第77話 王国の暗黒時代
少しでも苦しみを取り除けるようにと、エリオット様は医務室にあった薬の材料から幾つかポーションを作った。
「これは解熱薬、これは痛みを和らげる鎮痛薬、それから身体機能を少しでも維持する回復薬だ。気休めにしかならないけど、飲ませたほうがいい。多少は苦痛が和らぐはずだ」
「エリオット、ありがとう」
シリウスお兄様は慎重に女王陛下の身体を抱き起こし、少しずつ薬を飲ませていく。薬が喉を通るたび、苦しそうだった呼吸がほんの少しだけ落ち着いた気がした。
けれど安心できるはずもない。
「薬草園を開放しろ、素材の保管庫も全てだ。珍しい素材から先に、量より種類を優先に中央塔へ運び込め。王都中の商会にも大至急、素材手配の使者を出せ」
矢継ぎ早にお兄様の命令が飛び、近衛騎士や使用人が駆け出していく。お兄様が王都中の素材を特急で手配をかけてくれた。準備できたものからこの中央塔に持って来てくれるらしい。
「私はアレクシスと王族を調査しよう。相手として厄介だからな」
「父様、宜しくお願いします」
レオンハルトお父様が静かに立ち上がって、行動を始めた。祝賀会場に向かうお父様を見送りながら、私は呟く。
「……陛下から星冠のお話を聞きました」
シリウスお兄様が陛下の状態を心配そうに見つめる中、私はエリオット様に星見の庭園で陛下が教えてくれた事を共有した。ルミエラお姉様は気怠そうにしながらも、珍しく真面目な表情で私達の言葉に耳を傾けている。
「星冠……伝説の国花か……。そんな花が存在してたんだ」
「《花の帳》にも載ってない、絶滅した花です」
エリオット様が眉間にしわを寄せる。私は陛下の言葉をしっかり思い出して彼に伝えた。
『王家が民を愛し、国が正しき道を歩む時——この花は満開に咲き誇り、その輝きで夜空の星々と語り合うのだと、詩に残っているわ。星冠が咲けば、国は星の祝福を受けると』
『正しき心の前にしか咲かない花——そう囁かれているの。星冠は、見る者の心を映す花……』
エリオット様が興味を引かれたように、シリウスお兄様に質問した。
「兄様、”星冠”が枯れてしまった王家の暗黒時代って、具体的に何があったの?」
「……実はな、私もアウローラも、詳しくは知らないんだ。王家でも断片しか伝えられていない。この時代の話は主に、お伽噺や詩として残っているものばかりだ」
陛下すら知らないことに驚いてしまう。
「暗黒時代の話を記す文献は殆ど処分されていて、空白の歴史になっているのさ。当時の王家はこの時代の歴史を隠したかったんだ」
「そんな、暗黒時代があったのね~、この国に」
ルミエラお姉様が気怠そうに呟いた。だけど、その表情はいつになく真面目だった。
「だが、城の禁書庫にある遺された書に、ほんの少しだけ書かれていた。その内容から何となく予想はつく。 暗黒時代の出来事とは、王家の聖杯を巡る利権戦争だ」
「えっ?」
その言葉に全員が息を呑んだ。
「星冠から作られる”王家の聖杯”は、王族やごく一部の国民に限定的に使用されていた。だが、暗黒時代の王家は高額な値で聖杯を売り始め、莫大な利益を貪り始めたのだ。国内だけでない、他国の王侯貴族も競って聖杯を求めた。外交手段としても使われるようになった」
『王家が傲慢になり、民を省みず、血で血を洗う争いや戦争に身を投じるようになった、暗黒の時代ね。その時徐々に徐々に……枯れていったと、古い文献に記されているわ』
陛下の言葉を思い出す。
「一つの小瓶で小さな国を買収できるほどの価値で取引されていた可能性がある。そんな聖杯を巡り、最終的には帝国と大きな戦争になった。こんな事態を招いてしまった暗黒時代を、当時の王家は歴史から隠したかったんだろうな」
医務室が静まり返った。
「……その時に全ての星冠を……枯れ果てる程に採取したんですか?」
「推測になるが、そうだと思われる。王家は星冠を摘み続け、聖杯を作り続けた」
(うわぁ……)
利権を巡り戦争が起きる程の薬、”王家の聖杯”。そしてその素材の”星冠”。
きっと、伝説の花はお伽噺ではなくちゃんと実在した。実際、その種は王家が大事に保管してるし。どうして咲かないのかは分からないけれど。
「……ん、種?」
自分でも気付かないうちに声が漏れていた。
(ひょっとして、私の力で種から芽吹かせることができないかしら?)
《花の帳》は、図鑑に登録した植物を自由自在に、私の想像通りに生み出せる。登録さえしていれば、何もない所から創造できちゃうのだ。だからわざわざ種から芽吹かせるのは、やろうと考えてこなかった。
「……もしかして?」
「どうかしたの? アイリス」
物思いにふける私にエリオット様が声かけて来た。
「あの、王家にまつわる種植えの儀式の話、さっきしましたよね?」
「うん、祭壇に星冠の種を植えてるんだよね」
「つまり、あの祭壇には星冠の種が植えられてるはずです」
「……? あっ、もしかして?」
「種から花を芽吹かせた事は無いんですが、《花の帳》の力で咲かせる事が出来るかもしれません」
「ほ、本当かっ!?」
シリウスお兄様が勢いよく立ち上がる。
「い、いえ出来るか分かりませんよ!? 種から芽吹かせた事は無いし、それに星冠はあまりに特別な花ですから!」
「なるほど……それは試すべきだね。十分な希望だ」
黄金の瞳が力強く輝く。絶望だけだった部屋に小さな光が差し込んだ――そんな最中に。
ガシャァ――ン!
遠くから大きな破壊音と怒鳴り声が聞こえて来た。続けて悲鳴まで響いて来る。
「えっ、な、なに!? 何事!?」
「祝賀会場の方が騒がしいわね」
びっくりしていると、シリウスお兄様が私達へ視線を向けた。
「……すまないが、様子を見て来て貰えるか? ここは近衛騎士で固めてる、護衛に問題はない」
私達は顔を見合わせ頷き合うと、一斉に医務室を飛び出した。祝賀会場へと駆け始めると、中央塔の廊下には既にただならぬ緊張が走っていた。
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