第61話 拝謁の始まり
緊張で膝を震わせながら階段を上ると、アークフェルト公爵家の皆さんが立ち上がり笑顔で拍手を送ってくれた。私を見つめながら頬を染めてるヴァルスさんに戸惑う中、第二王女殿下だけは悲しそうな暗い顔で目を逸らしていることに気付く。
やがて左側の大きな円卓に辿り着くとレオンハルトお父様が静かに着席し、それを合図に皆も順番に腰を下ろしていった。私は一番左端の席で、右側の階段側にゼネブお父様とアネッサお母様、そしてすぐ左側にはルミエラお姉様が座った。完全防備の構えである。
そんな中、儀典長の高らかな声が再び星冠の間に響き渡る。
「続きまして、グランディール王国、アウローラ女王陛下率いる王家の皆様のご入場でございます!」
その瞬間、会場は再び熱気に包まれ、大きな歓声が沸き起こった。視線が女王陛下に集まり万雷の喝采に場が震える中、私はというと先程までの緊張で完全に力が抜けてしまい、半泣きになりながら隣のゼネブお父様の袖を掴んでいた。
「し、死ぬかと思いましたぁ……!」
「大丈夫でしたよ、アイリスは最高に立派でした」
ゼネブお父様は、いつものように優しく目を細め微笑んだ。
「ほ、本当に!? 三人くっついての入場ですよ!? 絶対におかしいですよ!」
「いいえ」
穏やかな声が返ってくる。
「ご家族によるエスコートは、アルヴェリア家がアイリスを正式に迎え入れ、何よりも大切な娘として愛しているという強烈な意思表示になるのです」
「へっ?」
「あの入場を見て、アイリスを元平民だと軽んじようと思う者など一人もいませんよ。むしろ皆が羨んだことでしょう」
「そ、そういうものなんですか?」
その言葉に驚いてしまう。皆、それを狙ってやってくれてたの?
言われてみればあれほど無作法な入場だったにも関わらず、嘲笑するような視線は一つもなかった。感じたのは羨望と、憧れ、そして畏怖。そんな感情ばかりだった。
そんな事を思い返していると、レオンハルトお父様の隣に座るエリオット様が皆を見渡して、満足そうに微笑んだ。
「これで公表は終わりだね」
「えっ?」
「アルヴェリア家の復活と、アイリスが我が家の一員になったこと。二つの公表はこれで済んだよ」
「こ、公表って……これで終わりなんですか?」
思わず目を丸くすると、アレクシスお兄様も満足そうに頷いた。
「ああ、後は勝手に貴族達と国民が噂する。今日のことは明日には王都中に広まり、一週間もすれば国中に伝わるだろう」
「へ、へぇ……?」
ぽかんとしている私に、レオンハルトお父様がいつもの優し気な笑顔で声を掛けてくれた。
「安心しなさい。後は祝賀会が終わるまで、適当に面会者達に相槌を打っていればいい。面会も私達が対応する」
「わ、分かりましたぁ……」
ようやく肩の力を抜きながら、私は改めて実感する。
かつて子爵家のように、頭を下げ必死になって縁を求める必要はない。他家に媚びる必要はなく、ただここに座っているだけで、国中の貴族達が頭を下げに来る存在。
アルヴェリア公爵家とは、この国において王家に次ぐ者達であり――そして私は今、その家族として、この場所に座っているのだ。
こうしてようやく一息ついた頃に、上座へ続く階段を王家の一行がゆっくりと昇ってくる。
先頭に立つのはアウローラ女王陛下。その隣には白銀の髪を煌めかせるシリウスお兄様。お兄様が手を取り二人が威風堂々たる姿勢で歩みを進めている。
先程まで恋する乙女のようにお兄様へ抱き着いていた女性とは思えないほど、女王陛下の雰囲気は一変していた。背筋を真っ直ぐ伸ばし、真紅のドレスを翻しながら歩く姿には一切の隙が無い。
紫紺の瞳は鋭く、それでいて温かい。紅のドレスの裾が舞い、一歩進むだけで会場の空気が変わるようだった。誰もが息を呑み、自然と会場は水を打ったように静まり返る。
(う、うわぁ……)
さっきまで「シリウスぅ!」と飛びついていた人と同じ人には全く見えない。あまりにも威厳に満ちた姿に、全身に鳥肌が立ち思わず姿勢を正した。
