第62話 アイリス様に関する調査記録 (side エリオット)
書いてたら長く、遅い時間になってしまいました。涙
中央の円卓では王家への拝謁が始まり、王国の有力貴族達が家格の高い順に列を作って、女王陛下へ祝辞を述べていく。
そして王家への拝謁を終えた貴族達は、そのまま左右に設けられた二つの公爵家の円卓へと流れ、アークフェルト家とアルヴェリア家に挨拶を行う。
でも、さすがに国中の貴族が集まる大祝賀会だけあって、一家ごとに長話をしていては夜が明けてしまう。
侯爵家や由緒ある伯爵家など、王家と縁の深い家ほど多少時間を掛けて歓談していたものの、基本的には祝辞と近況報告を簡潔に済ませ、次の家へと譲るのが暗黙の了解になっているようだった。
上位貴族達との挨拶が一通り終わる頃には、拝謁の列もだいぶ短くなり、いよいよ子爵家達の順番になっていた。
子爵家ともなると、一家あたりの時間はさらに短い。
「この度は誠におめでとうございます」
「うむ」
「今後ともよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ」
こんな簡潔なやり取りを交わしながら、次々と一家が入れ替わっていく。
男爵家は数が多すぎるため、拝謁は行われない。この後の会場での自由な歓談の際に挨拶する程度らしい。
(確かに全部やってたら朝になっちゃうものね)
そんなことを考えながら列を眺めていた、その時だった。
「ひっ……!」
思わず小さな悲鳴が漏れる。
列の最後尾、人垣の向こうに見えた四つの顔。その瞬間、私は息を呑んだ。
ドルマン子爵家。かつての父と母、そして二人の姉。
皆、精一杯着飾っているのに顔色は青白く、遠目からでも分かるほど死にそうに見える程緊張していた。それでも列から逃げ出すことは出来ず、少しずつ、少しずつこちらへ近付いてきている。
(く、来る……!)
胸がきゅっと締め付けられる。彼らの姿を目にした途端、記憶の蓋が開いてしまう。
泥まみれの姿で屋敷を追い出された日。役立たずと罵られ続けた日々。向けられた冷たい視線。心を抉る拒絶の言葉。
忘れたと思っていた傷跡が、一気に疼き始めた。身体が小刻みに震え始めた私に、レオンハルトお父様が優しく目を細める。
「アルヴェリア家がアイリスを守る。だから怖がらなくていい」
その穏やかな声に続いて、隣に座るアレクシスお兄様も紅い瞳を柔らかく細めた。
「大丈夫だ、アイリス。私達がいる」
左隣の椅子を寄せてぴったりくっついているルミエラお姉様の、場違いな声が降ってくる。
「お姉ちゃんの好きなところを、一つずつ言ってみて?」
「えっ!?」
そしてエリオット様も、いつもの柔らかな笑顔を向けてくれた。
「アイリスは何も心配しなくていいよ」
まるで魔法を掛けられたみたいに、胸を覆っていた恐怖がすぅっと薄れていく。震えて強張った身体から少しずつ力が抜けていった。
皆がいるからきっと大丈夫。
そんな確信にも似た安心感が胸いっぱいに広がって、改めて自分がどれほどアルヴェリアの家族を信頼しているのかを思い知った。
けれど同時に、別の不安も頭をもたげる。この人達、私のことになるとちょっと過保護というか……たまに怖いのよね。
私はじとっとした目で家族全員を見回した。
「でも……あまり元実家を脅かしたりしないでくださいね?」
すると、皆がとても穏やかで優しい笑顔を浮かべた。うん、実に素敵な笑顔。
「おかしな真似などしないから安心しなさい。相手によるところはあるが」
レオンハルトお父様は、にこにこと微笑みながら頷いた。
「大丈夫だアイリス。私は正常だ。もっともこの先の保証までは出来ないが」
アレクシスお兄様も爽やかな笑みを浮かべている。
「アイリスが悲しむから復讐なんてしないわよ。でも、うっかりってあるわよね?」
ルミエラお姉様が微笑みながら優しく私の頬を撫でる。
「僕達が悪いことなんてする訳ないさ。つまり悪くなければやっていいってことだよね」
エリオット様はそう言って満面の笑顔で頷いた。笑顔の奥に何かとても恐ろしいものが見えた気がする。
(……こ、この人達、本当に大丈夫……?)
