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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第9章 王都の祝賀会

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第56話 初めての夜会で

 ヴァルスさんが嵐のように逃げ去ってしまった後、広々とした応接室には、何とも言えない微妙な空気が流れていた。先程までの騒ぎが嘘のように静まり返っているのに、どこか全員の口元がぴくぴくしている。


「ふふっ……中々お目にかかれない顔だったわね」


 眠たげな虹色の瞳を細めながら、ルミエラお姉様がくすりと笑った。


「だろう?」


 それに満足そうに頷くアレクシスお兄様。この二人だけが妙に上機嫌だ。お父様は呆れたように額を押さえ、エリオット様は苦笑いを浮かべ、シリウスお兄様は疲れたように肩を落としている。


「兄様……流石に説明してもらえる?」


 エリオット様が、じとりとした視線をアレクシスお兄様へ向けた。


「ヴァルスさんとアイリスは初対面なんだよね? なのに『お目当て』って何?」

「わ、私も気になります……」


 恐る恐る、私も手を挙げる。


「会いに来てたって、そんなの全然身に覚えがなくて……」


 言いながら、ようやく先程の「お目当て」という言葉の意味が頭に染み込んできて、ぶわっと顔が熱くなった。


(ま、まさか……)


 いやいやいや。そんなはずない。


 だって、あんな立派な騎士団長様が。公爵家の嫡男で、第二王女殿下の旦那様で、アレクシスお兄様の親友で。そんな雲の上の方が、私なんかを?


 恥ずかしさと困惑で顔を赤くする私に、アレクシスお兄様は小さく息を吐いた。


「……ああ、説明しておく」

「お願いします」


「改めて……ヴァルスはもう一つの公爵家、アークフェルト公爵家の嫡男だ」


 シリウスお兄様が補足する。


「第二王女殿下の夫であり、今では王族の親族でもあるな」

「アレクシスお兄様の親友なんですよね?」


「そうだな」


 アレクシスお兄様が頷く。


「単純で、真っ直ぐで、馬鹿だが正義感のある良い男だ」

「馬鹿は余計だと思います」


「いや、あれは馬鹿だ」


 断言された。


「そ、そんな人が、どうして私を見てあんな顔を?」


 すると、アレクシスお兄様は少し困ったような笑みを浮かべた。


「アイリスは昔、一度だけ夜会に参加したと言っていただろう?」

「あ、はい」


 私は頷いた。もしかして、あの夜会で?


「地方都市で開かれた大きな夜会でしたね」

「そうだ」


「でもその一回だけですし、誰かと話した覚えなんて……」


 そこで私は首を傾げた。


「そもそも、何してたっけ……?」


 あれ? 全然思い出せない。誰かと話したっけ?


「ええと、当時の両親には、少しでも有力な殿方に取り入ってこいと言われていました」

「……」


「でも、お姉様達には余計なことをするな、邪魔をするな、大人しくしてろって怒られてしまって……」

「……」


「あの時は、親と姉の板挟みで大変だったんですよねぇ」


 にこにこと話していると何故か、家族全員の笑顔が消えた。お父様の目が笑っていない。アレクシスお兄様の紅い瞳が燃えている。ルミエラお姉様に至っては、戦の女神のような圧を放ってきて怖い。


「その夜会にヴァルスも参加していた」


 低い声で呟いたアレクシスお兄様が、気を取り直すように話を続けた。


「覚えてないか?」

「え、ええと……全く覚えてませんね? 印象的にあんな大きな方なら絶対忘れないと思うんですけど……」


「そうか」

「えっと……豪華なお料理が並んでて……」


 そこまで言った時、ふわりと花の香りが脳裏をよぎった。


「あっ! そうでした!」


 私は目を輝かせた。


「夜会の会場に飾られたお花が、すっごく綺麗だったんですよ!」


 思い出した。鮮やかな色彩、甘く優しい香り。大きな花瓶に活けられた珍しい花に、食卓を飾る小さな花。壁際に並ぶ豪華な生け花。


「本当に素敵で……! すごく綺麗で……! 見てるだけで幸せになって……!」

「その時だな、ヴァルスがアイリスを見つけたのは」


「……へ?」


 自然と頬が緩んでしまう中、アレクシスお兄様が頷いた。


「ヴァルスの書簡によれば、必死に婚活に励む令息令嬢達を尻目に、アイリスだけが会場中の花を嬉しそうに見て回っていたそうだ」

「えーっ!?」


 ヴァルスさんに見られてたの!?


