第60話 アルヴェリア公爵家の入場
「続きまして――アルヴェリア公爵家の皆様のご入場です!」
左右に立ち並ぶ無数の紳士淑女。天井から降り注ぐ魔導灯の輝き。赤い絨毯の両脇を埋め尽くす貴族達の拍手と歓声。
王城の中央塔最上階、『星冠の間』。
国中の貴族が集う祝賀会場は、私の想像を遥かに超えていた。
楽団が奏でる壮麗な音楽が高い天井に響き渡り、煌びやかなシャンデリアが星空のように輝く中、赤い絨毯を、先頭に立つレオンハルトお父様が一歩一歩ゆっくりと、堂々と歩いていく。
その姿はいつもの穏やかな父親ではなく、名家の歴史を背負った大貴族の当主そのものだった。
(も、もう知らない……!)
お父様の背中を見つめながら、私は半泣きだった。膝は震え、心臓はばくばく、視界はぐるぐる。あまりに場違いな光景に頭が真っ白になる。
左手はエリオット様が握り、右手はアレクシスお兄様が握り、そして後ろからはルミエラお姉様が抱き着いている。いつもの陣形はどこまでも崩れない。あまりに無作法に思える入場だったけれど、逆に家族の温もりのおかげで足だけは前へ進んでくれた。
やがて、儀典長の朗々たる声が会場中へ響き渡る。
「長き苦難を乗り越え、再び社交界へ帰還されました、アルヴェリア公爵――レオンハルト・アルヴェリア閣下!」
どっと、会場が揺れるほどの拍手。
「ああ、アルヴェリア公爵閣下……!」
「お元気になられたのか!?」
「なんと麗しく、お若い……」
「やはり素敵ですわ……」
特にご婦人方から熱い視線が飛び交っていた。当然でしょうね、私から見ても格好いいもの。
「かつて王宮魔術師団を率い、王国最高の魔術師と称えられる次男――アレクシス・アルヴェリア様!」
キャーッと、沢山の黄色い歓声が上がった。
「アレクシス様ぁ!」
「ご病気から回復されたのね!?」
「なんて凛々しい……!」
「素敵……! ううん、以前よりも磨かれているわ!」
しかし当の本人は、興味無さそうに静かに微笑んでいるだけだった。全然嬉しそうじゃない。
「うるさい」
そして、ぼそっと声が聞こえた気がする。
「一度も社交界に姿を現さなかった奇跡の長女、虹色の宝玉――ルミエラ・アルヴェリア様!」
その時、会場の男性陣が固まっていた。
「…………」
「…………」
誰も声を出さない。ただ目を見開いて私に後ろから抱き着いてるお姉様を見つめていた。それもそのはず、虹色の瞳と神秘的な美貌はまるで女神のようだもの。そんなお姉様はいつものように私の頭に顎を乗せていた。
「アルヴェリア家の長き受難を終わらせ、一族に再び希望の光をもたらした未来を担う若き神童、次期当主――エリオット・アルヴェリア様!」
その言葉に、会場が大きくざわめいた。
「次期当主!?」
「エリオット様なのか!?」
「まだお若いのに……!」
「なんて美しい少年だこと……!」
初めて社交界に姿を現したアルヴェリア家の少年。そして正式に指名された次期当主に、会場中が大いに騒々しくなった。感嘆と驚きの声が次々と上がり、令嬢達は頬を染め、年配の貴族達ですら真剣な眼差しでその姿を見つめていた。
穏やかな笑みを浮かべながら堂々と歩くエリオット様は、次代のアルヴェリア公爵としての風格を既に纏っていたのである。
そんな中で、儀典長が一拍置いて続ける。
「そしてアルヴェリア家の長き夜に光をもたらし、一族に迎えられました次女――アイリス・アルヴェリア様!」
(わ、私も紹介されるの――っ!? は、恥ずかしい!)
顔が一瞬で熱くなって俯く私。死ぬ、穴に入りたい!
「アイリス様……可愛らしい」
「なんて愛らしい……」
「羨ましい……ルミエラ様に抱き締められてる……」
「アレクシス様とエリオット様が両側を……!?」
周囲からは羨望と称賛の声ばかり。こんな陣形での入場に誰一人、笑う者はいなかった。
そんな時――。
「カシャァン!」
硝子が割れる音が小さく聞こえ、思わずそこを振り向く。
(あっ……!)
赤い絨毯の右側にいる何重にも並ぶ貴族達。その更に後方に――ドルマン子爵家の一同を見つけてしまった。お父様にお母様、そして二人のお姉様。皆が厚化粧をして精一杯着飾っているように見える。
その顔は真っ青で驚愕の表情をしながら固まっていた。全員が目を見開き呆然と私を見ている。足元では落ちたワイングラスが砕け散っていた。
(わ、わわわぁぁぁ!!)
ドルマン家の面々を見て、緊張が極限を突破する。目が泳ぎ体が震え始める。
(ひいぃ! 逃げたい、帰りたい!)
……でも、両手と背中から温もりが伝わって来た。視線を戻せばすぐ傍にいる皆が――私を愛してくれて大事にしてくれる家族がいた。護られてる安心感に僅かに平常心を取り戻す。
そうした時、前方を歩くレオンハルトお父様がゆっくりと右側を振り向いた。その横顔を見て私は震え上がる。
(わっ、わわっ!?)
微笑んでいるけど、いつもの穏やかで優しい笑顔ではない。獲物を見つけた猛獣のような底知れない威圧を纏った、不敵な笑み。魔力まで漏れ出している。
(こ、怖い! 初めて見た……こんなお父様……)
「……あれね」
「お、お姉様?」
頭上からルミエラお姉様の声に視線を移すと、アレクシスお兄様もエリオット様も、そして多分ルミエラお姉様も――全員がお父様と同じように、右後方を笑みを浮かべながらじっと見ていた。
その視線の先は……ドルマン家。まるで獲物を観察する猛獣のような眼差しと威圧に、私は恐ろしくなってしまう。
「ね、ねえエリオット様……?」
「うんうん」
妖しく微笑む彼、だけど目が笑っていない。
(こ、怖いぃぃ!)
こんな入場ってあるんですか!?
両手を兄弟に取られ、後ろから姉に抱き着かれ、家族全員が私を勘当したドルマン家を睨みつけている。私だけがこの状況に戸惑いまくり口をぱくぱくさせていた。
そんな異様な入場にも関わらず、会場を包む熱狂は一向に収まる気配を見せなかった。十年の夜を越えたアルヴェリア公爵家に、会場の熱狂は止まらない。
一族が勢揃いし華々しく復活を遂げたこと。そして、その輝かしい一族に新たな娘が迎えられたことに、集まった貴族達は誰もが羨望と憧憬の眼差しを向けていたのである。
歓声と拍手の中を進んだ赤い絨毯の先には、数段高くなった上座が設けられており、そこには巨大な円卓が三つ、まるで玉座のように並べられていた。
中央――最も高い位置に置かれているのは、アウローラ女王陛下と王家の方々の席だと思う。
その右側にはアークフェルト公爵家が既に着席している。そして左側が、きっと私達アルヴェリア公爵家。そこは王家と肩を並べる場所、最も格式高い特等席だった。
(ひええぇぇぇ……!)
あんな場所に、私が座るの!?
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