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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第9章 王都の祝賀会

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第55話 グランディール王国 騎士団長

 突然、屋敷の外から雷鳴のような大声が響き渡った。


「アレクシスーーーーーッ!!」


 窓ガラスがびりびりと震えるほどの声量に、私は思わず肩を跳ねさせた。


「ひゃっ!?」


 穏やかだった応接室の空気が一変する。シリウスお兄様は額を押さえ、アレクシスお兄様は深々と溜息を吐いた。まるで来ることが最初から分かっていたかのような反応だった。


「来たか……」


 疲れた声で呟くアレクシスお兄様。


「エリオット、父様達も。アイリスを連れて隣室へ移動してくれ」

「え?」


 突然の指示に全員が首を傾げる。


「私がいいと言うまで、出て来るんじゃないぞ」

「兄様、どうして?」


 エリオット様が不思議そうに尋ねると、アレクシスお兄様は不敵な笑みを浮かべた。


「久々の親友との再会だからな、少し二人で話したい」

「ははっ、確かにそれがいいだろうな」


 その言葉を聞いて、シリウスお兄様も苦笑しながら頷いている。


 よく分からなかったけれど、言われるまま私達は皆、隣室へ移動することになった。すごい大きな声で怖かったけど、どうやら本当にアレクシスお兄様の親友らしい。


 すると――。


 バァンッ!!


 隣の応接室の扉が勢いよく開く音が響いた。


「アレクシスーーー!!」


 更に近い、大声量に思わず耳を押さえてしまう。


「ア、アレクシスッ!?」

「久しぶりだな、ヴァルス。元気そうだ」


 壁一枚隔てた隣室に居るのに、聞き耳を立てるまでもなく、はっきりと声が全部聞こえてくる。声がとにかく大きい。


「お、お前……びょ、病気は!? 本当に治ったのか!?」

「ああ、まだ完全じゃないがな……どうにか生き永らえた」


 その直後。どんっ、とぶつかるような音が聞こえた。


「そうか……そうか……! 良かった……!」

「は、離してくれるか?」


 感極まったような涙声のヴァルスさんの声が聞こえる。本当にお兄様のことを心配してたんだ。思わず私とエリオット様は顔を見合わせた。すごく仲良しに聞こえる。


「俺は……お前に申し訳ないと思っていた」

「ああ、意識を取り戻してから書簡を見たよ。結婚おめでとう」


 先ほどまでの勢いが嘘のように、ヴァルスさんの声が小さくなる。部屋の空気が変わったのが分かった。


「俺にはこれが許されるのか分からず……だがどうしようもなかった」

「いや、私の事は気にするな。かつて同じような境遇だったからな」


 重苦しい沈黙が流れる。


「アレクシス、だが……」

「もう、お前は彼女の夫だ。それはもう変わらない」


 アレクシスお兄様の穏やかな声が響く。


「ならば、妻を愛してやれ」

「……!」


 しばらくヴァルスさんの嗚咽が続いた後、静寂が流れた。


「ああ、分かった……そうだな!」


 やがて、力強い返事が返ってきた。


 なんだか胸が温かくなるようなやり取りだった。アレクシスお兄様にこんな親しい友人がいたのね。ヴァルスさんは直情的で素直な方に感じる。とてもいい人そう。


「さて」


 その後しばらく二人は談笑してから、アレクシス様は私達を呼んだ。


「ヴァルスは初めてになるな、私の家族を紹介しよう」


 そういって、アレクシス様が私達のいる部屋の扉を開け、恐る恐る応接室に戻った。その時は、ただ純粋に親友の方を紹介してくれるのだと思っただけだった。


 そこで初めてヴァルスさんを見た。


 (大きい……!)


 第一印象はそれだった。アレクシスお兄様も背が高いけれど、更に大きい。


 背が高い、肩幅も広い。鍛え抜かれた身体はまるで熊のようで、黒髪黒眼の鋭い眼差しを持つその姿は歴戦の騎士そのものだった。古傷が幾つも走り、正に絵に描いたような騎士団長な方だった。


 そんな騎士団長ヴァルスさんは私達を見た瞬間、ぴたりと固まった。


「……」


 瞬きすらしない。石像のように動かない。


(アルヴェリア家の皆の美しさに驚いてるのかしら?)


