表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第9章 王都の祝賀会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/72

第67話 罰

誤記をご指摘頂いた皆様方、ありがとうございました!

 水を打ったような静寂が星冠(せいかん)の間を支配した。先ほどまでの騒動が嘘だったかのように、誰一人として言葉を発さない。


 そんな重苦しい沈黙の中、真っ先に口を開いたのはドルマン子爵だった。


「ほ、本当に……それだけで……(ゆる)していただけるのでしょうか……?」


 真っ白な顔で震えながら、彼は恐る恐る顔を上げる。


「二度言わせるな」


 レオンハルトお父様の低い声が響いた。怒りは少しも消えていない。


「出来ないのなら……分かっているな?」

「ひいいぃっ!」


 元父様は額を床へと擦り付けた。


「勘違いしないでね。只の謝罪じゃない」


 隣で優雅に紅茶を口にしていたエリオット様が、いつもの柔らかな笑みを浮かべたまま補足する。


「赦すかどうかは君達次第なんだ。ちゃんと誠意を見せてほしい」


 その穏やかな声に、ドルマン家の全員がびくりと肩を震わせる。


「それが出来るのであれば……僕達は、“命”も、“貴族籍”も、“爵位”も、奪わない」

「……!」


 四人の喉が一斉に鳴った。命懸けで謝罪しろと告げられたその言葉が決して比喩ではないことを、彼らは理解したのだろう。


 ドルマン家一同は恐る恐るといった様子で私を見上げた。その瞳には怯えと、後悔と、命乞いが入り混じっていた。けれど、私はそんな彼らを見つめながら、この修羅場の中で気づいてしまった事がある。


 アルヴェリア家の皆は過保護だから、こんな事態になることは予感していた。だから――


 『酷い状況になりそうだったら、止めよう。皆を(なだ)めよう』


 そう思っていたはずだった。でもこの状況で私は止めなかった、止めようとも思わなかった。自分でも驚くほど心が冷えている。


 先ほどから繰り広げられていた責任の押し付け合い。保身のための嘘。最後まで自分達の非を認めようとしなかった姿。


 そして、役立たずの無能な”泥まみれ令嬢”と罵られ続けた日々。


 食卓で一人だけ冷えた食事を与えられたこと。誕生日を祝われたことがなかったこと。怪我をしても病気になっても心配してもらえなかったこと。誰一人として私を見ようとしなかったこと。


 次々と過去の記憶が蘇ってくる。


 私は自分のことしか考えられないこの人達を庇おうと思えなかった。目の前で震える四人を見ても、守ってあげたいとは思えなかった。血が繋がった肉親のはずなのに……。


 そんな現実に、胸が痛んだ。悲しくなってしまう。


(いつからなんだろう……)


 公爵家の娘になったからじゃない。もっとずっと前、勘当された日よりもずっと昔に、私はこの人達を肉親だと思えなくなっていたのだ。


(……とうの昔に、私達の血の絆は壊れていた)


 『他人』――ドルマン家の皆をそう見ている自分に気付いてしまい、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような悲しみと寂しさが広がった。


 家族愛を教えてくれたのはゼネブお父様とアネッサお母様だった。血の繋がりなんて無いのに、娘のように抱き締めてくれた。


 アルヴェリア家の皆もそうだ。皆が大きな愛で包んでくれて守ってくれる。エリオット様なんて家族を想い奇跡を起こし、アルヴェリア家の家族全員を救った。


 心から尊敬できる、高潔で優しい、大好きな家族。大事な大事な、誇れる私の家族。そんな今の私の家族と、目の前にいる人達との差が、あまりにも大きすぎた。


 震えるドルマン子爵の声が聞こえてくる。


「ア、アイリス様……私は……父親失格でした……」


 彼は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、額を床へ擦り付ける。


「貴女がどれだけ怯えていたのかも見ようとせず、怒鳴り、蔑み、家族を止めることすらしなかった……私は……更には自分の子である貴女を、一人の女として見ていた……気味の悪いことを言い、不必要に触れ、恐怖を与えていた」


 嗚咽混じりの声で、元父様は震えた。


「本当に……申し訳ございませんでした!」


 ごつりと音を立てるほど強く額を打ち付けた。


「アイリス様……私は母親でありながら、何一つ理解しようとしませんでした……出来ないことばかり責め立て、役立たずだと邪魔者扱いして……最後には勘当までしてしまいました」


 続いて、元母様も額を床に擦り付け、泣き崩れた。


「誠に、申し訳ございませんでした」


 元姉達も泣きながら頭を床に擦り付ける。


「ごめんなさい……私達は貴女の美貌に嫉妬してた……殿方に目で追われているのが羨ましくて妬ましかった……だから貴女を侮辱して、暴力を振るってた……ごめんなさい……!」


