第58話 第二王女殿下
「歓迎しますわ、アルヴェリア家の皆!」
澄み切った鈴のような声が広間に響き渡った。
大きく手を広げ、満面の笑みで私達を迎えてくれた女王陛下。その姿は威厳に満ちているのに、太陽のように明るく快活で、とても話しやすそうな御方に見えた。
シリウスお兄様と同じ二十二歳の、アウローラ女王陛下。
国で最も尊い地位に立つ御方でありながら、その第一声が「シリウス――!」だったことに、私は思わず目を瞬かせてしまう。こんな所でお兄様達の名前を大きな声で呼び、親しく接してくれる偉い人にまた出会うなんて。
この場でそんなことを冷静に考えられる私も、随分とアルヴェリア家の一員になったものだと思ってしまった。
「それにしても……!」
女王陛下はお兄様に抱き着いたまま紫色の瞳をきらきらと輝かせ、私達を見渡した。
「何と華やかな一族なのかしら……! 本当に絵画から抜け出してきたようですわ!」
感嘆の息を漏らしながら、まずアレクシスお兄様へ視線を向ける。
「アレクシスも治って本当に良かったわ。心配したのよ? それにしても……相変わらず美青年で驚いたわ。病から回復したというのに、以前より一層磨きがかかっているではありませんか」
「ご部沙汰しております、陛下」
「ええ、本当に良かった……! 貴方が元気になってくれて、シリウスもどれだけ喜んだことか。わたくしも嬉しくて仕方がないの」
女王陛下は心底安堵したように微笑んだ。続いて、視線がルミエラお姉様へ向く。
「そ、そなたがルミエラか……!」
女王陛下は目を丸くした。
「何という美しさ……! シリウスに聞いていましたけれど、虹の宝石を持つ女神とはこのことなのね……!」
「初めまして、女王陛下」
「社交界に一切姿を現さない幻の令嬢。貴族達が血眼になって会いたがっていたわよ。こ、こんなの……見た者全員が恋してしまいますわ!」
「はぁ……」
気怠そうに呟くお姉様から目を離し、今度はエリオット様へ。
「そして君が次期当主のエリオット君!」
「初めまして、女王陛下。エリオットと申します」
女王陛下は嬉しそうに両手を合わせた。
「若くして家を支え、皆を導き、アルヴェリア家を再び栄光へ導いた立役者。話以上の好青年ですわ!」
「恐縮でございます」
「シリウスからも沢山聞いているの。真面目で優しくて、優秀で責任感の強い自慢の弟だって」
「陛下……」
「何よりその美しさ! 本当にアルヴェリア家ってどうなっていますの!? 神様が欲張りすぎてますわ!」
そして、最後に女王陛下の視線が私に向いた。どきり、と胸が跳ねる。
「は、初めまして女王陛下。アルヴェリア家の養女となったアイリスと申します……」
「まあ!」
ぱっと花が咲くような笑顔になる。
「この子がアイリスちゃん!」
「え?」
(アイリスちゃん!?)
「話は伺ってましてよ! なんて可愛くて可憐な女子なのかしら!」
「そう、彼女が妹のアイリスだ」
女王陛下の勢いに戸惑っていたら、シリウスお兄様が優しく補足してくれた。
「今のアルヴェリア家はアイリス中心に回っていると言っても過言ではない。くれぐれも大事にしてやってくれ」
「は、はあぁ!?」
「もちろんですわ!」
女王陛下は勢いよく頷いた。
「シリウスの家族は、わたくしの家族も同然ですもの! よろしくね、アイリス!」
「えっ!? よ、宜しくお願いします!」
(わ、私中心ってどういう事よ!? お兄様!?)
慌てて否定しようとして、自分の状態に気付く。エリオット様が左手を握り、アレクシスお兄様が右手を握り、背後からルミエラお姉様が首元に腕を回し抱きついて、頭の上に顎を置いている。
完全に、文字通り、中心だった。
(わああぁぁ!? 本当に中心にいたぁぁ!)
身を捩っても逃げられない! こんな時まで!
「アルヴェリアの家族は皆、とても仲良しなのね」
「ええ」
「そうよ」
「はい」
三人とも即答だった。その様子に女王陛下は嬉しそうに目を細める。
「素敵……本当に素敵ですわ」
そして、ふと表情を柔らかくした。
「アイリスとエリオットが、アルヴェリア家の受難を払ってくれたのよね」
「い、いえ……エリオット様の努力の賜物です」
女王陛下は首を横に振った。
「姻戚として、心から感謝するわ」
「え……?」
「シリウスの家族が幸せになってくれることが、わたくしは何より嬉しいの」
その声音には打算も損得も、女王としての演技もなかった。彼女は心からの感謝を述べている、そう感じられた。
「昔からシリウスは家族を大切にする人でしたもの。だからわたくしも、アルヴェリア家の皆と姻戚になれたことが嬉しくて仕方がないの」
そのまま家族全員を順番に見回した。
「こんな素敵な一族の一員になれたなんて、私は幸せ者ですわ!」
まるで少女のように頬を染めて笑った。
「ありがとう! 皆、来てくれて本当にありがとう!」
(女王陛下が……私達を家族だって……)
皆の話を聞いて王族は怖いものだと、ずっとそう思っていた。
けれど目の前にいる女王陛下は、嘘偽りのない笑顔で私達を見つめている。どこまでも温かくて、優しくて。何だかアルヴェリア家の皆と同じ人種の方に感じてしまう。
そんな穏やかで和やかな空気が流れていた時だった。
「アレクシス様ぁ――――!!」
「!!?」
甲高い声と共に、一人の女性が駆け込んできた。豪奢なドレスを纏い、宝石を散りばめたような美貌。彼女は周囲など全く見えていないように、一直線にアレクシスお兄様へ飛びつく。
――けれど、アレクシスお兄様は流れるように身を翻し、そんな彼女を躱した。
「あっ……!」
前のめりになって倒れそうになったヴィオレッタ殿下を、お兄様は片腕で支える。その仕草でさえ絵になってしまい、彼女の頬が熱っぽく染まった。
「ア、アレクシス様……! ご無事だったのですね……!」
「お久しぶりです、ヴィオレッタ王女殿下」
(こ、この御方が……第二王女殿下)
女王陛下に容姿が似た第二王女ヴィオレッタ殿下だった。お兄様は変わらず優雅に微笑む。だけれど、その距離はあまりにも遠い。
「ああ……私は何という過ちを……! 何とお詫びすれば……!」
「もう過ぎたことですよ、私は何とも思っておりません」
「で、ですが!」
「解消金も謝罪文も頂いておりますし、気にすることはありません」
穏やかな声音、しかしその言葉は綺麗な壁だった。
「アレクシス様ぁ……」
「そんな風にこちらに来てはいけませんよ、ヴィオレッタ王女殿下」
それでも寄って来る彼女に、優しく柔らかく、でも決して踏み込ませない冷淡な声で、お兄様は続けた。
「貴女はご結婚された祝福すべき花嫁で、アークフェルト公爵家の夫人なのですから」
その言葉に彼女の目から一筋の涙が零れ落ちる。瞳の奥には、激しい感情が渦巻いているように見えた。
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