ドルマン家への恐怖から立ち直ったと思えば、今度はアルヴェリアの家族に不安を感じ始めた私でした。
◇◇◇
約一か月前。
王都への出発前にアルヴェリア公爵家の城の一室にて家族会議が行われていた。アルヴェリアの家族の他に、アイリスの養父母であるゼネブとアネッサも招集されている。
そして円卓の中央には、一冊の分厚い報告書。表紙には『アイリス様に関する調査記録』と記されていた。
部屋の隅に控えていた黒衣の男が一礼する。アルヴェリア公爵家直属の最高の諜報機関――その組織を束ねる男、グレイが報告を開始した。
「それでは、十二回目となりますが、改めてドルマン子爵家時代の様子について調査結果を報告致します」
「……始めろ」
レオンハルトが低く告げた。グレイは一枚目を開く。
「まず食事についてですが、アイリス様のみ明確な差別を受けていました」
資料には詳細な記録が並ぶ。
「姉二人と両親には温かい肉料理や魚料理が供されていましたが、アイリス様だけは冷えた野菜スープと硬くなった黒パンが日常でありました」
「また、食卓に同席することも許されず、離れた小卓で一人食事をさせられていたようです」
「会話に加わることも許されず、何か話しかけても家族全員が無視し、存在しないものとして扱われていました」
アネッサの眉が震えた。その横でゼネブも静かに拳を握っている。
「……間違いありません」
彼女は震える声で証言した。
「誕生日につきましては、家族に祝われた記録は確認されておりません」
「使用人達が密かに小さな焼き菓子を用意し、地下倉庫で祝っていたそうです」
バキッ!
アレクシスの握る椅子の肘掛けに亀裂が走った。
「……なるほど」
笑っているのに目が笑っていない。
「まだ始まったばかりだぞ、アレクシス」
「分かっています、父様」
グレイは淡々と読み上げる。
「姉二人からの暴力も確認されております」
「失くし物があれば真っ先に疑われ、部屋を荒らされる、濡れ衣を着せられる、頬を平手打ちされる、髪を引っ張られる」
「階段から突き飛ばされ、怪我をしたこともございました」
「また、『泥まみれ令嬢』という蔑称も長女が言い出したものであり、それが貴族社会に広まった後も、両親は一切訂正を行っておりません」
ガタン!
ルミエラが立ち上がった。
「まて、何処へ行くルミエラ」
「少し北の方に……害虫の駆除は早い方がいいでしょう?」
即座にアレクシスが止める。
「まだ中盤だ、そしてアイリスは復讐なんて望まない」
「……そうね」
不承不承、席に戻るルミエラ。しかし虹色の宝石は完全に据わっていた。
グレイはさらに頁をめくる。
「怪我をしても高熱で倒れた際も、医師は呼ばれませんでした、薬も与えられておりません」
「ドルマン夫人は『寝ていれば治るわよ』『無駄金を使う必要はないわ』と発言しております」
その瞬間、エリオットの笑顔が消えた。
「へえ、王国中に薬を届けようと考えてたけど、例外的な地域ってあるよね」
柔らかい声だが、その瞳は恐ろしいほど冷たい。
「うむ」
「そうだな」
「賛成」
全員が頷いた。
「最後に、ドルマン子爵についてです」
グレイの表情が僅かに険しくなる。室内の空気が変わった。
「成長するにつれ、子爵の視線がアイリス様に長く留まるようになっております」
「容姿だけは褒めていた、二人きりになる状況を作ろうとしていた、露出の多い衣装を与えていた」
「叱責の後、言いがかりをつけ不必要に身体へ触れる行為が何度も確認されています」
全員の顔から表情が消えた。
「『お前は無能だが、美しく育ったな』、ドルマン子爵の言葉です。アイリス様は極力二人きりにならないよう苦労されていました」
ドゴォォォン!!
その瞬間、爆発音と共にレオンハルトの前にあった机が粉々に吹き飛んだ。
「いい度胸をしているな? 意外と傑物かもしれん」
「全く、その通り」
「死ねばいいのに」
「同感です父上」
家族全員の意見が完全に一致していた。
実はこの家族会議は十二回目。十二回も全く同じ内容で報告は読み上げられている。それなのにアルヴェリア家は毎回新鮮に激怒していた。
今回の会議は、要は祝賀会に向けての決起集会だ。
「でも、アイリスは復讐なんて望まないわ。自分にも悪いところがあったって言うくらいだもの」
ルミエラが小さく息を吐き、アレクシスが補足する。
「彼女は優しいし前向きだからな。苦労を苦労だと思ってないんだ」
エリオットは苦笑する。
「だからこそ、僕達が勝手に暴走しちゃ駄目だよ」
レオンハルトが頷く。
「アイリスの想いに反して、ドルマン家を潰したりはせん」
「当然だ」
「そうね」
「うん」
誰も異論はない。だがエリオットは柔らかな笑顔のまま言った。
「だけど少しくらい、お灸を据えるのは教育の範囲だと思わないかい?」
その瞳には光がなかった。
「本人達のためにも、世のためにも」
そして四人は顔を見合わせ、恐ろしい笑顔で頷き合った。
「その通り」
「教育は必要だ」
「理解せてあげましょう」
王国随一の名門、真っ当な大貴族として知られるアルヴェリア公爵家の一族。だが、王家に次ぐ歴史を重ねてきた一族は、決して唯のお人好しではない。
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