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勘当された泥まみれ令嬢は、公爵家に愛でられる  作者: 霞灯里
第8章 もう一つの家族

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第51話 立ちはだかる家族 (side エリオット)

「自分本位、自己中心。独善主義。 そんな傲慢(ごうまん)な男達に、可愛い妹を任せられないわ」


 エリオットは思わず目を伏せ、アレクシスも眉間を押さえた。二人とも反論できない、何も言えない。


 完全なる正論だった。


「だからね……」


 流れるようにルミエラの断罪は続く、と思われたその刹那(せつな)


「私がアイリスと結婚します」

「は?」

「え?」


 兄弟の思考が停止した。完全に停止した。頭に夜空や花畑が浮かぶ。全く言葉を発せない。


 長い、長い、静寂の後、やがてエリオットが震える口を開く。


「ね、姉様……い、今なんて?」

「私がアイリスと結婚します」


「はああぁぁ!?」


 兄弟が机を叩き目を見開く。悲鳴を上げる顎が抜けそうだ!


「姉様! さっき彼女の気持ちを考えてないって、僕達を責めたよね!?」

「責めたわよ? 私はアイリスの事を誰より考えてるもの」


「姉様こそ自分本位じゃないか!」

「いいえ、私達は愛し合ってるのよ? もう一緒に暮らしてるもの」


「嘘言わないで、流石に怒るよ!」

「嘘じゃないわ? アイリスは私を大好きって言ったのよ?」


 エリオットの悲鳴が会議室に響いた。


「ル、ルミエラ、アイリスは同性だ……」

「知ってるわよ? 愛に性別は関係ないわ」


「そもそも、法的に同性での結婚はできない」

「なら、法を改定しましょう? 幸い王配の兄様がいるじゃない」


 ふふっと彼女は微笑んだ。


「法は時代の流れに従って、適宜(てきぎ)変わるものよ?」


 己が時代と言わんばかりの彼女に、アレクシスは唖然とした表情で固まった。


 そして兄弟は悟った。ルミエラは本気だ、そして彼女は本当にやりかねない。


 焦った兄は、必死に否定する言葉を探す。


「こ、子供は、出来ないぞ……!?」

「出来るわよ? 私がアイリスの子を産んで、アイリスが私の子を産むの」


「だから、どうやってェ!?」


 兄弟は混乱の極みに陥った。


 あまりにも奇天烈(きてれつ)な発言で、他人が聞けば悪ふざけしてるとしか思わないだろう。だが、家族である彼らは知っている。


 ――ルミエラは”天才”だと。だから、彼女の発言は決して無視できない。


(ル、ルミエラ姉様は、あまりに厄介すぎる……!)

(さ、最っ悪だ……!)


 知において。


 彼女はエリオットですら舌を巻く閃きを見せ、数手先の未来を平然と見通す。真偽が織り交ざる彼女の言葉は全て搦手(からめて)だ。簡単に手玉に取られ主導権を奪い、そしていつの間にか詰んでいる。


 武において。


 天賦の才を持つ最高峰の魔術師である”焔冠(えんかん)の麗君”アレクシス。国内最強と言われる彼が、幼い頃からルミエラとの模擬戦で全敗している。何が起きて何をされたのか、全く理解できないまま。彼の女嫌いの一端は彼女にある。


 アルヴェリア家の切り札(ジョーカー)。真の天才。本物の怪物。だが、致命的な欠点もある。それは面倒臭がりで、気まぐれで、怠惰(たいだ)な性格だ。


 そんな彼女がやる気を出していることに、兄弟は戦慄(せんりつ)してしまう。そういえば、怠け者のルミエラがアイリス案件の会議には必ず居て、寝てもいない。


 ルミエラは、虹色の瞳を眠たそうに瞬かせ、兄弟をじとっと見つめていた。


(に、に、兄様だけで限界なのに……!)

(な、何を考えている、ルミエラ……!? くっ、全く読めん!)


 しかしこの時、ルミエラは特に何も考えてなかった。


「駄目だ! ルミエラに渡すくらいなら、私がアイリスと結婚する!」

「ちょっと、兄様ぁ!?」


 この事態に再びアレクシスが息を吹き返し、更に大混乱となった会議室。


 ほんの少し前まで、エリオットの脳内では輝かしく幸福に満ちた未来を見ていたはずだった。だが現実は最悪となっていた。我がアルヴェリア家はどうしてしまったのだ、意味が分からない。


 アイリスを巡って兄姉全員が参戦している。会議室が混沌の極みに達し、未来どころか世紀末へ向かい始めたその時――。


 これ以上は収拾がつかないと判断したように、低く威厳のある咳払いが響く。


「お前達、少し落ち着きなさい」


 全員の視線が一斉に向いた。アルヴェリア公爵家当主、父レオンハルトである。


(父様……!)


 エリオットは心の底から安堵した。冷静かつ理性的にこの事態を収めてくれるはずだ。そして父は既に、アイリスとの結婚を了承してくれている。


(そうだ……! もう、こんな事態は、父様でないと解決できない!)


 最後の希望、それが父様――。


「……アイリス嬢は、エレノアの生まれ変わりだと思うのだ」

「…………」


 空気が完全に凍った。


 何かを言いだした父に、子供達の表情が同時に硬直する。レオンハルトはそれに気付かず、どこか夢見るよう目を輝かせながら語り始めた。


「あの笑顔、あの優しさ、あの可愛らしさ、無邪気に草花を愛する姿、誰かの為に尽くそうとする心……まるでエレノアそのものなのだ」


 遠い日を思い出すように目を細める。


「彼女が庭園で天使のように振り撒いた笑顔など、本当にエレノアと姿が重なって――」


「父様は黙っていてください」

「永遠の愛はどこに遊びに行ったのかしら」

「僕は聞かなかったことにします」


 アレクシスは冷淡に告げた。ルミエラはあまりに痛烈だった。エリオットは静かに頷いた。


 三方向からの集中砲火に、レオンハルトは狼狽(うろた)える。


「お、お前達は誤解している! まだ、何も話してないではないか!」


「もういい結構。口を閉じるべきです」

「自分の子供達の前で言う事じゃないわ」

「これ以上、幻滅させないで下さい」


 優秀な子供達は早々に危険な芽を刈り取った。真顔の子供達から容赦のない言葉の暴力で殴られ、レオンハルトは涙が出そうになった。


(待ってよ……本当に皆おかしい、狂ってる……!)


 家族全員が彼女を特別扱いしている事に、エリオットの頬に冷や汗が伝う。


 エリオットは家族皆がアイリスを大切にしていることを嬉しく思っていた。でもそれは、大恩や感謝によるもの、博愛、友愛、家族愛だと思っていた。


 そして”僕の未来の妻を可愛がってくれている”などと、呑気(のんき)に思い込んでいた。心から家族を信頼しきっていた。それ故に彼は身内にも鈍感だった。


(……家族全員が、アイリスを溺愛してる……!?)


 皆それぞれの理由で、感情で、形で。アイリスは愛されていた。エリオットは地獄のような状況に陥っていることに、やっと気が付いた。


「う、嘘でしょおおぉ!?」


 彼は悲鳴を上げた。程度の差こそあれ、揃いも揃って全員がおかしい。アルヴェリア公爵家は現在、一家総出でアイリスに夢中なのである。


 アイリスと自由に羽ばたこうとしていた未来。そんな彼の道の前に立ちはだかったのは、花屋の客でも、他家の貴族でも、王族でもない。誰よりも信頼し大切に思う、家族だった。


 さぁどうする、エリオット!?

この物語を読んで頂き有難うございます。

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