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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第52話 ”泥まみれ令嬢”は公爵令嬢になる

前の話のタイトルを変更しました。

「あーっ、いたいた! ちょっとエリオット様!? 養女ってどういう……あら?」


 エリオット様の姿を見つけた私は、ようやく問い詰められると足早に駆け寄ったものの、その場で思わず足を止めてしまった。


 何故なら、エリオット様が真っ青な顔をしていたからだ。隣に立つアレクシス様も、いつもの凛々しさはどこへやら、魂が半分ほど抜け落ちてしまったような顔をしている。


「ど、どうしたんですか? 二人とも顔色が悪いですよ?」

「ちょ、ちょっと色々あってね……」


 乾いた笑みを浮かべたエリオット様は、ぶんぶんと首を振ると、何か恐ろしいものを振り払うように私へ向き直った。


「そ、それよりも! アイリス!」

「え?」


「ルミエラ姉様に何かされてない!? 大丈夫!?」

「わっ!?」


 突然両肩を掴まれてしまい、私は目をぱちくりさせた。何故か必死な表情のエリオット様に対し、私は首を傾げるしかなかった。


「ルミエラお姉様ですか? 何もないですよ?」

「本当に!?」


「はい、いつも可愛がってもらってますけど?」

「か、可愛がってもらってる……!?」


 その瞬間、エリオット様とアレクシス様が同時に、ごくりと息を呑んだ。


 何故ですか?


「アイリス、いいかい? 今日からルミエラ姉様とは別室で――」

「ニィ~ニィ~♪ ニィ~ネェン~♪」


 ご機嫌な謎の鼻歌と共に現れたルミエラお姉様に、エリオット様がぴたりと固まった。


「ル、ルミエラ……!?」

「ケコ~ンコン~♪ ム~カムカ~♪ エイレル~♪」


 今度はアレクシス様まで石像になった。


 そして兄弟二人が揃って崩れ落ちてから、意味不明な呪文を口ずさむルミエラお姉様は満足そうに私の前へ立ち、眠たそうな虹色の瞳を瞬かせて、にへらと微笑んだ。


「アイリス、これからは私が合法的にお姉ちゃんよ」

「あっ、はい! よろしくお願いします!」


「違法の自覚があったのか……」


 床に伏したまま、アレクシス様が苦しそうに呟く。


「皆さん、本当にどうしたんですか? 大丈夫です?」

「さあ、どうしたんでしょうね?」


 ルミエラお姉様は、どこか勝ち誇ったように胸を張っている。


「お姉ちゃん、魔物をやっつけちゃった」

「は、はぁ……?」


 その言葉に対し、二人は何故か青ざめたまま天井を見上げていた。


 うん、分からない。本当に何があったんだろう?




 ◇◇◇




 それから一か月。


 養女縁組の話は驚くほど順調に進み、わずか二週間ほどで王国から正式な承認の書簡が届いた。王都で多忙を極める王配シリウス様が、裏で色々と手を回してくれたらしい。


 そして――。


 私は正式に、アルヴェリア公爵家の次女となった。


 アイリス・アルヴェリア。


 その名前を初めて呼ばれた日、広間には家族だけでなく、お城中の侍女さんや使用人の皆さんまで集まってくれていた。


 盛大な拍手が響き渡り、母様は目元を押さえながら涙を流し、父様は何度も何度も「おめでとうございます」と繰り返している。


 お爺様に至っては、「うちの孫娘が、公爵令嬢になったぞぉぉぉ!」と大号泣し、釣られた侍女さん達まで涙ぐみ始めてしまった。


 そんな温かな空気の中、レオンハルト様が嬉しそうに私を見つめる。


「アイリス、我が娘よ……父と呼んでくれ」


 すると、アレクシス様も負けじと一歩前に出た。


「今日から正式に妹だ。私の事は兄と呼んでくれ」

「私の妹よ? その権利は私にあるの。許可しないわ」


 すかさずルミエラお姉様が割り込み、眠たそうな瞳のまま私をぎゅっと抱き寄せる。そんな三人のやり取りに、周囲から笑いが漏れた。


 そして最後に、エリオット様が照れ臭そうに微笑む。


「今日から正式に家族だね。僕から見ると姉だけど……これまで通り、アイリスって呼ぶよ」


 穏やかで優し気な金色の瞳が細められる。


「その代わり、僕のことはエリオットって呼んで欲しい」


 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。


 家族。その言葉を耳にして、口にするだけで心が温かくなる。子爵家に居た頃、一度だって味わえなかった温もりが、当たり前のようにここに存在していた。当たり前のように私の周りに溢れている。


 幸せすぎて、怖くなるくらいに。


 涙を堪え切れなくなった私を、母様が優しく抱き締めてくれる。


「アイリスは私達の娘でもありますからね」

「そうですとも」


 父様も穏やかに微笑んだ。皆に祝福されて、私はとうとう涙を零してしまった。


 本当に、私は幸せ者だ。


 子爵家で泣いていたあの頃の私に教えてあげたい。未来はこんなにも温かいのだと。




 ◇◇◇




 そして時を同じくして、第二王女殿下が結婚された。


 お相手は、もう一つの公爵家であるアークフェルト家の嫡男にして、若くして王国騎士団長を務める御方。しかもアレクシス様の親友なのだという。兄様が病に倒れていた間に、彼から沢山の書簡が届いていたみたい。


「どうやら彼も、猛烈に追いかけ回されたようだ」


 と、エリオット様は苦笑していた。今度は婚約を取り消したアレクシス兄様の親友を追うなんて……王族って怖い。


 そして第二王女殿下の結婚を機に、アルヴェリア公爵家は長い沈黙を終える決断を下した。


 心と体に深い傷を負った当主。愛する夫人を失った悲劇。不治の病に倒れた二人の兄妹。


 十年以上もの間、受難に苛まれ続けた名門。王国を代表する大貴族は静かに姿を消し、社交から遠ざかっていた。


 しかし、絶望を越え、悲しみを越え、その全てを乗り越え、再び前を向けるようになった。アルヴェリア公爵家は復活したと、ようやく国中へ知らせる時が来た。


 長い冬を耐え抜いた名門は、再び表舞台へ戻ろうとしていたのである。


 ――養女となった私のお披露目も兼ねて。

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