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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第10章 王家の聖杯

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第76話 王家の毒杯

誤字報告くれた方々、有難うございます!日本語つたなくてすみません!

「毒杯?……シリウス兄様、知ってるの?」


 張り詰めた沈黙の中、エリオット様が静かに問い掛けた。


 シリウスお兄様はすぐには答えなかった。寝台の上で苦しそうに呼吸を繰り返す陛下の手を、両手でそっと包むようにして握り、それからゆっくりと口を開いた。


「ああ……知っている」


 その声は重かった。胸の奥から無理やり絞り出したような、苦痛に満ちた声だった。


「……”レガリス・カリクス”、それは王家に古くから伝わる猛毒だ。"王家の毒杯"——そう呼ばれている。大罪を犯した王族を裁くために、大昔の王家が謹製した毒の名だ」

「王家謹製の毒……!」


 思わず声が漏れてしまう。王家が、大罪を犯した身内を処刑するために作った毒。その言葉が持つ意味が、じわじわと私の中に浸透してくる。


「王族に罪を償わせるために作られた処刑の毒だ……体を少しずつ蝕み、生きたまま苦しみ抜いた末に、七日目に死に至ると伝えられている。エリオットの鑑定と合致するな」


 その言葉が落ちた瞬間、部屋の中の誰もが息を詰めた。医務室の空気が凍り付く。


「っ……」


 ベッドの上で、アウローラ女王陛下が苦しそうに眉を歪めた。意識はないのに、それでも身体が苦痛を訴えている。白い唇が微かに動き、喉の奥から小さな呻き声が漏れた。


「アウローラ……」


 シリウスお兄様の手が、陛下の手をそっと握り直した。


(そんな猛毒を盛られたの……陛下が……!?)


 陛下の笑顔が頭に浮かんだ。庭園で声を上げて笑っていた楽しそうな表情が。それが今、こんなに苦しそうにしている。胃の奥が冷たく締まるような感覚がした。


「だが……これが毒杯だとすれば……犯人は一気に絞られる」

「つ、つまり……」


 シリウスお兄様の瞳が燃え上がるように怒りを映し、低い声で言った。


「”王家の毒杯”の存在を知り持ち出せるものなど、王族しかいない」

「……一応、王族に見せかけた第三者が持ち出した可能性も残ってるよ。内通者や協力者がいる事もありえるね」


 頭の回るエリオット様が慎重に言葉を添える。シリウスお兄様は陛下の手を握ったまま、静かに目を閉じた。


 ――王族。


 その言葉が頭の中で響く。あの煌びやかな会場に集っていた、王家の方々の顔が次々と浮かんでは消えた。そしてその中で一つの声が蘇ってくる。吐き捨てるように零していた、あの第一王子の声。


『……アウローラ、なんであいつばかり良い思いしてんだ……! クソがぁ……!』


「あ、あの……!」


 あの情景を思い返し、私は声を上げた。


「私、先ほど第一王子殿下が、陛下への恨みを口にされているのを聞きました」

「言ってたわね、私も聞いていたわ」


 その事を報告すると、ルミエラお姉様がすぐに頷いてくれた。シリウスお兄様の瞳が、怒りの業火に染まる。静かな、しかし底冷えのするような怒りだった。医務室の空気がさらに重くなる。


「アレクシス、ヴァルス達と協力して王族全員を調べ上げろ。強引に動いて構わん。犯人を見つけ出してくれ、頼む」

「ああ……引き受けた」


 アレクシスお兄様は短く答え、迷いなく医務室を飛び出した。廊下を駆ける足音が遠ざかっていく。


「犯人探しも重要だけど、陛下の解毒が最優先だ……」


 その背を見送った後、エリオット様が悔しそうに呟いた。


「でも、こんな王家謹製の最悪な毒を治す解毒剤の『製作図(レシピ)』は、流石に覚えていない」


 黄金の瞳が曇り、シリウスお兄様に問いかける。


「王家に伝わる毒杯なら、解毒薬もあるんじゃない? 手に負えない猛毒を王族が使うと思えないけど」


 するとシリウスお兄様は、悲哀に満ちた表情で取り乱す様に首を振った。


「無い、無いんだよ……今は——無い。 正しく言えば、かつては在った」

「か、かつては……?」


 お兄様のその言葉に呆然としてしまう。


「あらゆる万病を治し、あらゆる毒を打ち消す奇跡の薬——対となる"王家の聖杯"が大昔に存在していた。強力な毒杯が作られたのも、聖杯があってこそだ」

「そんなものが……無くなった……? どうして?」


 静かに語られる昔話に息を呑む私達。


「その奇跡的な効能が故に、歴代の王族が手をつけていった。病に、怪我に、老いに——惜しむことなく使われ続け、数百年も前に聖杯は空になった」

「ええっ……そ、そんな……!」


「それだけではない——そもそも、聖杯の材料となる素材が、もうこの世に存在しないんだ」


 シリウスお兄様が、ゆっくりと私の方を振り向いた。その目に宿っているのは、怒りではなく、深い悲哀だった。


「アウローラと一緒に見ただろう、星見の庭園の何も無い祭壇を。三百年前に絶滅した、伝承の花——星冠(スタークラウン)。あの花が聖杯の主材料と言い伝えられている」

「……えっ」


 《花の帳(フローラル・レコード)》にすら載っていなかった花。世界のどこにも存在しないと、私自身が証明した花。お伽噺のような、幻の国花。


 それが——解毒薬の……材料……!?


「そ、それじゃあ……まさか」

「……」


(作れない……? 解毒薬が……作れない……!?)


 シリウスお兄様は答えなかった。ただ静かに、苦しそうに顔を背けた。


(た、助ける手段が……!?)


 頭の中が真っ白になった。ベッドの上の陛下を見る。苦しそうに顔を歪め、また小さく呻いた。七日間、ずっとこの苦しみが続いて——その先に、死が待っている。


 嘘でしょう? 嘘だと言って下さい。


「——まだ、諦めるのは早い」


 凛とした声が、沈黙を破った。エリオット様だった。その目にはきらきらと希望の光が宿っていた。


「七日間、猶予がある。毒の苦しみはあるけれど——幸か不幸か、それだけの時間がある。その花がなければ作れないとは限らない」

「エリオット……」


「聖杯の伝承が残っているなら、他の材料の記録も残っているはずだ。王城の文献を洗い出して、代替となり得る素材を探す」


 シリウスお兄様が、エリオット様を見つめた。


「王城……いや王都中の珍しい素材を、大至急かき集めて。何でもいい、数日で集められるもの全部だ。解毒剤は僕とアイリスが必ず作る」


 エリオット様は、まっすぐに言い切った。


「毒杯の解毒薬——”王家の聖杯”を作り、陛下を助けてみせる」


 (……ああ、やっぱりこの人は……)


 こんな時なのに胸が熱くなった。彼の瞳は、家族を救ってみせた時と同じ、力強く輝いていた。黄金の瞳は絶対に諦めない。


 部屋の中がしんと静まり返る。窓の外では、祝賀会のために灯された明かりがまだ王城を照らしていた。ついさっきまで音楽が流れていた場所で、今も人々が困惑したまま待機しているのだろう。


(七日間——)


 星冠は、この世界のどこにもいない。それでも私は、陛下を救う為に足掻くんだ。

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