表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第10章 王家の聖杯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/74

第70話 一曲だけの舞踏

「アイリス。折角の機会だ——私と踊らないか?」

「は、はえっ……?」


 アレクシスお兄様は流れるように私の席へと歩み寄り、私に手を差し伸べていた。深紅の瞳が細められ、その端正な口元には凛とした微笑みが浮かんでいる。絵画の王子様みたい。


 間の抜けた声が漏れたのは、致し方ないことだと思う。突然のことに脳の処理が追いつかず、私はぽかんと口を開けたまましばらく固まってしまった。


 一息、二息ついてようやく状況を理解した途端、顔に熱がどっと押し寄せてくる。


「え、えっと……私は舞踏があまり得意ではなくて……」

「心配するな。私がしっかりエスコートする。安心して任せてくれればいい」


(か、格好良すぎます……!)


 こんなの断れる人いるの!?


 慣れてきたとはいえこれほどの美貌の男性を間近で正面から見ると、どうしても落ち着かない。胸の奥がそわそわして、目線の置き場に困ってしまう。


「えっ、ええっと……!」


 目が泳ぎ始めた、そんな時だった。


 アルヴェリア家の円卓から、ぞくりとする気配が立ち昇った。びくっと肩が震え、恐る恐る振り返ると、そこには二対の据わった目が揃って私達を捉えていた。


(き、来たぁぁぁ……)


 ルミエラお姉様は虹色の瞳をねっとりと細めながら三日月のように口角を吊り上げ、エリオット様は金色の瞳をきらりと光らせながらにこにことしているのに、その笑顔の奥にはっきりとした圧を(みなぎ)らせてた。


「兄様、それはちょっとズルいんじゃないかな? 抜け駆けはよくないと思うよ」

「許可しないわ。今からアイリスに料理を食べさせてもらうところよ、邪魔しないで」


(ああー!? また始まった!)


 再び始まる三人の言い合いを前に、私は助けを求めるように視線を宙に彷徨わせた。争う三人の顔が揃って世界の造形美を集めたかのようで、口論の場面でさえ絵になってしまうのだから困ったものだ。


「アイリスの輝く姿を見せれば、アルヴェリア家の正統な令嬢としてより印象を残せる」

「うーん……それはそう」


「一曲だけ、三人で交代しながら踊ればいい。それなら文句はないだろう?」

「仕方ないわねぇ」


 なんともあっさり、二人が頷いた。


「……え? 今の提案、許されたんですか?」


 思わず素で聞き返してしまった。三人で交代しながら踊るって、あり得るの? しかも一人は同性だよ?


「さあ行こう、アイリス」


 お兄様が当然のように私に手を差し伸べ、状況の飲み込めないまま立ち上がった私の口から、弱々しい声が零れた。


「じ、陣形がまた構築された……!?」


 祝賀会の大勢の視線の中で踊ることになって戸惑う私。ホールへと向かう階段に足をかけた瞬間、背中に強烈な視線が突き刺さる。


(うっ……!)


 怖くて振り返る勇気はなかったが、視線がどこから来ているか明確だった。アークフェルト家の円卓からだ。複雑な感情が入り混じったような、じっとりとした熱を帯びた眼差しが真っ直ぐに私達を貫いてくる。


「だ、第二王女様とヴァルスさんが凄く見てますよ……!」

「ああ、そうだな」


 アレクシスお兄様はわずかに口の端を上げた。その微笑みには、明らかに愉快さが混じっていた。


「……まさか、お兄様。最初からそのおつもりで?」

「さあ、何の事かな?」


(うわあ……! あの人達に見せつける気だ!)

 

 背筋がひやりとする。振り返れば禍々しい視線に(すく)みそうなので、前だけを向いて階段を下りた。


 大広間の中央へと近づくにつれ、今度は別の視線が押し寄せてきた——祝賀会に集まった多くの貴族たちが、こちらへと視線を向けている。羨望、憧憬、賞賛、そして静かな畏敬。


 先程、女王陛下とシリウスお兄様に向いてたものと同質の眼差しが、今は私たちに投げられていた。


(ひゃ、ひゃあああ……!)