「”泥まみれ令嬢”なんて呼び名を広めてしまった……社交界で笑い者にして、弱い立場の貴女を虐めて……自分の尊厳を保とうとしていた……本当にごめんなさい……」


 ドルマン家の四人が泣きながら床へ頭を擦り付ける。けれど、その姿を見て、謝罪の言葉を聞いても、私の心は驚くほど静かだった。


 怒りも、憎しみも、恨みもない。ただ、自分がこの人達を”他人”と思っている事が、どうしようもなく悲しかった。


 私の瞳からぽろりと、一粒の涙が頬を伝って零れ落ちる。


「アイリス、大丈夫?」

「あっ、はは……ごめんなさい、大丈夫です」


 心配そうに私の頭を撫でてくれるルミエラお姉様へ、私は無理矢理笑顔を返した。そして静かに、目の前で額を床に擦り付けているドルマン家の四人を見渡す。


「……一体、いつからでしょうね」


 ぽつりと零れた言葉に、四人の身体がびくりと震えた。


「私達の間から、家族の絆が消えてしまったのは……」

「……」


「私は、そのことが悲しいの」


 涙を拭いながら私はしっかりと顔を上げ、ドルマン家を見つめた。


「もう私達は、既にお別れを済ませた他人です」

「ア、アイリス……」


 ドルマン子爵が掠れた声を漏らす。


「長い間お世話になりました……皆様、どうかお元気で」


 その言葉に、ドルマン家の四人は揃って(うつむ)いた。


「私は、アイリス・アルヴェリアとして生きていきます」


 ドルマン家の皆は、ただ神妙な顔をして床を見つめた。反省しているような表情を見るのは初めてだった。


「ドルマン家の謝罪は受け取った……赦そう」


 その空気を断ち切るように、レオンハルトお父様の低い声が響く。その瞬間、ドルマン子爵が弾かれたように顔を上げた。


「ほ、本当に……!? これで……私達は赦されるのでしょうか……?」

「うん、二言は無いよ。アルヴェリア家は君達を赦した」


 エリオット様がにっこりと微笑む。


「あぁ……!」


 四人の目から安堵の涙が溢れる。生き残った、助かった。そんな表情だった。


 しかし――


「罰も与えたしね」

「…………はっ?……ば、罰……!?」


(えっ?)


 ぎょっとしてエリオット様を見ると、瞳の光が消えたままの彼が怪しく微笑んでいた。


(ま、まだ終わってないの――!?)


「わ、私達は赦されたはずでは!?」

「赦したよ?」


 エリオット様は不思議そうに首を傾げた。


「でも、この先は君達次第さ」


 そして、愛するアルヴェリア家の皆が、揃って不敵な笑みを浮かべる。


「まだ気付いてないのね? ここがどこか、思い出してごらんなさい」


 ルミエラお姉様が、可笑しそうにくすりと笑った。


「アイリスがこれまでどんな目で見られていたか、身をもって知るがいい」


 アレクシスお兄様が冷たい眼差しを向ける。


「思い出してよ、ここは王国最大の祝賀会場。王家と二大公爵家、そして国内全ての貴族が集う”星冠祝賀会”だ」

「……っ!?」


 にっこりと、エリオット様が微笑んだ。


「周囲を見渡してみれば? いい景色が見られるかもしれないわよ?」


 ルミエラお姉様が面白そうに促すと、ドルマン家一同はようやくこの場所を思い出したように、恐る恐るゆっくりと周囲を見渡した。私も釣られて振り返る。


 嫌悪。侮蔑。軽蔑。不信。失望。警戒。拒絶。蔑視。憤怒。嘲笑。不快。憎悪。忌避。敵意――――


 星冠の間に集う貴族達の負の視線、その全てがドルマン家を貫いていた。


 絶対に関わりたくないという、露骨な忌避。嫌悪を隠そうともしない令嬢達。家族を庇うように子供達を背後へ下げる夫人。目が合った瞬間、顔を歪める貴族達――――


「ひっ、ひいいぃ……!?」


 ドルマン子爵が悲鳴を漏らす。そんな四人を見下しながら、エリオット様が恍惚とした笑みを浮かべた。


「ドルマン家の信用の失墜、これが罰だよ。君達は地の底へ落ちた」

「…………!!?」


「もう誰も君達を信じていないよ? アルヴェリア公爵家だけではない。王家もアークフェルト公爵家も、王国内の全ての貴族達も、君達に疑念を持ち、軽蔑している」

「あ、あああぁ……っ!?」


「最初から、自分達の信用を積み上げ直すんだね」


 エリオット様は怪しく微笑んだ。


「そして、これは君達がアイリスに与えてきたものだ。これこそが”泥まみれ令嬢”を取り巻いていた環境なんだよ」

「………ッ!?」


(えっ……私って、こんなに酷い状況にいたの……?)


 その言葉に、ドルマン家の四人の表情が絶望に染まった。命も、財産も、爵位も、貴族籍も奪われなかった。しかし、貴族として生きるための信用は完全に失った。


「アイリスは本当にすごいんだ。こんな地獄のような状況でも、笑って、前向きに、腐らず、自分を貫けるんだよ? そして、アルヴェリア家を救ってみせた」


 エリオット様が誇らしそうに微笑む。


「そこから這い上がってみせろ。お前達の価値を示し信用を取り戻せ。私はお前達を一生信じないし、出来るとも思ってないが」


 アレクシス様が、鬱陶しそうにドルマン家を睨みつけた。


「魅力と才能に溢れるアイリスを役立たずなんて呼んでいたのだから、貴方達はさぞ素晴らしい実力を持っているのでしょうね?」


 ルミエラお姉様が、横からぎゅっと私を抱き締めた。


「話は終わりだ。ドルマン家よ、精々精進するが良い……去れ」


 レオンハルトお父様が鋭く睨みながら、締めくくるように告げた。


「ひっ、ひいいいぃ――!?」

(みっ、みんなあぁ――!?)


 ドルマン家と私の心の悲鳴だけは、繋がった。

この物語を読んで頂き有難うございます。

もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。

また、評価いただいた方、有難うございました!

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