そして、中央の席の前に立ったアウローラ女王陛下が振り返った。
「皆の者、よく集まってくれた」
静かな声だけれど、それは不思議なほど会場の隅々まで届いた。
「今日という日ほど、私が心待ちにしていた日はない」
威厳に満ちた紫紺の瞳が、国中の貴族達を見渡していく。
「先日、私は王冠を受け継ぎ新たな時代を担う女王として、この国を導く責務を授かった」
凛とした声が響き渡る。
「そして同時に我が最愛の夫、シリウス・アルヴェリアと共に王国の未来を歩むことを、改めて皆に誓おう」
”最愛の夫”と口にした瞬間、ほんの少し頬が緩んだ気がした。
「また、妹ヴィオレッタとアークフェルト公爵家の婚姻により、王家と剣の名門は新たに深く絆を結んだ」
その言葉に、会場のあちこちから感嘆の息が漏れる。
「さらに、長き苦難を乗り越えたアルヴェリア公爵家が再び社交界へ帰還し、完全なる復活を果たしたことを、私は心より祝福する」
私にまで熱が籠り始めてしまった。
「人は困難に倒れることもある。だが、立ち上がる者を祝福し手を差し伸べることこそが、この国の誇りであり、我らグランディール王国の在り方である」
アウローラ女王陛下は立派だった。
「今日この場に集う全ての者達と共に、この喜ばしき日を祝えることを、私は心から嬉しく思う」
そして最後に、女王陛下は柔らかく微笑んだ。
「堅苦しい挨拶はここまでだ。さあ諸君、今宵は存分に祝おうではないか!」
その瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が星冠の間を揺るがした。本日最大の熱に戸惑いながらも、私までこの波に乗ってしまう。
(す、すごい……! 本当に王様なんだ……)
先程までシリウスお兄様に甘えていた女性の面影はどこにもない。円卓へ至った彼女は、王国の未来と民の想いをその双肩に背負う、紛れもない為政者。王の姿だった。
その落差に驚きながら、私はただただ女王陛下の姿に感動してしまう。
◇◇◇
祝辞が終わると、アウローラ女王陛下も中央の円卓へ着席し、祝賀会は本格的な歓談の時間へ移っていった。
このような大規模な祝賀会では、家格の高い貴族家から順に王家への拝謁が行われる。中心の王家の円卓へ進み、祝辞の言葉を述べて退く。そしてその流れで、左右に座る二つの公爵家へにも挨拶を行うのが慣例らしい。
「お久しぶりでございます、レオンハルト閣下。バルムンド伯爵にございます。こうしてアルヴェリア家の皆様とお会いできましたこと、感激に堪えません」
「うむ、久しいな。バルムンド伯爵」
お父様は実に堂々と頷いていた。でも私は勘付いてしまう。
(これは絶対覚えてない顔だ……)
次々に訪れる侯爵家や伯爵家の面々。その全てを、レオンハルトお父様とアレクシスお兄様、そしてエリオット様が対応し見事に捌いていく。
エリオット様は相手の家の事情や領地の特産品まで把握しているらしく、相手に合わせ流れるように会話を続けていた。本当に優秀過ぎて恐ろしい。
そんな三人から少し離れた席で、私はルミエラお姉様と一緒にその様子を眺めていた。
「こういう貴族事、だいっきらい」
ぴったり隣に椅子を寄せたルミエラお姉様が、心底嫌そうに呟いた。そして階下をちらりと見て言う。
「こっちを見ないでよ」
「あはは……」
苦笑いする私。階下の会場からずっと沢山の殿方達がちらちらと、私達に熱い視線が向けている。ぞわっとして思わず身を縮めた。
そんな家族達を眺めながら、一つの不安を想う。
(……きっとこうしてドルマン子爵家も、私達に御挨拶に来るのよね……?)
先程から遠くで震えていた四人の姿が脳裏に浮かぶ。過去の記憶が胸の奥から蘇り、私は思わずドレスの裾をぎゅっと握り締めていた。
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