第68話 王家の方々
「些か無粋な騒ぎもあったが、祝宴の夜を曇らせるつもりはない。今宵は我がグランディール王国の慶事の日じゃ。皆の者、気を取り直し、祝福の宴を楽しむがよい!」
アウローラ女王陛下の凛とした声が星冠の間へ響き渡る。その声音には不思議な力があった。
先ほどまで会場を覆っていた重苦しい空気も、張り詰めた緊張も、その一言によって少しずつ溶かされていく。
やがて貴族達が再び歓談を始め、楽団の演奏が流れ始めると、星冠の間は元の華やかな祝宴の姿を取り戻していった。黄金のシャンデリアが輝き、色鮮やかなドレスが揺れ、美しい音楽が広がる。
先ほどまで断罪劇の舞台になっていたとは思えない。
そんな中、私はじとーっとした目でアルヴェリア家の家族を見回していた。全員が、ものすごく満足そうだった。まるで大仕事を終えた職人のような爽やかな顔をしている。
達成感に満ち溢れている皆を眺めながら、私はぷくぅっと頬を膨らませた。
「ちょっと皆さん、やり過ぎじゃないですか?」
すると、エリオット様はいつも通りのキラキラとした天使の笑顔で首を傾げた。
「そうかな? 僕達は一睨みして、謝罪を求めただけだよ?」
「えっ」
思わず固まってしまう。
(言われてみれば……? そう言われると本当にそうかも……?)
実際に何かしたかと言われるとしていない。大混乱のドルマン家が自ら、みっともない姿を見せてた。
(いいやっ、でもあれは確かに脅かしすぎてた!)
頭を振る私を穏やかな目で見つめる、レオンハルトお父様が優雅に紅茶を口へ運んだ。
「そうとも、我々は決してやり過ぎてはいない」
(どの口が言うんですか? 猛獣のような顔をしていましたよ)
そう思ったけれど、凄く満足そうに微笑み頷いているから、何も言えなかった。
「これでやるべき事は終わった。後は祝賀会が終わるまで耐えるだけだな」
アレクシスお兄様が腕を組みながら呟く。ふっ、と笑う姿が格好良い。だけど、先ほどまでドルマン家を睨み殺しそうだった人と同一人物とは思えなかった。
「ちゃんと理解らせてあげたし……もう帰りたいわぁ」
ルミエラお姉様が心底うんざりした顔をする。その言葉に家族全員が頷いた。
(理解らせるって何……?)
ぽかんとお姉様を見つめてしまう。そんな時に私はふと、昔お風呂で話したことを思い出した。
『貴女はそんなに割り切れるの? 復讐したいって思わない?』
あの時は何も深く考えていなかった。だけど、今この時になって思う。
(もし私があの時……”復讐したい”って言ってたら……)
ちらりとアルヴェリアの家族を見る。全員が凄くいい笑顔をしていた。
(この人達は一体、どうしていたんだろう……?)
ぶるり。
そんな事を考えたら、背筋に冷たいものが走って体が震えてしまう。慌てながら頭を振り、別の方向へ視線を逸らすと、王家の円卓が視界に入った。
「あっ」
その瞬間、アウローラ女王陛下とばっちりと目が合ってしまう。
「わわっ」
びっくりして口を押さえる私に対し、先程までの会場を圧倒していた王の面影はすっと消え、女王陛下はにっこりと笑い小さく手を振ってくれた。まるで悪戯好きなお姉さんのような笑顔だった。
太陽のような笑顔、”陽紡花”が良く似合いそうな御方だ。思わずこちらも手を振り返しそうになる。
「……やっぱり、女王陛下はお優しい御方ですよね」
小声で呟いてしまう。アウローラ女王陛下は公の場で、はっきりと言ってくれた。私を義理の妹だって。そう……王国中の貴族達が見ている前で。
あれはきっと何気ない一言じゃなくって、”私をアルヴェリア家の令嬢だと認めている”、という重い宣言に聞こえた。
「そうだな」
アレクシスお兄様が苦笑する。
「王家の血筋らしく強引で暴走する所もあるらしいが、陛下だけは良心がある」
「……だけは? やっぱり他の王家の方々は皆、怖い人たちなんですか?」
思わず聞き返すと、お兄様の顔が微妙に曇った。
「第二王女を見ただろう? その他の王族は、彼女と似たような話ばかりを聞く」
「えぇっ!?」
「厄介だ。ヴィオレッタと同じ、利己的で我儘な連中しかいない。アイリスも十分気を付けた方がいい」
困ったような顔で言う、アレクシスお兄様。
「だからこそ、アウローラ女王陛下は王選に立候補したらしいんだ。実はね」
「えっ?」
エリオット様が、そのまま話を引き継いで教えてくれた。
「このままでは国が危ない、滅んでしまうってね」
「く、国が滅ぶ……? そ、そんなに酷いんですか?」
「うん、そうらしい」
さらりと言われた。
「通例なら、第一王子が王になるんだけどね、彼は色々と問題があるらしい」
「へええ……」
「でも陛下は彼を認めなかった。王国の未来を憂い、王選で戦い、勝ち取ったんだよ」
「そうだったんですね……」
改めて王家の円卓をこっそりと見る。
中央にはアウローラ女王陛下、その隣にはシリウスお兄様。そして周囲には、数名の王族達が座っている。そして、その中でも一際豪華な装いを纏う面々がいた。
(あの人達が、王子様と王女様なんだ……多分)
第一王子、ローデリック殿下。
第二王子、クラウス殿下。
第三王子、レイヴェン殿下。
第三王女、カトレイア殿下。
こっそり観察する私。
間違いようもなく王家らしい気品がある、美男美女な方々だ。けれど何故だろう、凄く怖く感じる。近寄りたくない。
特にローデリック殿下。微笑んでいるのに、その笑みの奥に何か冷たいものが見える気がした。クラウス殿下は綺麗好きなのか、白い手袋を身に着けワイングラスをハンカチで綺麗に拭いている。
レイヴェン殿下は誰とも目を合わせず、俯きながら一人で瞑想しているようだった。第三王女カトレイア殿下は私と年齢が近そうで、無邪気に可愛く笑っているけれど、どこか作られた笑顔に感じてしまう。
ぞくり。
理由は分からないけれど、本能が警鐘を鳴らす。私は王家の方々の顔をしっかり覚えた。
(よし! あの人達とは、絶対に関わらないでおこう!)
大変失礼ながら、そう心の中で固く誓うのでした。
(怖い人の傍には近付かない、話さない、目立つようなことはしない。……それが一番だ!)
そう、この時の私は本気でそう思っていたはずだった。でもまさか、その誓いが早くも破られることになるなんて、夢にも思っていなかった。
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