第57話 女王陛下
あっという間に、『星冠祝賀会』当日、その夜がやってきた。
王都別邸はいつも以上に慌ただしく、どこか厳かな空気に包まれていた。侍女達の手によって身支度を整えられた私は、鏡の前で自分の姿に思わず息を呑んでしまった。
そこに映っていたのは、かつて泥まみれ令嬢と呼ばれていた少女ではない。
アルヴェリア公爵家の次女――”アイリス・アルヴェリア”。
白銀を基調とした礼装は代々受け継がれてきたアルヴェリア家の正装であり、エレノア様の祖国に咲く白星花が、銀の星々のように繊細に刺繍されている。
更に、新たに家花として迎えられた陽紡花も加えられ、純白と金の花々が白銀の布地を優雅に彩っていた。長い冬を越え、再び輝きを取り戻した一族。その希望と再生を象徴する装い。
アルヴェリア公爵家の一族を社交界では、その姿を見た者達が畏敬を込めて『白銀の星々』と呼ぶという。
アネッサお母様とルミエラお姉様、そして私の三人は、お揃いの白星花と陽紡花の花飾りを髪に挿していた。
「ふふ、やっぱり似合うわ」
「今日もお揃いですね! ありがとうございます!」
嬉しくて胸が温かくなる。けれど、その温かさの奥には消えない不安が小さく疼いていた。
国中の貴族が集まる大祝賀会――つまり私を捨てた元家族、ドルマン子爵家も来る。その事実に気付いてしまった時、私は青ざめて慌てふためいた。
欠席したい、迷惑をかけるから、屋敷で留守番していたいと訴えたのだけれど、家族全員から説得され、それは綺麗に却下された。
「はぁ……緊張します……」
そして今、アルヴェリア公爵家の皆で大きく豪華な馬車に揺られながら、王城へと向かっている。
「女王陛下に挨拶した後、私は本当に何もしなくていいんですよね?」
「うん、そうだよ。僕たちは偉そうに座ってるだけでいい」
左隣に座っている、エリオット様がにっこりと微笑む。
「偉そうにって……」
「他家の人達が挨拶に来るだろうけど、適当に相槌打ってれば大丈夫だよ」
子爵家時代とのあまりの違いに軽く眩暈がした。あの頃は、少しでも上位貴族と縁を作ろうと皆必死だった。元家族の皆は、頭を下げ媚びを売り、機嫌を窺って少しでも有力者に取り入ろうとしていた。
「アルヴェリア家の復活の公表は、こうして全員で顔を出すだけで十分だ」
「は、はぁ……そういうものなのなんですか?」
右隣に座るアレクシスお兄様が静かに言う。
(でも、偉い自分にはまだ慣れてません!)
「僕達は公爵家だからね、上は王族しかいない。勝手に他家は解釈してくれるさ」
「そうだな。ドルマン家についても同じだ、何もしなくていい。勘当された時点で、アイリスとは一切関係が無い」
お兄様の紅い瞳が優しく細められた。
「もし、何かあれば私達が全員で対処する。だから安心してくれ。全て任せろ」
「は、はい……」
アレクシスお兄様が私を見つめながら、フフッと格好良く微笑んだ。その声は頼もしくて、自然と胸の奥が温かくなった。
「そうよ」
真後ろから、ルミエラお姉様の蕩けるような声が降ってくる。
「アイリスは何も考えなくていいの」
「お姉様?」
「ご飯を食べて、綺麗なお花を見て、楽しんでればいいのよ」
私は揺られる馬車の中で、ドレス姿にも関わらずルミエラお姉様の膝の上に乗せられ、後ろから抱き締められていた。左にエリオット様、右にアレクシスお兄様、そして後ろにルミエラお姉様。
逃げ道がない。
最近ずっとこの陣形である、こんな時でも陣形は崩れない。日常的になりすぎて当たり前になってきていた。
(慣れてきた私もどうなんだろう……)
そんなことを考え引き攣った笑いを浮かべていると、向かい側からレオンハルトお父様が穏やかに微笑んだ。
「アイリス、私がドルマン家に一言伝える。何も心配しなくていい」
「は、はい……」
