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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第10章 王家の聖杯

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第73話 第一王子のお誘い

「ほ、本当にいいんですか!?」


 思わず声が裏返ってしまう。だって、目の前に広がるのは星見の庭園——特別な人だけが入ることを許されてきたという、場所なのに。


「もちろん、いいわよ。この庭園の植物達もきっと喜ぶわ。好きなだけ見て頂戴」


 ぱああっと至福の笑顔を見せる私に、アウローラ女王陛下は快活に笑った。鈴を転がすような笑い声に、感激のあまり身震いしてしまう。


 陛下から伝承の儀式――この王家にまつわる祈りの儀式についてのお話を聞かせて頂いた後、こっそり『花読み(リード)』で庭園を見渡すと、白い光があちらこちらにちらほらと瞬いていた。


(うわぁ……こんなに沢山……!)


 物欲しそうな視線を抑えきれずにいると、陛下はくすりと悪戯っぽく目を細め、好きに登録までしていいと許可をくださった。


「あ、ありがとうございますっ!」


 ほんとにいい人だ! 寛大すぎる!


 感激のあまり、私の中の陛下への好感度がぐんぐんと右肩上がりに跳ね上がっていく。


 私は庭園のあちこちを飛び回るようにして、植物たちを眺めては光の収集に没頭した。月下に咲く銀色の小花、星屑のように瞬く苔、噴水の水面に浮かぶ光る蓮——どれもこれも貴重な品種ばかりで、ひとつ登録するたびに「きゃー!」と小さな歓声を上げてしまう。


 ドレスの裾が夜露で濡れるのも構わず、頬を上気させて庭を駆け回る私を、皆が温かい目で見守ってくれていた。


「そろそろ戻りましょう。あまり席を外しすぎるのも良くないわ」

「はぁい! アウローラ女王陛下、本当に有難うございました!」


 深々と頭を下げる私に、陛下は満足げに頷いた。気づけば、星見の庭園に咲く白い光は、全部《花の帳》に収まっていた。


「ふふ、また機会があればお散歩しょう。あなたのような子なら、城にある庭を幾らでも見せてあげるわ」


 この国の頂点に立つお方なのに、随分と打ち解けた間柄になれた気がする。本当にこんなに砕けた様子で接していいものか、内心では疑問に思いながらも嬉しさのほうが勝ってしまう自分がいた。


 夜空には無数の星が瞬き、等間隔に並ぶ魔道灯と、地面を灯すように咲く魔力花が淡い光を放ちながら、まるで道案内をするように私たちの足元を照らしている。


 入口の鉄柵の門までたどり着いたところで、ふいにルミエラお姉様が後ろを振り返った。その視線が一瞬、鋭かった気がする。


「……」

「お姉様? どうかしたんですか?」


 お姉様の視線の先を追ってみても、そこにあるのは闇に沈んだ庭園と、揺れる木々の影だけ。


「ま、何でもないわ~」


 お姉様は気を取り直したように眠たげに笑みを浮かべると、私を後ろからぎゅっと抱きしめ直した。


 気が重かった祝賀会だったけれど、陛下と仲良くなれて、こんなに素敵な庭園にまで連れて来てもらえて——一生忘れられない思い出が出来てしまった。




 ◇◇◇




 星冠の間に戻ってくると、相変わらず社交の場は熱気に包まれていた。煌びやかなドレスと正装が入り乱れ、グラスの触れ合う音と談笑が絶え間なく響いている。


 アルヴェリア家の円卓を見るとまだお客様が何組か訪れているようで、お父様達が忙しそうに応対にしていた。


 アウローラ女王陛下とシリウスお兄様とはここでお別れし、円卓へと戻ろうとしていた。けれどその道をすっと遮るように一人の人物が現れる。


 整いすぎるほど整った顔立ちに、気品を漂わせる立ち姿。仄かに微笑むその口元は美しい――けれど、その笑みの奥に潜む暗い何かが、どこか悪そな卑屈さを感じ、不吉な気配を漂わせていた。


「アルヴェリアの虹色の宝石よ……私と一曲、踊ってくれまいか?」


 恭しく差し出された手。けれど、その仕草の端々から滲み出る自信過剰な様子に、私の中で警鐘が鳴り響く。


「……?」


 頭の上でお姉様がきょとんとしてた。


(うっ、うわああぁ。この人は……!?)


 私たちの前に現れたのは、この国の第一王子、ローデリック殿下だった。絶対関わりたくない王家のお方が、よりにもよって自分から近づいて来るとは。


 そんな王子を前に、頭の上から迷惑そうな声が降って来る。


「誰?」

「……!?」


 あろうことか、お姉様は第一王子の顔を知らなかったらしい。心底不機嫌そうな声音に、ローデリック殿下はぴくりと肩を震わせた。


「お、お姉様!? 第一王子様ですよ!」


 慌てて呟く私をよそに、殿下は明らかに動揺していた。本来であれば王族の顔を知らないなど、貴族社会では無礼にあたるだろう。けれどそんな常識は、お姉様には通用しないらしい。


「……ロ、ローデリックだ。覚えておけ」


 怒りを押し殺すような低い声。その手は微かに震えている。


「努力するわ、きっと無理だけど」


 頭上からあっさりと返されたその一言に、私は思わずびくりと体を震わせた。


 うあああ、うちのお姉様が本当にごめんなさい!


 しかし不思議なことに、逆に殿下が気圧されているようにすら見えた。うん、こんな神々しいお姉様の前に立てただけですごいと思う。


「お、お前!? この私の名前を知らないなど、不敬ではないか!?」

「物覚えが悪いのよ、ごめんなさいね~」


 しれっと悪びれも無く返すお姉様。


 よく見れば、殿下の方が緊張しているようだ。声も、握りしめた拳も震えていた。自分に微塵も興味を示さないお姉様の態度は王子にとって、初めての経験なのかもしれない。


「ま、まあいい。一曲私に付き合え。今宵は月も美しい、その後は庭園を二人きりで散策するのも一興だろう」


 気を取り直す様に甘ったるい声で囁くように告げる殿下。その瞳には、断られることなど想定していないという傲慢さが透けて見えた。


「嫌よ。ゴブリンと踊る趣味は無いわ」

「ゴブッ……!? な、何だとッ!?」


(ぎゃあああ!?)


 お姉様の容赦ない一言に、自意識過剰な彼の顔はみるみる真っ赤に染まり、それまで取り繕っていた優雅な仮面をかなぐり捨てるようにして、荒々しく地団太を踏んだ。


 その姿はもはや駄々をこねる子供のようで、周囲からくすくすと忍び笑いが漏れ始める。


 私を挟んで言い合いを続ける二人の間に、すっかり当事者のような立ち位置にされてしまった私は、生きた心地がしなかった。


 こわあああ!

この物語を読んで頂き有難うございます。

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また、評価いただいた方、有難うございました!

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