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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第9章 王都の祝賀会

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第59話 執着の瞳

 ヴィオレッタ殿下は悲しげに瞳を淀ませる。その視線は恋する乙女というより、失った宝石を見つめるような、王冠を奪われた女王のような、悲劇の主人公のような。そんな執着に満ちていた。


 彼女はきった忘れられないのだ、気高く華やかなアルヴェリア家の令息のことを。眩い一族の中に、自分も立てるはずだったことを。そして今、アークフェルト公爵家の夫人となった現実に、ヴィオレッタ殿下の瞳が揺れている。


 向こうでは巨躯のヴァルスさんが心配そうに見守っていた。だが彼女は一度も夫を振り返らなかった。ただ、アレクシスお兄様だけを見つめている。


「ヴィオレッタ、お下がりなさい。流石に分かるでしょう? はしたないわよ」


 女王陛下の静かな声に、彼女は肩を震わせた。


「……ず、ずるい、ずるい……お姉様ばかり……! わ、わたくしだって……この家の一員になれるはずでしたのに……!」


(し、嫉妬……!?)


 ヴィオレッタ様が恐ろしい形相で、女王陛下を睨みつけた。怒り始めた彼女に真っ青になってしまう。私達が親しげに笑い、家族として受け入れてる雰囲気が気に入らないの?


「本当なら……本来なら……私もここに立ってたのに!!」


(ひっ……!)


 悲鳴のような大声に震えてしまう。彼女の瞳に映るって見えるのは――悔しさ。未練。嫉妬。執着。羨望。複雑に絡み合った感情が、どす黒い渦となって溢れている。


 そんな彼女に女王陛下は深く溜息をついた後に、屹然とした表情で凛と言い放った。


「……ヴィオレッタ、下がれ。三度目は無い」


 王の威圧が含まれたその言葉に息を呑み、唇を噛み締めながらヴィオレッタ様は小刻みに震えた。そして、ふらふらと元の場所へ戻っていく。


(ちょっと、可哀想……)


 その背を見送っていると、後ろのルミエラお姉様が呟いた。


「女の嫉妬は見苦しいわね」

「申し訳ないわ、妹が見苦しい真似をしてしまって……」


 女王陛下が深く頭を下げ、謝罪したことに驚いてしまう。


(国で一番偉い御方なのに……妹の為に謝るのね……)


 身内の非を認め、謝罪する。偉ぶらず、高慢でもなく、この御方はアルヴェリア家の皆と同じ匂いがする。こんな時だけど、私の中で女王陛下への好感度はますます上がっていった。乙女なところはあるけれど。


 そんな思いを込めて見つめていると、女王陛下はそれに気付き、親しげに微笑んでくれた。


「まだまだ話したりないけれど、皆が待っていますわ」


 そして嬉しそうに手を差し伸べる。


「さあ、参りましょう。今日はシリウスの大切な家族を、国中に自慢しなくてはなりませんもの」




 ◇◇◇




「ねえ、エリオット様……女王陛下って、良い人そうじゃないですか? 親しみやすいですし」


 大会場へと続く巨大な扉の前。


 入場を待つ私達は、豪奢な大広間の前室に整列しながら、こそこそと小声で話していた。赤い絨毯が長く伸び、その先には今まさに国中の貴族達が集う祝賀会場が広がっている。


 扉の向こうからは、幾重にも重なる話し声や楽団の演奏、時折沸き起こる歓声がかすかに聞こえてきて、いよいよ始まるのだという実感に胸がどきどきしてしまう。


「うん。僕も最近まで誤解してた」


 隣に立つエリオット様が、優しく微笑んだ。


「シリウス兄様から色々聞いたんだけど、アウローラ陛下は優秀で誠実な御方らしいよ」

「もっともっと、怖い人だと思ってました」


「ははは。人情味もあって、とても民思いで、誰より熱心で……ただ」


 そこでエリオット様は少し困ったように笑った。


「ちょっと愛が重いらしい」

「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。シリウスお兄様に飛びついて、幸せそうに頬を擦り寄せていた女王陛下。一国を治める偉大な君主のはずなのに、夫の前では恋する乙女そのものだった。