にこにこしている、ものすごく優しい笑顔。公爵家の当主のお声が掛かると、ドルマン子爵家の皆はきっと腰を抜かすと思います。その様子が簡単に想像できて気の毒になってしまう。
周囲を見渡せば家族皆が私を見つめ、優しく微笑んでいる。けれど、その奥にある隠された炎を感じ取ってしまう。それは明らかに闘志だった。
「皆、ありがとう……」
家族皆が私を守ろうとしてくれてる。そんな雰囲気に胸が熱くなった。
「アルヴェリア公爵家一行様、ご到着です!」
やがて馬車が止まり、外から使用人の声が響いた。話してるうちに王城に到着してたみたい。
「つ、着いちゃった……」
「うん、いい具合にギリギリの時間だね」
王城にある『星冠祝賀会』は中央塔の最上階にある、大きくて豪華な大会場で催されるらしい。
既に入場時間はとっくに過ぎていて、他の貴族家は集まってる。アルヴェリア公爵家とアークフェルト公爵家は、新女王陛下が率いる王族と一緒に、最後に入場する。
つまり、大会場に入場する前に王族と顔合わせするのである。
我が家は王族が苦手な人ばかり、だから会いたくない家族は極限まで到着時間を遅らせていた。何といってもアレクシス様を追いかけ強引に婚約した上で、病気になった途端に婚約破棄した第二王女殿下もいるのだ。
次女さんに案内され、中央塔の豪華な階段を上り長い回廊を進む。若干息が上がったところで、ようやく祝賀会場の手前にある大広間の扉前へと到着した。
「……っ」
その扉が開かれると同時に私は思わず息を呑んだ。そこには豪華な礼装に身を包んだ多くの麗人達が、私達を待ち構えていた。
――王族とアークフェルト公爵家。
誰も彼もが華やかなその中心に、格を感じ一際目を引く女性が立っていた。
腰まで届く黄金の髪、宝石のような紫紺の瞳。真紅の豪華なドレス。首元にも胸元にも指にも、沢山の宝石や貴金属を身に着けた、眩しいほどの美女。
(間違いない、この方が女王陛下……!?)
その女性は私達を見るなり、ぱあぁっと顔を輝かせた。
「シリウス――――――ッ!!」
「ア、アウローラ……」
次の瞬間、女王陛下はドレスの長い裾を引きずりながら駆け出した。
「もうっ! 遅いじゃないっ!」
「どーん!」と、そのままシリウスお兄様へ激しく抱き着いた!
「会いたかったぁ! 寂しかったんだから!」
「すまないな、ちょっと準備に手間取ったんだ」
胸に顔を埋め、すりすり頬擦りを開始する女王陛下。
「今日の礼装もかっこいい……好きぃ……」
「は、ははは……」
金色の瞳を細め、シリウスお兄様が困ったように笑う。彼を見上げる女王陛下の瞳は威厳ある女王のものではなく、完全に恋する乙女だった。
「シリウス……愛してるわ……」
「ありがとう、嬉しいよ」
(こ、この人が……本当に王国の頂点に立つ女王陛下?)
なんだろう、威厳より先に”シリウスお兄様が大好き感”が体中から溢れ出している。
「アウローラ、手短に紹介する。ここにいるのが私の家族全員だ」
「あらやだっ」
慌ててシリウスお兄様から離れた女王陛下……しかし、腕はしっかり絡めたままだった。
「私ったらぁ」
えへへ、と幸せそうに笑いながら女王陛下は私達を見渡した。
「レオンハルトお義父様には前にお会いしたわね、お体が治って嬉しいわ」
「ええ、おかげさまで。お久しぶりです陛下」
お父様の穏やかな返事に、美しい彼女が満面の笑みを浮かべる。
「改めまして、私こそがシリウスの妻であり、グランディール王国の女王。アウローラ・グランディールです!」
元気いっぱいに宣言した。綺麗な紫紺の瞳は幸せそうに細められている。
「ふふっ、今日は凄く楽しみにしてたの。だって私の姻戚、アルヴェリア家の皆に会えるんですもの」
(う、うーん……?)
私には女王様というよりも、恋する乙女にどうしても見えてしまう。
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