 少しだけ鼻を高くしながらヴァルスさんを見ると、彼の視線は真っ直ぐ私を見つめていた。


(えっ? 私を見てる?)


 目を見開いた彼が、やがて震える唇で呟いた。


「ど、どうして君が……ここに居るんだ……?」

「へ?」


 初対面のなのに?

 顔見知りのような言葉に、首を傾げる。どういう事か分からなかった。


「紹介しよう」


 するとアレクシスお兄様が平然と告げた。その紅玉の瞳が細められる。


「彼女はアイリス、アルヴェリア家の恩人だ」

「……」


「そして、我が家に正式に養女として迎え入れた妹だ」

「……お、お前まさか……謀ったのか……?」


 そう呟きながら、ヴァルスさんの顔色が真っ青になる。私はどういうことか分からず、エリオット様と再び首を傾げた。ルミエラお姉様は興味深そうに目を少しだけ細めた。どうやら皆、何の事か知らないらしい。


「謀るとは? 心外だな、これは偶然だ」


 アレクシスお兄様は平然としている。


「私は病床に伏していたのだぞ? お前の書簡を読んだのもつい最近の話だ」

「……っ!!」


「まさか、こんな偶然があるとは私も思わなかった」

「ぐぬぬ……!」


 なぜかヴァルスさんが追い詰められていた。アレクシスお兄様はとどめを刺すように言う。


「私の妹に妙な真似をするなよ、王女の夫」

「なっ……!?」


「お前はもう、妻帯者だ」


 アレクシスお兄様が紅い瞳を燃え上がらせヴァルスさんを睨みつけた。ヴァルスさんは一転して、茹でられたように全身真っ赤になった。


「アレクシスーーー!!」


(???)


 私は完全に置いていかれていた。さっぱり意味が解らない!


「あ、あの……? どういうことでしょうか?」


 控えめに手を挙げる。するとアレクシスお兄様は優し気に微笑んだ。


「ドルマン家に王国騎士団が訪れたことがあっただろう?」

「あっ」


 勘当のきっかけになった騎士団の来訪――そういえば、お兄様の親友が来ていたって教えてくれた。


「その時、訪れたのが騎士団長のヴァルスと、その一団だったのさ」

「ちょ、ちょっ、アレクシス、言うな!!」

「え?」


 (騎士団長のヴァルスさんが来たの?)


 私はヴァルスさんを見る。ヴァルスさんは赤くなりながら、私から視線を逸らしてる。林檎のように真っ赤だった。


「そして――」


 アレクシスお兄様は続けた。


「ヴァルスのお目当ては、どうやらアイリスだったようだ」

「え?」


 応接室にいる全員が凍り付いた。ヴァルスさんは再び石像になった。


 長い沈黙の後――。


「ア、アレクシス、お前ーーー!? 許さんからなあぁ!!」


 ヴァルスさんは真っ赤になったまま悲鳴を上げた。


「うわああああぁぁ!!」


 ヴァルスさんは取り乱し、体中をそのまま叫びながら逃げるように応接室を飛び出していった。残された私達はぽかんとしてしまう。


「あれ? 私、初対面ですよね? な、何だったんですか? お目当てって何?」

「ど、どういうこと……? 兄様」


 エリオット様と二人で戸惑っていた所、アレクシス様が呟いた。


「要するに、第二王女と一緒に危険因子を排除したということだ」

「危険因子?」


 さっぱり分からない。だけど、家族皆が意味深に頷いた。


 え、何事か分かるの?


「まさかヴァルスさんまで……」

「なるほど、やるじゃない兄様」


 エリオット様が呆然としていて、ルミエラお姉様は満足そうに頷いていた。私は最後まで理解できずにいた。

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