 そんな私達の前方では、先に入場するアークフェルト公爵家の人々が整列している。そして、我が家との境界では。


「レオンハルト! お前が帰ってきて私は本当に嬉しいぞ!」


 豪快な大声が響く。大きな熊のような体格をした壮年の男性が、先頭に立つレオンハルトお父様の肩をばんばん叩いていた。


「祝賀会が終わったら飲みに行くぞ!」

「いやいや、私は終わればすぐ領地に帰るつもりなんだが……」


 困ったように笑うレオンハルトお父様。しかし。


「絶対に飲みに行くぞ!!」

「聞いてないな?」


 お父様が苦笑した。どうやらアークフェルト公爵家当主、カイゼル様とは昔馴染みらしい。


 アルヴェリア家と並び立つ剣の名門、もう一つの公爵家。その一族は皆、ヴァルスさんのように武人らしい体格で、逞しく迫力があり、どこか野性味に溢れている。


 対して魔法の名門のアルヴェリア家は白銀の礼装に身を包み、優雅で美しい。まるで対照的な二つの公爵家。


 ヴァルスさんはいずれ騎士団長を引退し、当主を継ぐらしい。第二王女殿下は妻としてそんな彼を支える……のよね?


 そう思いながら彼らを眺めていると、先頭に立つヴァルスさんが何度もこちらを振り返って私を見ていることに気付いた。そして、その隣に立つ第二王女殿下もまた、何度も振り返っては執着の目で右隣に居るアレクシスお兄様を見ている。


 ちらっ。ちらっ。ちらちらっ。


(こ、この気まずい感じは何……? 本当に大丈夫なのこの夫妻!? 貴方達は今日の主役なんですからね!?)


 二人を見ているだけで不安になって、お腹が痛くなってきた。そんな中、儀典長の声が響いてくる。


「それでは皆様、ご静粛に! 間もなく、アークフェルト公爵家の皆様のご入場です!」


 巨大な扉がゆっくり開かれた。そして――。


 わあああああぁぁっ!!


 大歓声と拍手がこちらまで響いてくる。そんな中を、ゆっくりアークフェルト公爵家が入場して行った。


「う、うわぁ……沢山の人が居そう……!」

「国中の貴族が集まってるからね、きっと多いだろうさ」


 慌てふためく私に対し、エリオット様は余裕綽々だ。その冷静さが羨ましい。


 僅かな間の後に、再び儀典長の声が響いた。


「続きまして――アルヴェリア公爵家の皆様のご入場です!」


 その言葉を聞いた瞬間――。


「わっ、わわわあっ」


 私は完全に硬直した。足が動かない、心臓が飛び出しそう。


「大丈夫だよ、アイリス。僕がいる、さあ行こう」


 左隣のエリオット様が、にっこり微笑んで私の手を柔らかく握る。


 しかし――。


「エリオット、待て。それは私の役割だ」


 右隣から毅然とした声が聞こえ、アレクシスお兄様が私の右手を取った。


 すると――。


「はぁ、何を言ってるの? 私が抱っこして連れて行くのよ」


 呆れたような声のルミエラお姉様が、後ろからぎゅっと抱き締め直した。


「あっ……!?」


(じ、陣形がまだ崩れてない――っ!?)


「アイリスをぬいぐるみみたいに扱わないで、姉様」

「エリオット、お前はまだ若い。ここは兄が手を引くべきだ」

「女の花道に男は不要よ、先に行けば?」


 三人はいつものように言い争いを始めた。


 左手はエリオット様。右手はアレクシスお兄様。そして後ろからルミエラお姉様。三方向から完全に捕獲されていた。


 ――何処にも逃げ場が無い!


「ちょっ、皆ぁ!? さすがにこんな時にこれは無いですって!?」


(う、嘘でしょ!?)


 思い思いの言い分を述べ争いながら、三人に引き摺られ連行されるように私は――王国最大級の祝賀会、国中の貴族達が待つ『星冠祝賀会』へと続く巨大な扉を、そのままくぐってしまったのであった。

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