「そしてこの世の娘とは思えない程、美しい笑顔を浮かべていたらしい」

「ええっ!?」


「更には花瓶の花を手に取り、うっとりと陶酔し……涎を垂らしていた」

「ぶふっ!? ま、待ってください!?」


 思わず吹き出した。


「よ、よ、涎ぇ!?」


 顔が一気に真っ赤になる。


「そ、そんなことないですよ! 嘘です、そんなはずありません!」

「書簡にはそう書いてあったな」


 くすっとアレクシスお兄様が微笑む。


「そして、そんなヴァルスはアイリスに一目惚れしたらしい」

「うそぉ!?」


「『天使がいた』『花の妖精がいた』『尊すぎて話しかけられなかった』と、延々と書かれてた」

「やめてぇぇ!?」


 猛烈に顔が熱くなる!


「そ、そんなこと書いてたんですか!?」

「ヴァルスも剣の刀身を眺めるのが趣味でな、自分と近いものをアイリスに感じたらしい」


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる!


「うわあぁぁ!?」


 私は両手で顔を覆った。穴があったら入りたい!!


 その話を聞いてエリオット様が盛大に吹き出した。


「あはははっ!」

「エリオット様!?」


 皆が笑いを堪えながら肩を震わせている! やめてぇ!?


「でも、男女が必死に婚活してる中で、アイリスだけ花に夢中だったって……!」

「だって綺麗だったんだもん!」


「うん、アイリスらしいよ! 好感しかない!」

「男達はアイリスを見ていて、アイリスは花しか見てなかったのね」


 可笑しそうに、くすくす笑うエリオット様。ルミエラお姉様まで面白そうにしてる。


「そしてヴァルスはアイリスの身元を調べて、王国騎士団の視察を口実にドルマン家へと向かった」

「は、はぁ!?」


「だが、その頃にはアイリスは勘当されていた。ヴァルスは呆然としたらしい」

「……」


 私は黙り込んでしまう。


「そして探そうとしたが、その頃には第二王女から猛烈な求婚を受けていてな。結局、運命はすれ違った」


 そう言った後、アレクシスお兄様は不敵に笑った。


「ちなみに、公爵家の嫡男がアイリスを望んでいたと知ったドルマン家は、大混乱したらしい」

「え?」


「子爵家からすればアークフェルト公爵家は雲の上の存在だ。自分達の手で、その縁を捨てたのだからな」

「はは……」


 (ドルマン家……)


 その言葉を聞いていると、胸の奥がちくりと痛んだ。嫌な記憶が次々とよみがえってくる。 絶縁された家族……父様と母様、二人の姉。そして、役立たずの泥まみれ令嬢だった私。


 今が幸せすぎて温かすぎて、過去に蓋をしてしまっていた。そうだ、私はあの家から捨てられた娘だった。


「あれ……?」


 そこで、あることに気付いた。


「星冠祝賀会って、国中の貴族が集まるんですよね?」

「そうだね」


 エリオット様が頷く。


「ということは……も、もしかして……」


 震える声で続ける。嫌な予感がした。


「ドルマン子爵家も……来るんでしょうか?」


 その瞬間。


 応接室の空気が、ぴたりと止まった。先程まで笑っていた家族達の表情が、一斉に変わる。家族皆のその様子が雄弁に語り、私はようやく悟った。


 国中の貴族が集まる、それはつまり――私を捨てた家族も、そこにいるということを。

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