 内心で悲鳴を上げている間にも、アレクシスお兄様は悠然と歩みを進め、ホールの中央に向かって自然に人の輪を割いていく。音楽が一曲の終わりを迎え、次の旋律が始まろうとしていた。


「私だけを見て、動きを合わせるだけでいい」

「は、はぁい……」


 お兄様の片手が私の手を包み、もう片方の腕がそっと私の腰に回される——貴族の正式な舞踏の構えで、密着した距離感に盛大に狼狽(うろたえ)える。


 次の瞬間、曲が始まりお兄様は舞った。流麗に、淀みなく、まるで水が流れるように。


(すごく……踊りやすい……!)


 足が自然と動いた。お兄様のリードがあまりにも完璧で、私はただそれに乗っていればいいだけだった。


 周囲から令嬢たちの黄色い声があがり、紳士たちのため息も聞こえてくる。紅玉の瞳が穏やかに私を見つめながら、静かに微笑んだ。


「フフッ。社交は好かんが、ダンス自体は嫌いではないんだ」

「そうなんですね……お上手です、とても」


 楽しそうにそう言うお兄様につられて、自然と口元が緩んだ。その直後だった。


「はーい、時間よ、どいて~」


 明るく、しかし絶対に有無を言わせない声色と共に、するりと私の腕を攫う手があった。


「あっ!?」


 気がつけばお兄様と切り離され、ルミエラお姉様の腕の中に納まっていた。振り返れば、お兄様が忌々(いまいま)しそうな表情でこちらを見ている。


「ルミエラ……!」

「交代よ、交代。約束でしょ」


 虹色の宝石が悪戯っぽく輝いた。そのままお姉様はドレスを翻すと舞踏の構えをとり、私を導きながら舞い始める。


 その美しさに、一緒に踊ってる私が息を呑んでしまう。


 普段のお姉様は、ふわふわしていて面倒臭がりな方だ。けれど今の彼女は——本来の姿を解き放ったように、天女のように舞っていた。それほどに優雅で、それほどに軽やかで、虹色の瞳が光を浴び神々しく輝いている。


「……き、綺麗……」

「あら、素直に言ってくれるのね」


 ぽつりと漏れた言葉を拾われて、頬が熱くなった。周囲の紳士たちからは、もはやため息どころか言葉を失ったような沈黙が広がっている。


「次は僕の番だよ、姉様」

「……はぁ、約束だからね」


 名残惜しそうにしながらも、素直にお姉様が手を離した。入れ替わるように現れたエリオット様が、にっこりと微笑んで手を差し伸べてくれる。


 慣れ親しんだ彼にほっと肩の力が抜けた。背丈を越されてる年下の彼を見上げると、天使のように柔らかく微笑んでいた。金色の瞳は暖かな燭台の光を受けてきらきらと輝いている。


 エリオット様のリードには不思議な安心感があって、ぎこちない私の足運びを自然に補ってくれる。ダンスも上手だ。ほんとにこの人は、何でもできる。


「どう? やってみると楽しいでしょ? 舞踏も」

「……楽しいです」


 思わず正直に答えると、エリオット様は嬉しそうに目を細めた。


 一曲が終わり四人でその場に揃って、深々と礼をした。静寂の後、会場が大きな拍手で満たされた。降り注ぐ拍手の音が耳に心地よく響き、周囲から声が聞こえてくる。


「なんて美しいのかしら……」

「アレクシス様ぁ……」

「アルヴェリア家は、本当に……」


 その言葉が、夢のように耳を通り過ぎていく。


「”泥まみれ令嬢”に、こんな場所に立つ未来があるなんて……夢にも思いませんでした」


 歩きながら、思わず口をついて出た言葉だった。隣を歩くエリオット様が微笑む。


「もうその名で呼ぶ人は、絶対にいないよ」

「………う~ん、それはそれで少し寂しいんですよね」


「えっ?」

「笑われているのは分かってたんですけど……"泥まみれ令嬢"って呼び名、そんなに嫌いじゃなかったんです。私は普段、ほんとに泥まみれですし」


 エリオット様はしばらくぽかんとしていたけど、やがて耐えきれないような様子でくすくすと笑い出して、私も釣られて一緒に笑ってしまった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