!」


(わっ!?)


 ヴァルスさんが咄嗟に後退する。生き物のように炎の壁が床を這い退路を塞いだ。それでいて不思議と周りに燃え移らない、精密な魔力制御だった。それを見て、ヴァルスさんの顔が引きつった。


 気を取り直す様に再び大剣が奔る。今度はオーラを全開に乗せた、渾身の一撃だった。踏み込んだ大理石の床が陥没し、空気が唸り、壁や柱に亀裂が走る。これを真正面から受ければ、細剣ごとへし折れてもおかしくない。


 そんな中、アレクシスお兄様はすっと身を沈め、一瞬消えたと思えば大剣の軌道の外にいた。そして大剣が空を切って床を切り裂いた瞬間、無防備になったヴァルスさんの側面へと細剣の柄を鋭く叩き込んだ。


「ぐっ……!!」


 ヴァルスさんの巨体がよろめく。膝が折れかけた。


「まだやるか」


 お兄様が静かに問う。細剣の切先が、ヴァルスさんの首元に添えられていた。

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